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六十四時限目 月ノ宮楓は単刀直入に切り出す ④


 カウンター席に座っていた中年男性が、会計を済ませて出て行った。


 からんころん──。


 ドアベルが小気味好い音を鳴らす。


 店内に流れている曲が終わると照史さんは屈み込んで、音響機材を弄り始めた。数秒の間を開けて再び店内に音楽が流れ出し、それを待っていたようなタイミングで、楓は口を開いた。


「佐竹さん。私はこれから突拍子もないことを言います」


「お、おう」


「多分、理解できないかもしれません」


「いいから、勿体つけないで言えよ。マジで」


 そうじゃなくとも、楓の言っていることは難し過ぎて、内容の半分も理解していないと思う。楓がこれから言うであろう言葉だって、伝えたい意味を理解するのに時間がかかるはずだ。


 楓は大きく息を吸い込んで、すうと吐いた。 


「佐竹義信を辞めて下さい」





 佐竹義信を辞める……なるほどたしかに全くもって意味不明だ。「死ね」と言われほうが、まだわかりやすい。その手の暴言は、割と普通に言われ慣れてるしな。


 だけど、楓が言いたいのは、そうじゃないんだろう。


 予め「理解できない」と宣言していたことだし、俺が混乱するのも想定の範囲内って感じだ。普通に、割とガチで意味わかんねえ!


 俺が俺を辞めるって、どうすればいいんだよ。


「確認なんだが」


「どうぞ」


「俺に死ねって言っているわけじゃねえよな?」


「佐竹さんに死なれては困ります。大切な駒を失うのは、大損害です」


 駒って!


 他にもっと言い方があるだろ!?


 事実、その通りだけどなあ!?


「私は〝佐竹義信を辞めて下さい〟と言ったのです」


「死刑宣告ではない?」


 楓は首肯した。


「よくわかんねえけど」


 わからないことは、いくら考えたってわからないんだ。だったら、直感を頼りに考えるしかない。テストの問題がわからないときのように当てずっぽうでも、無回答で提出するよりはいいだろう。


 辞めるってのは比喩だ。辞任、辞職、辞退、辞表……漢字の〈辞〉がつく言葉を頭の中で羅列してみたが、どれもぱっとしない。マイナスのイメージが強い言葉たちだ。だから、楓の言ところの「佐竹義信を辞めて下さい」は、根本的な意味が異なる。


「……つまり、覚悟を決めろってことか?」


 言うと、楓は満足そうな笑みを浮かべた。


「その通りですよ、佐竹さん。いままでディフェンス思考だった自分を辞めて、オフェンス。攻めに徹する心構えで、事に当たる。優志さんはいまでも〝クラスのリーダー佐竹義信〟だと思っているでしょう。そのイメージを変えるのです」


 クラスのリーダー、か。その役を買って出たことは、一度もないんだけどな。


 俺は、楽しい学校生活を送りたい、その一心だけだった。喧嘩の仲裁も、クラス会議の意見出しも、体育祭の種目決めだって、だれも発言しないから適当な意見を言って場を凍らせないようにしているだけだ。


 その姿勢が認められて友だちが増えたのは、正直に言って嬉しいことだが、そのせいで壁を作ってしまっていたとしたら、全ての行いが間違いではないにしろ、正解とは言い難い。


「佐竹さんにとって、だれが一番大切なのかを、もう一度真剣に考えて下さい。佐竹さんにとって大切なのは、クラスのリーダーという肩書きですか?」


「だれが大切か……」


 優志を好きになったとき、覚悟を決めたはずだった。でも、本当は覚悟を決めたふりをしていただけで、なにも変わっちゃいなかった。事実、俺は優志や恋莉、楓と過ごす時間が心地いいと感じていて、この関係を壊してしまうのが怖かったってこともある。


「楓は、俺たちの関係が壊れてしまってもいいって思うか?」


「形あるものは、いずれ壊れます。それが早いか遅いか、その違いに過ぎません。私は、恋莉さんが恋人になってくれるのであれば全てを敵に回しても構わない。その相手が佐竹さんであっても、です」


「冗談、だろ?」


「冗談を言っているように見えますか?」


 そうは見えなかった。


 楓の覚悟は本気らしい。


 どうすればそこまで覚悟を決めることができるんだ? 月ノ宮グループの社長令嬢だって、まだ俺とタメの女の子だぞ。楓にあって俺にないものを論えば、両手じゃたりないくらいある。その一つ一つが〈月ノ宮楓〉を形成する要素となり、揺るぎない自信に繋がっていることは明白だ。


 男が男に対して恋愛感情を抱く──。


 これは禁忌とも言える感情で、ときには悪趣味なネタとなり、嫌悪の対象となっている。同性を好きになるということは、批判、誹謗中傷に覚悟するってことでもあるんだ。


 俺はその視線に耐えられるんだろうか?


 これまでのらりくらりと毎日を過ごして、割となんとでもなっていたから頭を抱える事態に陥ったこともない。然し、優志を好きになった瞬間から、常に付き纏う不安と、不満と、嫉妬に毒されている自分がいる。


 目の前にいる少女のように、意識を変えなきゃいけないな。


「残された時間はそう多くないのです」


「……そうだな」


「佐竹さんが奮起しない限り、私たちは敗北します」


 なので、と言葉を区切り、深呼吸をする、楓。


 そして、


「もう一度言います。佐竹さん、今日をもって佐竹義信を辞めて下さい」


「……ああ、わかった」


 俺の中で、なにかが燃え始めた。


 そんな気がした。



 

【備考】


 読んで頂きまして誠にありがとうございます。差し支えなければ『ブックマーク・感想』などもよろしくお願いします!


 by 瀬野 或


【修正報告】

・報告無し。

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