六十八時限目 ダンデライオン交渉戦 ②
「遅刻しちゃってごめんね?」
私はぺこりと頭を下げた。
佐竹君は気を利かせて、私が謝るタイミングを潰そうとしてくれたんだと思う。
こういう些細な気遣いがイケメンたらしめているのかもしれない。普段は軽いノリで場を沸かせて、二人きりになったときは進んでサラダを取り分けるような気遣いを見せる。ギャップ好きな女子はこれでイチコロだ。
佐竹君はこれまでに、何人の女の子と付き合ってきたんだろう。そして、私は過去の女子たちと同じように見られているのかな……別にいいけど、なんかもやもやする。
「急に呼び出したのは俺だし、気にすんな」
座れよ、と向かいの席を手差しする佐竹君に頷いて返し、スカートがシワにならないように腰から下を撫でながら座った。
この動作は慣れていなかった初めの頃と違い、意識せずともできるようになった。でもまだ〈女の子〉と自称するのは烏滸がましいというか気恥ずかしさが先に立ってしまう。
言動は優梨に寄せていても、ふとした瞬間に優志が思考の過半数を占めていたりするから気を引き締めないと!
「正直、その姿でくるとは思ってなくて驚いたわ。ガチで」
「私はてっきりデートのお誘いかなと思ったんだけど?」
冗談っぽく言うと、佐竹君は急に焦り始めた。
「ああいや、まあそのなんというか……今日も暑いな!」
白々しい回答。
唐突に天気の話題を出す心理は、会話の緒を探しているか、無言でいる気不味さに堪え兼ねたか、はたまたその両方かの三択。
この話題を出すにあたり、注意しなければいけないことがある。
それは、この話題を出す心理を相手側も熟知しているってことに他ならない。
その心理をどれだけ相手に悟られることなく出せるか、が勝敗を決するといってもいいほど使い古されたキーワードだ。
私は〈呼び出された理由〉について訊きたい気持ちを抑えながら、「午後はもっと暑くなるみたいだよ」とだけ返した。
「太陽働き過ぎだろ……ブラックかよ」
「ブラックだったら日食になっちゃうね」
なんてツッコミを入れたのも、佐竹君が用件に入りやすくするためだった。なのに佐竹君は「日食ってこの世の終わりみたいだよな」と、厨二病的な終末論を掲げようとしている。ああ失敗。
「日食は神秘的だけど、今日は日食の話をするために私を呼び出したわけじゃないよね?」
すかさず軌道修正。
「ああもちろん」
佐竹君はそう言って、ずびずびずびいと音を立てながら残りのアイスココアを吸った。
「実はな」
勿体つけるように言葉を区切る。
曰く言い難し、みたいなしかつめ顔が私の不安を助長させたけど『あのさ』じゃないし、そこまで厄介事じゃないのかな。
いいや、と私は思った。佐竹君は直接私に会って伝えることを望んでいた。万が一、億が一、夏休みの課題が終わらないから手伝って欲しいという理由ならば、通話で事足りる……そんな理由で私を呼びつけたのだとしたら、この姿で来た意味がない。
……あれ?
魚の小骨みたいな違和感が喉に引っ掛かった。
これは、もしかすると、私の読み通りかもしれない。
佐竹君は私を見るなり服装を褒めた。更にそこから上空強キック、しゃがみ弱パンチから波動拳に繋げるような定型文連発を決めている。
思えば、ここまでの流れが不自然なほどに自然過ぎた。
予めそういう流れを想定していたならば、そういったプランを用意しておいたならば、佐竹君がここまでイケメンっぷりを発揮できてもおかしくはない。だれかに入れ知恵をされた、と考えるべきだ。そのだれかは……楓ちゃんかな。琴美さんだったらもっと直接的なアプローチを打診するはず。それこそ、デートに誘うくらいはしてくるだろう。遠回しに外堀から徐々に埋めて退路を断つやり口は、楓ちゃん以外に考えられない。
夏休みの課題が終わってないのを逆手に取った楓ちゃんは、私と佐竹君の仲を深めるために課題を一緒にやらせる、みたいな作戦を、佐竹君に入れ知恵したんだろう。
途中までは完璧だったよ、楓ちゃん。
でも、役者が大根過ぎたみたいだね。
「佐竹君。夏休みの課題は助けないよ?」
「そう、夏休みの課題を一緒に……って、え!?」
やっぱり、私の推測通りだった。
「どうして俺が言おうとしている要件を知ってるんだ?」
「見え見えだよ。思えば最初からおかしかったもん」
「どこがだ?」
「宿題を手伝って欲しかったら通話したときに事足りるでしょ? そうしなかったのは〝会って話す〟を選択することによって私が断る確率を少しでも軽減するため……違う? 私だって鬼じゃないし、目の前で頭を下げられたら断れないもん」
とは口先だけで、内心はそうじゃないけど。
「更に言うなら、佐竹君は、私がこの格好でくることを想定していなかったんじゃない?」
私が見たアイスココアの量。あれは、喉の渇きを潤すために飲んだのではなくて、緊張を紛らわせるためだろう。ダンデライオンだけに限らず他のレストランでも、水は必ず提供される。
私たち常連組は、店内に入って直ぐに注文をすることが多く、照史さんはそれを見越して準備を進めることで提供時間を短縮させていた。アイスココアは冷蔵庫の中で冷やした物をグラスに移すだけ。水と一緒に運んでも文句はない。
だけど、テーブルの上にはアイスココアのグラスと、私が飲んでいるアイスコーヒーと水のグラスのみ。
おそらく、佐竹君はアイスこココアと水が運ばれたとき、直ぐに水を一気飲みして照史さんにグラスを返還したんだろう。アイスココアが半分残ったのは、自分の中にある緊張が水だけで収まらなかったから。でも、アイスココアを一気飲みするのは勿体ない……だから、半分だけ残した。
「デートって言葉に動揺したのは、その線を度外視していたから……とかかな?」
今回の目的が『夏休みの課題を一緒にやる』であれば、佐竹君の脳裏に『デート』の文字は消える。目的を一つに絞ったほうが、成功率は上がるもんね。二兎を追うもの一途も得ずって諺もあるくらいだし。
「そこまで言い当てられると、むしろきよきよしいな」
「それを言うなら清々しいだよ……」
ケイスケホンダみたいな間違い方は、さすがとしか言えない。
「はあー……マジかあ。お前どんだけ頭いいんだよ。金田一耕助の孫なのか? それとも東の高校生探偵?」
見た目だけを言うなら探偵オペラに近いかなあ……チビじゃないし! 背が低いだけだし! 対象年齢は二桁だし!
「佐竹君の考えることなんて、丸っとお見通しだよ」
「なかまあ!」
「佐竹君のツッコミって、たまに奇を衒うような言い回しするよね」
「おう、めっちゃ衒うぜ!」
得意げに言う、佐竹君。
褒めていないんだけど、本人が幸せならそれでOKです!
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by 瀬野 或
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