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五十三時限目 月ノ宮照史は結末に影を落として濁す[中]


 されるがままに倉庫へと連行されて、手渡された水着に着替えさせられた。一着だけだろう。そう高を括っていた僕が甘かった。


 紙袋の中には種類の違う水着が三着も入っていて、その中でも特に精神的な苦痛を感じたのがスク水タイプの水着だった。これはどうも着れない。いや、着たくない。両手で水着を広げながら、許しを乞うように琴美さんを見る。


「大丈夫、絶対に似合うから!」


 似合うとかそういうことを心配しているのではなくてですね、僕がこれを着用したらもっこりするところがあるんですよ。なんて説明しても無駄らしい。この水着には悪意以外のなにものでもないだろう。悪ノリ。僕がもっとも嫌悪する言葉が浮かんで歯痒い気分だった。


 もう一つの紙袋には女装セットが入っていた。どうして琴美さんがこのセットを持っているのか問い質したい気持ちがあったけれども、質問したところで返ってくる言葉は想像に難くない。


 どうせ、『こういうこともあろうかと思って用意した』とか上手いこと言って逃げるだろうから、面倒臭い問答は避けるべきだ。なにより、時間は有限である。照史さんを待たせているのだし、終わらせるならとっとと済ませようと思った。


 女装セットに水着セット、か。


 ここまでくると、僕に会うことにしたのは水着モデルをやらせるためであり、お悩み相談は二の次だったんじゃないかと疑わざるを得ない。


 もう、なるようになれだ。


 そうこうしているうちに、撮影会が始まった。


 最初の撮影は、ハイビスカスが描かれているワンピースタイプの水着を着て行われた。


 ヒラヒラ部分が下半身を隠してくれるけれど、丈が短いので安心できない。天野さんが選んだ水着と似ている。こちらは南国チックな雰囲気があった。可愛くないわけじゃないが、趣味ではない。


「優梨ちゃんかわゆ……マジ天使……すきい」


 げへげへといやらしい笑みを浮かべながら、琴美さんは携帯端末のカメラでシャッターを切る。


 次に着たのは、スク水タイプの水着だった。


 純白な水着の左胸元にファンシーキャットのロゴが描かれているシンプルなデザインだけれども、下半身が盛り上がっているのが露見しているのは頂けない。でも、琴美さんはさっきよりも興奮しながら携帯端末を構えていた。


「やっぱり男の娘といえばこれよお……、眼福だわ」


 他人から性的な目で見られる気持ちの悪さといったら、形容する言葉が見当たらない。「笑顔を作って」と指示を受けても、引きつり笑いしかできなかった。


 最後に着たのはビキニタイプの水着で、パレオがセットになっている。


 この水着は白と桃色のゼブラ柄で、胸元にヒラヒラが多用されていた。どこかロリータファッションを連想させる。いや、ロリータではなくロリっぽい? のかも知れない。


 全体的に明るく、派手な印象を受けた。


 パレオは膝下までを隠してくれるので、下半身が露出することは早々ないだろう。いままで着た水着の中では群を抜いて派手ではあるものの、これより優れた水着はなかった。


「ちょっと派手過ぎませんか……?」


「これくらいしないと、優梨ちゃんは逆に目立つから!」


 そういうものなのだろうか? 女子の水着を着用したのはこれが初めての経験で、勝手がよくわからない。でも、体の大部分を水着が隠してくれるのは都合がいい。素肌はなるべく露出しないほうが懸命だ。いつ、どこで女装がバレるかもわからない状況下では、隠せるものは隠したほうがいいだろう。





 水着撮影会が終わる頃には、ダンデライオンの片付けも大詰めを迎えていた。残る作業は床掃除くらいだろう。その作業は、僕らがこの店を出ないことには始められない。


「ねえ、優梨ちゃん」


 本日の会計を済ませた琴美さんが僕の元に戻ってくるなり、


「うちのサークルの専属モデルにならない?」


 と言って、いつになく真剣な眼差しを向けた。 


「さすがに無理です」


 キッパリ断った。


「やっぱり駄目かあ」


 演技っぽく肩を落とされても、悪いことをしたなんて思わなかった。前回に引き続き、今日もモデルをやらされたのだ。恥ずかしいポージングをさせられるのは、もう懲り懲りである。


 仮に専属モデルを引き受けたら、報酬はおいくら万円だろうか?


 手取り二十五万なら申し分ないけれど、そこから保険やらなにやら差っ引かれて、残るのは雀の涙程度だとすると割に合わな過ぎる。


 それでも仕事をしなければ生活できないのだから、大人は社会の奴隷とまで呼べる。働いたら負けって有名な台詞は、案外、的を射たフレーズかも知れない。


「ま、そうじゃなくても呼び出してモデルやってもらうけど」


「結局やらせる気満々じゃないですか……」


「いいじゃない、三着もあげたんだから。結構高かったんだし、それ相応に働いてもらうわよ?」


 受け取った二着については、使用する予定がないので返却したい気持ちでいっぱいだ。だが、琴美さんは返却を拒んだ。クーリングオフは効きません、とういうことらしい。なるほど、これが悪徳商法の手口か。今後の参考にさせてもらおう。なんの参考にするかは、あまり深く考えていないけど。


「さあて、優梨ちゃんのエチエチな写真も手に入ったことだし」


「その言い方は不愉快極まりないのでやめてください」


「創作意欲が冷めないうちに、お(いとま)するわね」


 アスタラビスタ、ベイビー! と快哉を叫びながら、カラリンコロリンと軽々しいドアベルの音色を奏でて、琴美さんは颯爽と出て行った。


「まるで台風みたいだね」


 照史さんが言う。


「台風よりも(たち)が悪いですよ、アレは」


 片手に持っている紙袋が、ずしりと重くなるのを感じた。




【備考】


 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。


 これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或


【修正報告】

・報告無し。

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