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五十七時限目 初デートは愁いを帯びて ③[続]


 食事の会計を済ませた。


 海の家で後払い制は、効率が悪い気がしてならない。他の店舗は、食券、または先払いが基本だろう。回転率を上げたいなら、周囲に足並みを揃えたほうがいい。そうしないのは、熊田さんのこだわりだろか、或いは店の雰囲気を楽しんで欲しいからかかも知れない。……どちらにせよ荒が目立つのは否めないし、客が寄り付かなければ意味がない。


 食事は美味しいのに、惜しいな。





 なにはともあれ、海である。


 海と言えば夏、夏と言えば海、でお馴染みの海だ。いつも平静な態度で過ごす優志ではなく、喜怒哀楽を多彩に表現できる私だからということもあって、ふつふつと込み上げてくるものがあった。


 メインになっている中央辺りと比べると、熊田さんの店の前は、まるでプライベートビーチのようだ。数人の遊泳客はいるけれど、多いわけではない。この数だったら、仕方がない、と諦めもつく。


 熊田さんは、店の(のき)(さき)まで見送ってくれた。


「荷物、よろしくお願いします」


 レンちゃんが頭を下げたのを見て、私も慌てて頭を下げる。


「おうよ。任せておけ!」


 得意げな顔で胸をどんと叩いた。


 私たちの荷物は、既に二階へ運んであった。


 二階はちょっとした宿舎のようになっているらしく、ププライベートな場所だからと立ち入りは禁止された。シーズン中は、そこで寝泊まりしているらしい。不便はないんですか? と訊ねたら、「真水しか出ないシャワーが不便だ」って愚痴を零していた。どうしてもお湯に浸かりたい場合は、ここから数キロ離れにある銭湯へ歩いていくらしい。熊田さんにとってこの海の家は、ちょっと融通が効かないな別荘、に近い感覚なのだろう。


「いってきます」


 挨拶もほどほどにして踵を返した。一歩砂浜へ足を踏み入れたとき、「ちょいと待ちな」と背後から声が訊こえた。足を止めて振り返る。さっきまで笑顔だった熊田さんの表情が、やけに真剣な顔つきになっていた。


「どうかしたんですか?」


 訊ねると、熊田さんは頷いた。


「海の危険性について、伝えておこうと思ってな」


「ああ、くる前に電車の中でユウちゃんが言ってた。……えっと、カツオノエボシ?」


「毒を持つ海洋生物の話をしたいわけじゃないと思うよ?」


 私が返すと、レンちゃんは「わかってるわよ!」って言いながら耳まで真っ赤にさせた。恥ずかしとき、失敗したとき、レンちゃんは直ぐ顔に出る。その素直さがもっと前に出れば、きつい性格だって勘違いされないだろうに。


「勿論、それもそうなんだが」


 熊田さんは顎髭を撫でながら、口をもごつかせた。どう伝えるべきなのか、慎重に言葉を選んでいるように見える。数秒の間があり、顎髭を撫でていた手を止めて、両手を組んだ。熊田さんがそのポーズをするとラーメン屋みたいだ。額に巻いたタオルが、まさしくな雰囲気を醸し出している。


「この海は、毎年、海水浴客で賑わっちゃあいるが、危険が無いわけじゃない」


 この時期になると、ニュースで海のトラブルが報道されたりする。ライフセーバーに密着したドキュメンタリー番組を見ると、熱中症で倒れる人や迷子の捜索なんかでてんてこ舞い状態だ。番組内で「飲酒して海に入るのは大変危険ですので」と、取材を受けたライフセーバーがしきりに語っていたけれど、クーラーボックスに入れて持ち込んだアルコール類で乾杯する遊泳客は後を絶たない。


 飲んだら乗るな、乗るなら飲むな、は車だけでなく、自然相手にも言えることだ、と勧告していたのが記憶に残っていた。


 でも、熊田さんの目を見るに、海についての基礎知識を言いたいわけじゃないだろうと察した。


 多分だけど──。


「地形の話、ですか?」


「ほう、察しがいいいな」


 何気なくを装って呟いた言葉に、熊田さんの眉が動いた。


「寝る前に調べただけですよ」


「自然を相手にするんだ。()()()()()()()は、頭の中に叩き込んでおいたほうが懸命だぜ」


 熊田さんと会話している最中、いまいちな顔をしていたレンちゃんは、どうにも我慢ならなったのか、私の横腹をつんと突いた。 


「ねえ、ユウちゃん。地形が、なに?」


 私が答える前に、「それはだな」と熊田さんが割って入った。


「この海は、なだらかな浅瀬が暫く続くと思えば、急に深くなるんだ。足がつくから大丈夫だろうって過信して浮き輪でぼうとしていたら、気がつきゃ沖近くまで流されてた。……なあんて話もよくある」


 レンちゃんは、口を挟まずに首肯した。


「水深の高低差があればあるほど、波の影響が強くなる。水の原理は知っているよな?」


「高いところから低いところに流れる」


 熊田さんは「そうだ」という口をして、続けた。


「海水ってのはどんどん岸に集まるもんでな。高低差がある地形で波が戻ろうとすると、どうなると思う?」


「そうですね。ええと……、引き寄せる力が強くなる、ですか?」


「その通り。……集まった海水は、どこからか沖に戻ろうとする。そのとき、岸から沖に向かって一方的に強い流れが生じることを〝離岸流〟と呼ぶんだ」


「りがんりゅう……、なるほど。気をつけなければいけませんね」


 普段の生活では訊き馴染みがない言葉だろう。だって、埼玉県には海がないのだから。よほど海に精通している人でなければ、離岸流の存在を認知でない。


 別名〈リップカレント〉と呼ばれる現象である。


 私たちを呼び止めたのは、この海は離岸流が発生し易い海だ、ということを伝えたかったようだ。終始口調が穏やかであったのは、余計に怖がらせたくない、という心遣いだろう。


 離岸流、か。


 離岸流の厄介な性質は、一度発生すると一ヶ月くらい同じ場所で発生し続けることにある。その一方で、発生してから二時間後に位置を変えて発生することもある気紛れさがまた難しい。


 春夏秋冬限らず、自然を甘く見ると手痛いしっぺ返しを喰らうのは同じだ。相応の準備をしなければ後悔しても遅い、という状況にもなりかねないと注意喚起したかったのだろう。


「さっきの話、ユウちゃんは直ぐに離岸流だってわかったの?」


「事前に調べていたから、そうかも? って思っただけだよ」


 海でも山でも、危険はごろごろ転がっている。それを知っているか知らないかで自分の運命が決してしまうこともあり得るのだから、臭いものに蓋をするではなく、転ばぬ先の杖としておいたほうがいい。


「海で遊ぶってんのに、浮かれず、(しゅ)(しょう)な心掛けじゃあねえか」


「ユウちゃんは(はく)(しき)なので、なんでも知ってるんですよ」


「ほう。そうなのかい?」


「い、いやあ……」


 これは、某シリーズに登場する委員長ちゃんの台詞を言えって流れ? つまり海物語ってこと? それだと、緑髪のイケメンが出ると激アツなあっちを連想するなあ。遊んだことはないけど。



 

【備考】


 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。


 これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或


【修正報告】

・報告無し。

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