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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一章 Change My Mind,
14/677

七時限目 大和撫子とワンチャンと食べ損ねたエビチリ 1/2


 昨日の選択は正しかっただろうか?


 もう直ぐお昼休みになるというのに気分は沈んだまま浮上しそうにない。


 間違えた選択なんてしていないはずだ。


 二人に対して壁を作ったのは自己防衛で、身の危険を感じれば距離を置くのは当然だ。臆病だと罵られたっていい。自分で自分を肯定しなければだれも肯定してくれない世の中なんだから、自分に甘いと言われたって構わない──と頭の中で呟いてみたけれど、喉の奥に引っかかった不快感はどうにも消えてくれなかった。


 ファミレスで起きた珍事件をきっかけに僕の日常は一変するはずだったけれども、僕は変革を望まなかった。


 佐竹、月ノ宮さんにいけしゃあしゃあと責任を押し付けるのは筋違いだってことはわかってる。でも、あの提案はいただけなかったし、佐竹は佐竹で(とん)(ちん)(かん)過ぎた。


 僕は不誠実な人に対して誠実で返すほど聖人じゃないから、右の頬を叩かれたら相手の左頬をグーで殴る……ような度胸は無いけれど、相応には仕返しを企みたい。


 その企みが、これか……。


 ファミレスでの件から二人と言葉を交わさずに三日が経過した。


 佐竹と月ノ宮さんはあの件から距離を縮めたようだけど、僕に気安く近づこうとはしなかった。


 これでいい、ザッツオール。


 強制的に交わされた『協定』は佐竹が引き継いでいてくれているのか──それを知る由もないけれど、僕が女装していたと噂になっていないから約束は守られていると思う。


 月ノ宮さんが好きそうな言葉を選ぶと『守秘義務が課せられている』とか『箝口令を敷いた』かな。どうでもいいか。僕のことを言い触らしていないならなんでもいい。


 このまま時間が全てを解決してくれたら万々歳なんだよなあ……なんて思いながら、あの日に感じた僅かな光を心の中へ封じ込めて、退屈で億劫な授業に意識を集中させてみる。かりかり、しゃーっとノートを滑るシャーペンの音が教室に響いた。





 ようやく昼休みになると、食堂へと足を運ぶ者、仲よしグループで集まって昼食を摂る者で分かれる。


 他の理由で教室から出て行く者もいるけど、大体そういう連中は部活仲間と集まる場合が多い。僕は、このまま教室にいても人心地無いので、いつも通り校庭の隅にあるベンチに移動して弁当を食べよう……と椅子から立ち上がった。


 ぐらり、視界が歪む。


 鉄分不足? 帰りにドラッグストアに寄ってサプリメントでも買おうかな。


 立ち眩みが収まったところで慎重に立ち上がってみる。大丈夫そうだ。やっぱりドラッグストアは寄らない。


 机のフックに掛けてある鞄に手を伸ばしたとき、前に座っている佐竹が僕の進行を妨げるようにして立ち塞がった。


 なんだコイツ、ぬりかべなの?


「これからお弁当食べに行くんだけど、退いてくれない?」


「あのさ」


 出たよ、()()()


 翌々考えてみると『あのさ』っていう言葉には女性的な響きがあるな──と、どうでもいいことを思った。いや、女性が使うとしたら『あのね』が正解か? どっちでもいいか。さして問題視するようなことじゃない。


「話があんだけど、ちょっと付き合ってくんね?」


 昨日の件だ、と直ぐに理解した。


「あのことなら佐竹に一任するよ。丸投げみたいになっちゃうのは悪いと思うけど、僕にできることは無いし」


「いいから、ちょっと来い」


「ちょっと、痛いよ! 握力ゴリラ!?」


 佐竹は僕の右腕を掴んで、強引に何処かへ向かって歩き出した。


「痛いから離してよ!」


「こうでもしねぇと逃げんだろ」


 わかってるじゃないか。


「言葉じゃ勝てねぇから実力行使させてもらうぞ。ガチで」


 ズカズカと廊下を歩き、抵抗もできずに連れて来られた校舎裏。フェンスに寄りかかるようにして月ノ宮さんが待機していた。強キャラみたいなオーラを感じる。てか、この人裏ボスでしょ……。


 やっと手を離した佐竹は「連れてきた」と、事実だけを月ノ宮さんに伝える。


「ありがとうございます」


 佐竹はいつから月ノ宮さんのパシリになったんだ? 月ノ宮さんは佐竹に会釈をして、僕の元へと歩み寄る。怖いんだけど。取り敢えずそのオーラだけは消してくれませんかね? 消してくれませんね、失礼しました。


「あの日は」


 あれ? 様子がおかしいぞ?


「鶴賀さんを見下したような発言をしてしまいまして本当に申し訳御座いませんでした」


 月ノ宮さんは深々と頭を下げた。


 角度は四十五度、最敬礼に足るお辞儀だってマナー講師がテレビ番組で言ってた気がする。たしか、会釈が五度、敬礼が一十五度……だったかな?


 意外だった。


 お高く止まった態度が印象に強いので、こうして頭を下げるような行動を取るような人ではないと決めつけていた。


 だが、実際は違ったたらしい。


 月ノ宮さんは僕に侘びの言葉を伝えると、隣にいた佐竹もそれに倣って頭を下げた。


「月ノ宮さんはわかるけど、なんで佐竹が頭を下げるの?」


「楓の計画に勝手に乗ったのは俺だからさ」


 うん、アレにはイラッとさせられたよ。


「ちゃんとユウを待ってから話をするべきだったって姉貴に相談して気づいたんだ。本当に悪い!」


 はぁ……、そんな詰まらないことを姉に相談するなんて恥だぞ。然し、ここで二人を許さなかったら二人の誠意を無下にすることにもなる。


 それは、僕の信条から逸脱した行いだ。


「もういいよ」


「では、お許し頂けるのですか?」


 月ノ宮さんは礼をした状態で頭だけ向けた。


「佐竹の気まずそうな顔にもうんざりしてきた頃だったからね」


「あ、ああ。……いや、マジで悪いと思ってる」


 正直に言うと、僕もどうしたらいいのか困惑してたし、この機会に『全てチャラ』とはいかないけれど、喉奥にある小骨くらいは取り除いておきたい。そういう意味で、行動に移してくれたのは有り難い。


 これで僕らの関係はリセット。


 他人以上友だち未満のこれまで通り。


 僕は平穏無事に空気として存在できるようにな──


「これで私たちは〝友だち〟ですね」


 え? いま、なんて……。


「喧嘩できるのは互いに認め合ってるからだろ?」


「それ、どこの喧嘩の番長だよ」


 これから縄張りを一〇ヶ所も手に入れなきゃならないのだろうか? あれ、超面倒なんだよな。


「佐竹さんの言い分は理解し難いですが、私は心から鶴賀さんとお友だちになりたいと思っています」


 嘘だろ。


「この言葉に、嘘、偽りはありません」


 嘘、偽りだらけじゃないの……?



 

【修正報告】

・2019年2月19日……文章の加筆、改稿。

・2019年7月20日……本文の微調整。

・2019年11月13日……加筆修正・改稿。

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