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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一章 Change My Mind,
17/677

八時限目 月ノ宮楓はお嬢様である 2/2


 戸惑うのは当然だろう。


 僕は正真正銘、超健全な男子高校生なのだから、女の子に免疫がないってことをお嬢様には深く理解して頂きたいでございますです。


 月ノ宮さんはバスに乗り込むと、後部にあるフラットシートの左端に腰を下ろした。なるほど、と思う。あそこに座れば盗撮をされる心配は無いし、全体像がはっきり見える。他クラスの見知らぬ人が隣に座るリスクもあるが、それはペア席でも同様だ。混雑するバスでは当たり前に隣に座ってくるからなあ。最悪「隣いいですか?」って声を掛けずに座ってくる輩も少なくない……僕の隣に座るヤツは毎回そんな感じだ。


 僕はバスの中腹辺りにある席に座った。


 月ノ宮さんとの距離は物理的に離れているので、会話することは無い。


 後方から月ノ宮さんと誰かが談笑している声が訊こえてくる。


 僕には知り合いがいないので、だれとも会話することは無い。


 窓の外を傍観しながら「人気者は大変だな」と、誰の耳にも届かない声量で皮肉を吐いた。


 佐竹と乗ったときもそうだったが、僕を取り囲む彼、彼女たちには、僕以外にも友人が(あま)()にいる。月ノ宮さんにだって、他のクラスに友人はいるだろう。それを目の当たりにすると、心の奥底にどす黒いなにかが蠢くのを感じる。本来、それはあってはならないことだ。脇役の僕が彼、彼女たちにそんな感情を抱くのは筋違いにも程があるのだけれど。


 それでも。


 他人と触れ合う温もりを知ってしまったら、無知な自分には戻れない。





「お待ちしておりました、お嬢様」


 ロータリーから少し離れた人目につかない場所に待機していたのは、だれしもが『執事だ』と一目瞭然にわかる格好をした初老の男性だった。白髪をオールバックで決めて、センスのある眼鏡をかけたこの執事さんは月ノ宮さんが呼んだらしい。高級外車の横で、月ノ宮さんにお辞儀をする。


「高津さん。急に呼び出してごめんなさい」


「いいえ、滅相も御座いません」


 おお、めちゃくちゃ執事っぽいやり取りだ。


 いや、執事なんですけどね。


()()()は用意できましたか?」


 高津と呼ばれた執事は、一度、車の中を睥睨してからゆっくりと会釈をした。


「もちろんでございます。送って頂いた写真の女性と髪型と同じカツ……うぃっぐ、をご用意致しました」


 言い慣れない単語に躓きながら、高津と呼ばれた執事はたどたどしく答えた。


「さすがは月ノ宮家に身を置いて、三十年間以上も仕えているだけはありますね。感謝します」


「いえ、これも当然のことでございます」


 こんな会話、本当にあり得るんだな。


 たまげたなあ……なんて、二人のやり取りを呆然としながら眺めていると、高津と呼ばれていた執事がチラリと僕を見た。


「もしや、お嬢様の恋人でしょうか」


 鋭い眼光を走らせる。


「高津さん、冗談でも趣味が悪いですよ。彼はただの友人です」


 一言多いけど、まあ間違ってはいない。


「はい。僕は月ノ宮さんの〝ただの友人〟で、鶴賀優志と申します」


 軽く頭を下げて挨拶をした。


「これはこれは、大変失礼致しました。私は月ノ宮に仕えている執事の〝(たか)()(ぜん)()(ろう)〟と申します。以後、お見知り置きを」


 僕と高津さんが互いに挨拶をしていると、月ノ宮さんが高津さんの背中を小突いた。


「あまり時間が無いのです。至急、私がいつも利用している服屋へ連れていって頂けますか?」


 ここだけを切り取ってみると我儘な令嬢感満載だ。もしかしたら転生者なのかな? 最近、ブームが来てますもんねって思うけど、月ノ宮さんはマリーアントワネットに見えなくもないけど、彼女はそこそこに常識を弁えている普通のお嬢様だ。マリーアントワネットなのは腹黒い性格だけ……充分にマリー足り得る資格は持っているじゃん。


「かしこまりました、どうぞお乗りください」


 高津さんにエスコートされて車に乗ると、月ノ宮さんが僕に抱き着いてきた。


 急な抱擁に背筋が伸びる。


「なに!?」


 僕とキミは、まだそういう関係じゃないんですよ!?


「いいから動かないでください。服のサイズが測れませんから」


 よくよく見ると、月ノ宮さんの両手にはメジャーが握られている。


「バストはよくわかりませんけど、大体のサイズはわかりました。というか、ユウさん。本当に男の子ですか? 服のサイズが私とほぼ変わらないんですけど」


 ええっとそれは、追求しないほうがいいんんだろうな。


「僕だって好きでこんな体型をしてるわけじゃないんですけど」


 顰みに倣うように言葉尻を真似してみると、月ノ宮さんはちょっぴり頬を膨らませた。


 こうしていると、普通の女子高生なんだけどな。


「まあ、都合がいいと言えば都合がいいです。ちょっと失礼しますね」


 そう言うと、今度は鞄から携帯端末を取り出してどこかに電話をかけだした。


「いつもお世話になっています。月ノ宮……はい、そうです。実は至急、用意して頂きたい服がありまして……はい、サイズはいつも通りで、えっと……普通の女子高生が着そうな服? と言いますか……あ、はい、そうです。では、そちらで何着か選んでおいて頂いてもよろしいですか? ──ありがとうございます。後一〇分程度でそちらに到着しますので、よろしくお願いします」


 そう言って電話を切った。


「ふう……」


 小さく、溜め息を零す。


 かなり慣れた電話対応だったけど、普段からこういう電話をかけているんだろうか?


 そりゃ月ノ宮さんは月ノ宮製薬社長の娘だから、電話対応のひとつやふたつ簡単にやってのけるんだろうけど、女子高生らしからぬ言葉遣いに思わず声を失ってしまった。


「いまの電話って?」


「ええ。いまからお伺いするお店です。ユウさんは車内でお待ちください。殿方には少しばかり入り辛いお店だと思いますので」


「そ、そうさせていただきます」


 僕がその服屋に入っても、なにを選べばいいかわからないし、無駄に時間を費やすだけだ。


 問題はその資金だけど。


 服の代金をどうやって捻出しようかと考えていたら、月ノ宮さんが僕を呼んだ。


「お金のことならご心配なさらず。そこまで高価なお買い物でもないですから。それに、なんだか着せ替え人形で遊んでいるみたいで楽しいですし。これも投資だと思ってください」


 着せ替え人形ですか?


 貴族の方々は人間を使って着せ替え遊びするんですね。


「投資が負債にならなきゃいいけど」


「そこはユウさんの腕の見せどころです」


「自己破産しないように善処します」


 ()()より怖いものはない。


 そんな言葉が、僕と月ノ宮さんの関係を体現しているような堅苦しさを覚えるけれど、僕らを他所に、車は見慣れぬ街並みを走っていった。



 

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・報告無し。

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