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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一章 Change My Mind,
16/677

八時限目 月ノ宮楓はお嬢様である 1/2


 昼休みが終わり、襲い来る空腹感と格闘しながら授業をやり過ごした僕は、堪え難い空腹感を我慢し続けた結果、逆に空腹感が無くなるという境地に達していた。


 そうか、これが悟りの境地か!


 悟り世代とはよく言ったものだな、うん──意味は違うんだろうけども、そういうことにしておく。


 ホームルームが終わるや否や、佐竹は椅子をそのままにして背凭れに肘を着くように座りこちらを向いた。


 そして。


「今日はよろしく頼むぞ」


 内緒話をするように囁く。


「急過ぎない? 僕はもう少し余裕を持って行動したいんだけど」


 そんな不満を佐竹に伝えたところで〈突発性イベント症候群〉が治るとも考え難い。


 この〈突発性イベント症候群〉とは、突発的に問題ごとを発生させなければ高校生活を満足に過ごすことができなくなる症状で、主に佐竹義信という男が発症する。治療法は未だに発見されておらず『死ななきゃ治らない不治の病』とされている。それは『馬鹿は死ななきゃ治らない』と同義だと考えられるが、馬鹿は死んでも治らないとも言われてるがゆえに、突発性イベント症候群は『死んで治す』しか、いまのところ手段が無いのだ。


 死ななきゃ治らない病気だってさ、佐竹どんまい。


 こんなのがクラスの女子から絶大な人気を誇るなんて理解し難いのだけれど、僕の知らないところで、佐竹はなにかしらの努力を積み重ねたのだろう。


 例えば、一早く教室に来て観葉植物に水をやるとか……ないな。


 クラス全員分の机を丁寧に磨き上げるとか……それもないな。


 クラスカースト上位という地位を築き上げている佐竹が、入学してから()()に至るまで、どんな功績を残して、どんな偉業を成し遂げたと言うのか。


 まあ、率先して行動しているから?


 その頑張りは認めてあげなくもない。


「じゃあ、そろそろ行くよ」


「おう、しっかりな」


 お前が言うな。


 僕と絡むようになっなてからというもの、佐竹が『しっかり』した試しが無い。女装しろと脅迫したのも然り、昼休みの謝罪に然り、ことなかれ主義にも限度ってものがありませんこと? 苛々し過ぎて悪役令嬢みたいな語尾になったザマス。


 昼休みに佐竹が強行突破した理由は、放課後に天野さんと会う約束を勝手に交わしてしまってどうすればいいのか、と僕に相談を持ちかけたかったからだ。


 そんなことを突然言われても洋服は無いし、化粧道具だって持ってきていないけれど、よくよく考えれば健全な男子高校生が持ち歩くような物じゃないんだよななあ……。


 佐竹も()()()()は理解していたらしい。


 待ち合わせ時間をこの前よりも遅く設定してくれた──だからなに? 感謝でもしろって? 家に帰ってから支度を整えて……なんてやっていたら確実に間に合わないんだどお?


