七〇時限目 彼と彼の宿題 5/16
今日の佐竹君は、なんだか執拗い。
「それはさっきも答えたじゃん。無理してないから、気にしないで」
もういいでしょ、という意味を言葉の裏側に込めて、私は突慳貪な態度を取ってみた。然し、佐竹君は怯むことなく、私の目を直視し続ける。
「気にするに決まってるだろ」
「な」
「お前のことがすきだから、だ」
突然の告白に面食らってしまって、頭の中が真っ白になった。真っ白になって、次に、どうしてそんなことを急に言い出したんだろう? という疑問が脳裏に浮かんだ。浮かんだけど、言葉にならない。誤魔化す言葉も出てこなかった。
「俺のことを考えてくれるのは、すげえ嬉しいんだ。でも、それでお前が苦しんだりするのは、なんか嫌だ。別に、俺の前では常に笑っていろと言ってるわけじゃない。悩むな、とも思わない。ああ、語彙力が足りな過ぎて、上手い言葉が出てこねえなあ……」
わかるか? みたいな視線を向られても、佐竹君がなにを言いたいのか、私にはいまいちぴんとこなかった。
多分、それこそ佐竹君が私に伝えたかったことなんだろう。
私の理解から離れた次元の、おとぎ話みたいな感情論。
道でぶつかったり、本を取ろうとしたタイミングが同じで手が触れたり、目と目が合う瞬間だったり。
つまり、恋のこと。
だれかに恋をする。
それは、尊むべき感情だと思う。
女性は脳で、男性は下半身で、なんて皮肉を偶に訊いたりするけど、私は自分の体のどこに恋愛を体現する部位があるのかよくわからない。プラトニックこそ至高の恋愛だ、とも思ってない。
体を重ねることで伝わる感情というのもあるんじゃないか?
というのは、男子高校生特有の安易な考え方なのかもしれない。
だとしても、私はそこまでストイックにだれかをすきになったことがないから、佐竹君が言おうとしていることが曖昧にしか受け取れなかった。
でも、一つだけわかったことがある。
佐竹君は、良くも悪くも優しいってこと。
私に「悩むな」と言っておきながら、自分は私のことで悩んでいること……それだけは、よくわかる。
「俺はさ」
「うん」
「お前が自分らしくいられるなら、それでいいと思うんだ。だれかに合わせて自分を殺すなんて、お前らしくねえよ。ガチで。だから、俺のためにその格好を選んだっていうのなら、そんなことしなくていいぞ」
佐竹君が言っていることは、概ね正論だ。
万引きをしちゃいけません、とか、暴力を振るってはいけません、とか、そういう次元の正論で、的外れとまではいかないけど、訊いていて耳が痒くなるような、優しい正論だった。
「気持ちは嬉しいけど……」
悩むな、といわれて「はいそうですか」と答えられてしまうような単純な問題だったら、それこそ見切りをつけてしまえたはずだ。
それができないからこそ、往々と悩んでいるのに。
「同情は要らないよ」
「同情しているように見えたか?」
「違うの?」
「違うな」
なぞなぞ? と首を傾げる私を見て、佐竹君は、はははと笑った。
「お前も歳相応にバカだな」
「佐竹君に言われたら、おしまいだよ」
むう、と口を尖らせてみる。
「つか、話を最後まで訊けって」
こほん、と咳払いする佐竹君。
「俺はな、お前がすきなんだ」
「それはさっきも訊いたよ」
「だから、最後まで訊けって」と、呆れた顔。
お口にチャック。
「俺は、お前のことがすきだから、優志でも、優梨でも、どっちだって構わない。お前がお前らしく、お前のすきなようにすればいい。そこに、俺がどうとか考える必要はないんだ」
目の前で熱弁する彼は、本当に佐竹君なのだろうか? いつもより口が達者で、違和感ある語尾もほとんど使ってない。
偽物なんじゃないか、と疑いたくもなるけど、どちらかといえば、私のほうが偽物っぽかった。
私が知っている佐竹義信という男子高校生は、何事も穏便に済ませようとするような性格だ。
争いごとを極端に嫌い、揉めごとを事前に対処しようと躍起になっている、という印象が強い。
それを可能とするのは、佐竹君の容姿が同年代の男子と頭一つ抜き出ているのと、それをひけらかすことなく二枚目を演じているに他ならず、独特ではあるが、高いコミュニケーション能力も相俟って、佐竹君の発言の影響力はクラスでダントツだと言っても過言じゃない。
そして、だれよりも他人に対して優しい。
クラスで孤立していた──それをよしとしていた──私に声をかけるほどのお人好しが、私に対して「すき」と言う。
私という存在を肯定するのは、私が思っているよりも面倒臭いはずなのに、その面倒を、佐竹君は受け入れようとしている。
どうしてそんなに私をすきでいられるのか、私にはわからない。佐竹君が私をすきになる理由なんて、この姿が〈かわいい〉からというだけなのに。
私はとても面倒な性格をしていて、結構な捻くれ者で、大概にして拗らせている。そんな人間のどこを、どうやって受け入れるというの……?
「佐竹君は」
「なんだ?」
「佐竹君は、どうしてそこまで、私に入れ込んでいるの?」
ううん、と佐竹君は顎に手を当てて、
「実は、俺もよくわからないんだよな。だけど、なんだか気になるっていうか……そりゃ最初はお前の女装した姿に一目惚れした、みたいな感じだったけど、優梨の姿はお前の裏側だろ? 裏側だけをすきになるってのは、どうもな。それに」
「それに?」
「優志はぶっちゃけ超が付くほど面倒臭いヤツだし、なにかにつけて俺を馬鹿呼ばわりするけど、そういうの、なんかいいなって」
性癖の暴露? 佐竹君は、攻めるよりも責められたいタイプだったらしい。
「お前いま、めちゃくちゃ失礼なことを考えてただろ? マジで」
「うん」
「素直かよ!」
佐竹君は背中を仰け反らせて、大袈裟なツッコミを入れた。
私のことを、そこまで考えてくれているなんて全く知らなかった。
だれかをすきになるって、そういうことなのかもしれない。
「なんか、恥ずかしいね」
「ばっか。俺なんてもっと恥ずかしいっての。普通に」
「それもそうだね」と私は笑った。
「当然だろ」と佐竹君は誇らしげに言う。
「ありがと」
私を理解しようとしていることに、感謝の言葉を告げた。
「おう。明日も頼むな? ガチで」
「わかった。ガチね」
どこか頼りなくて、どことなくバカで残念な佐竹君だったはずなのに、今日の佐竹義信は一味違った。
イケメンが無駄にイケメンを発揮してどうするのさ。
……格好いいじゃん。
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by 瀬野 或
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