五十一時限目 彼は彼女に憧れと嫌悪感を抱く[前]
帰宅途中にコンビニに寄ってお弁当を購入して、それを昼食とした。
食卓に広げたそれは、自転車のカゴの中で揺れに揺れて、ご飯も、付け合わせのきんぴらも、全て片側へ寄っていて、なんだかなあ、という気分だ。この気持ちは、ラーメン屋を後にしてからずっと引きずっている感情だった。
爆弾ハンバーグ弁当、六八〇円。爆弾と商品名に記載してあるが、どこが爆弾なのだろうか。突いた瞬間に肉汁が溢れ出すわけでもない名前負けしたハンバーグを口に運び、白ご飯と合わせる。ご飯の下に隠されていた厚底を暴いた。味は……、さして感想もない。これなら新商品のカップ麺のほうが美味しかったかも知れないと思いながら、陰気臭くなる前にお茶で濁した。
お弁当の容器を水で軽く濯いでから、ゴミ箱に捨てた。それから部屋に戻り、勉強卓の椅子に座って食休み。帰る時間を予想してタイマーをかけておいたのは正解だったようで、一汗かいた体を冷やしてくれる。
コップに入れて持ってきたアイスコーヒーを一口飲んだ。スーパーで販売しているアイスコーヒー用ブレンドは、苦味が効いて僕好みだ。夏にしかお目にかかれないのは残念でならないとはいえ、空風が吹く冬場の寒さの中、アイスコーヒーは選ばない。需要と供給を考慮すると、夏限定販売は妥当な判断だろうと、超上から目線な感想を思う。
本日の予定は水着選びしかない。他にやることと言えば、残った課題に着手するか、或いは読書に興じるか。ゲームという選択肢も考えたけど、直ぐに却下した。勉強と読書、どちらを選ぶか悩んだ末に、どちらも不採用にしてベッドに横たわる。
これにて、本日の鶴賀優志の営業は終わりました。というのもありかもしれない。けれど、昼寝をするには早過ぎるし、元より昼寝をするために寝転んだわけではなかった。
──上手くやるさ。
自転車を漕ぎながら呟いた言葉は酷く抽象的で、大雑把で、随分投げやりで漠然とした台詞だなと自嘲した。上手くやる方法を考えてみようか。どうせ、他にやることもないだろう。考えごとをする上で、ベッドはあまり適さないかも知れないが、睡魔に襲われて眠ってしまったら、そのときはそのときでいい。
優梨という女の子の全体像は、とっつき易くて、感情表現が明るい。
相手に対して壁を作らない彼女は、知り合って直ぐにあだ名を付けて呼ぶのも厭わない性格だ。コミュニケーションに長けたクラスで人気の女子、という設定。
他人を演じるならば、自分と真逆の人物がいいだろう。そう思って『僕とは正反対の女子』を作ってみたけれど、作戦は思わぬ波紋を呼び、どちらが本当の自分なのか、わからなくなってしまった。
好印象なのは、紛れもなく優梨だろう。根暗な僕と会話していて楽しいと思う奇特な人物がいるとは思えない。つまり、求められているのは優梨であって僕ではないのだ。優志が求められていると錯覚するほど能天気じゃない。馬鹿な振りだけは得意だけど。
求められているのが優梨であるなら、優志は不要な存在ではないだろうか。重要と供給。勉強卓の上に置きっ放しにしているカップの中で氷がカランと鳴った。
エアコンの稼働音、時計の秒針、部屋の中に充満している憂鬱。それらが鬱陶しく感じて立ち上がり窓を開けた。噎せ返るような暑さだ。酷暑と呼んで差し支えない気温の中、よくもまあ変速機無しの自転車で向かおうと思ったな、と振り返り、あの自転車は廃品回収車に引き取ってもらおうと心に決めた。
閑静な住宅街に、子どもたちの遊び声が響く。近くにある公園で蝉でも捕まえようとしているのかも知れない。子どもたちは楽しいだろうけど、蝉の気持ちも考えて下さい。そんなリプライが飛んできそうな昼下がりは、どこかの家の戸袋に巣を作った鳥がピイチク鳴いていた。
視線を落とすと庭があり、青々とした芝生に雑草が混じっていた。自宅の庭は広いほうが偉いなんて思っていた時期もあったけど、庭で遊ばなくなってからは、草むしりが面倒だとしか思わなくなった。
やる気が出たら草むしりをしなければ、と思う。思うだけで実行に至るまで長いのが常。現実から逃げるように空を見上げて、視界に入った入道雲にはあと息を漏らした。
望んだのは〈他人から望まれる自分〉で、望まれる自分を手に入れたらどうすればいいのかと持て余すとは贅沢な悩みだ。
理想の自分を見つけたなら、その自分に全てを委ねて傍観していればいい。しかしいっかなこれまたどうして、『そんなことができるはずない』と理解してもいる。
どこかで発行していないだろうか? 僕だけの存在証明書。
益体もない紙切れだとしても、縋る物が有るのと無いのでは安心感も違ってくるはず。
僕はどっちで申請すればいいだろうか。
優志? それとも優梨?
ほら、馬鹿な振りだけは得意なんだ。
暫く外を眺めていたけど、外気の暑さに耐え切れず窓を閉めた。大分氷が溶けたコップを手に取り、水とコーヒーに分離した内容物を混ぜ合わせる。
「混ぜる、か」
僕の手の中にあるアイスコーヒーは、渦を巻きながら徐々にその力を失っていく。そうして生まれたアイスコーヒーを、果たして『以前と同じ物』と呼べるのか。
こういう喩え話をどこかで読んだ覚えがあった。たしか、古くなった船を分解して組んだ船を新品と呼んでいいのか、みたいな思考問題だ。
古い物から新しい物を作る。それ自体は生活に馴染みのあるリサイクルだと言える。見た目と機能に遜色無いなら新品と呼んでいいだろう。だって、リサイクルで生まれたトイレットペーパーが『中古品』として売られていたら、筆舌に尽くし難い気分になるじゃないか。
僕から生まれた〈優梨〉という存在は、どうだろうか。
中古、そう呼ぶと齟齬をきたしそうである。ならば新品と呼ぶべきかと問われると、どうも腑に落ちない。腑に落ちる答えがあるのかも怪しいところだ。
無理くり答えを出すならば、鶴賀優志というレーベルから生まれた新しい存在、だろう。その存在が僕よりもハイスペックなら、僕と混ぜていい按配になりそうではある。
でも、それが最善策だとは思っていない。
【雑記】
読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。
これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
【修正報告】
・2019年2月23日……読みやすく修正。
・2020年6月5日……加筆修正、改稿。