 そこで、楓嬢の出番というわけだ。


「行きましょうか。ユウさん」


「教室で話かけるのはタブーだよ!?」


 天野さんが既に教室を出ていたからよかったけど、教室に残っていたクラス連中が、あの大和撫子が空気に話しかけている──と、密かに騒つく。


 ほら、こういう空気になるんだから。


「もう少し慎重に行動してよ」


「私としたことが迂闊でした。以後、気をつけます」


 そういうとこだぞ、本当に。


 この場で僕に頭を下げたら余計に注目を集めるじゃないか。


「なんで月ノ宮さんがあんなのに謝ってんだ?」


「アイツ、調子乗ってね?」


「もう勘弁してよ」


 という言葉がちらほらと訊こえてくる。


 ──おっと、最後のは僕の心の声だった。


 空気は目立っちゃいけないのが鉄則だ。


 空気が目立つと毒になって、それを排除するべく彼らは行動を開始する。それが人間であり、集団行動ではごく自然に起こる現象。然もありなんではあるが、自衛隊員の辞める理由の八割が『いじめ』らしい。コミュニティの中で上手く機能しない、或いは、悪目立ちすると淘汰されるということを、彼らが露骨に証明してしまっているのだ。まあ? それは極一部の自衛隊員だけではあるし、たかだかネットの噂でしか過ぎないのだけれども、集団行動において『出る杭は打たれる』のが真理とも言える。そしてこの状況は、正しくそういう状況になってしまっていた。


 ついに、僕が淘汰される日が来たか──と、覚悟したが、それを回避したのは意外にも佐竹だった。


「よし、お前らカラオケ行くべ? 非リアの俺らは歌うっきゃないだろ!? 行きたいヤツは着いて来いやー!」


 まるで鶴の一声のようだった。


 その場を制圧した佐竹の雄叫びは教室内に響き渡り、男子も女子も鬨の声を上げるかの如く倣う。


『後は頼むな?』


 みたいな顔で僕を見た佐竹に対して、初めて感謝の意を表した。


 彼がクラスで人気である理由の一端を、目の当たりにした瞬間かもしれない。


 空気の読めないヤツだと思っていたけど、いざというときには頼りになる。それが佐竹義信という男──いや、過剰評価だな。でも、佐竹のおかげで上手く切り抜けることができたわけだし、いまだけは認めてやろう。佐竹義信は本気を出せばイケメンである──と。


 佐竹が起こした騒動に乗じて、僕と月ノ宮さんは教室から別々に抜け出した。


 教室で馬鹿騒ぎしてくれているおかげで、誰に気づかれること無く抜け出す事が出来たが油断は出来ない。ここから一緒に行動すれば、僕らを見た生徒がどう思うか。それは、火を見るよりも明らかだろう。


「校門で」


 とだけ月ノ宮さんに伝えると、月ノ宮さんは静かに首肯して反対方向へ歩いて行った。


 月ノ宮さんはトイレ前を通る『正規ルート』を辿って校門を目指すだろう。


 それが一番早く辿り着けるルートだ。


 でも、一番人目につくルートでもある。


 なぜなら、一番早く昇降口に辿り着くルートなので、下校するタイミングが重なるいまは、誰しもがそのルートを選択するからだ。よって、一緒に行動するにはリスクが高過ぎる。


 僕は体育館側から外回りして中庭を通り、昇降口へ向かうルートを選んだ。


 このルートの利点は特に無い。


 体育館に用事が無いなら、誰もこのルートを選ばないってだけ。だからこそ、このルートは安全だと言える。


 僕はなにが楽しくてスネークしてるんだろう。





  * * *





 校門を出た先にあるバス停で、月ノ宮さんと落ち合った。


「これからどうするの?」


 月ノ宮さんに訊ねると、彼女はニコッと笑みを浮かべて僕の耳元で囁く。


「お買い物、です」


 吐息が耳を擽って、女の子特有の甘い香りが鼻を抜ける。香水かな? それともシャンプーかリンスか制汗スプレー? フェロモンの匂いとか言ったら変態チックでエグいですね。


 柄にもなく悪戯っぽいウインクした月ノ宮さんは、まるで頑是無い子供のようだった。


 その様子を見て戸惑いの色を隠せないでいると、僕を(から)()うようにクスッと笑う。


「こんなことで狼狽えていたら、女の子になれませんよ?」


 魔性の女って、こういう人を言うんだろうな。



  

【修正報告】

・2019年2月19日……読みやすいように修正。

・2019年2月20日……加筆修正。

・2019年3月23日……誤字報告による修正。

 報告ありがとうございました!

・2019年6月13日……誤字報告による言葉の使い方の修正。

 報告ありがとうございました!

・2019年11月13日……加筆修正・改稿。

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