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四十九時限目 約束した夏の思い出のために[後]


 それから言葉をいくらか交わし、とんとん拍子で日取りまで決定した。


 残った問題は、僕、その姿である。


「どっちの姿でいけばいいかな」


 このままの姿であれば、かなり楽だ。(たん)()の奥にしまい込んだ水着を引っ張り出して、サイズとデザインを確認するだけでいい。気に入らなければファッションセンター島村でお手頃値段の男子用水着を購入するだけで済む。然し、優梨の姿でとあらば話は別だ。


 この姿で女性用水着を選ぶのはどうにも気が進まないし、気が気ではない。通販で購入しようにも、女性と男性では体の作りが根本的に違うので、似合うかどうかも怪しい。男性が着れるように作られた女性用水着なんて都合のいい商品があればそれに越したことはないけれど、需要と供給を考えてもアンダーグラウンドな世界だ。それなりの店、つまり、女装専門の店にはあるのだろうけど、デパートや近場にある服屋に置いてあるはずがない。


『そこまで深く考えなくても……。優志君のままでいいわよ』


 有り難い申し出だが、両手放しで鵜呑みにしていいものかどうか微妙なところだ。『二人で海にいく』、この意味がわからないほど、僕は愚物ではない。


 ハーレム系の主人公であれば、それもまた然りではある。鈍感じゃなければ進まないイベントだって数知れないだろう。でも、現実は甘くない。ハーレム異世界やハーレムラブコメではないのだから、わかるところはちゃんとわかって、知らないことには首を突っ込まないが鉄則。


 そうは言っても、「わかった」と答えるしかなかった。





 ……ということを回想のように思い出して、どうしたものかと思案に暮れていた。忖度するべきだろうか。天野さんのご機嫌取りをする意味ではなく、『想いびとと時間を共有したい』という気持ちに応えてあげたいとは思う。


 デートといえば、でお馴染みの海。好きでもない異性と海デートなんて罰ゲーム以上に(たち)が悪い。


 夏の思い出にするならば、望む相手がいい。その相手として選ばれたのが優梨だ。ヘマをしてガッカリされないように、下準備は入念に行っておきたい。


 エアコンも大分効いて、部屋の温度が適温まで下がっている。


 ちょっと肌寒く感じるのは、寝汗で濡れた服のせいだ。触れてみると、エアコンの冷気も相俟ってひんやりしていた。体温もいくらか奪われている。このままでは風邪を引いてしまうかもな。風邪なんて引いたら、それこそ台無しである。


 よっこいしょういち、と口に出して立ち上がった。


「一先ず、シャワーを浴びてから考えよう」


 僕しかいない部屋で、ぼそり呟いた。





 * * *





 脱衣所で服を脱ぎ、ダンクするかのように洗濯機に投下した。


 バスケットのルールには明るくないが、ダンクシュートしても二点しか入らないという知識は、とあるバスケ漫画から得た。


 その漫画に登場する某君曰く、「より多く点が入るのだから、スリーポイントシュートのほうがいいに決まっているのだよ」とのこと。時間内に相手よりも点数を取れば勝ち、というルールだから、理に適った言い分だ。


 こちらのシュートを全てスリーポイントシュートにして、相手はダンクやレイアップのみ、という状況を想定してみる。同じ球数をゴールに入れて、一点差で勝つのは前者だ。けれど、ロングシュートは針に糸を通すくらい神経を使うらしい。


 何度も何度も同じ放物線を描くようにボールを投げるのは不可能に近い芸当だ。緊張、焦り、疲労、汗、それらの要因が直接ボールに引っかかるのだから、理屈だけで勝てるスポーツなどなにひとつ存在しない、と言える。


 左手は添えるだけ、右手は透明なボールを押し出す。


 電球の紐でシャドウボクシングするように、エアースリーポイントシュートを打った姿が洗面台の鏡に映った。


 僕の体は、どこからどう見ても男子高校生の体躯ではない。


 撫でるように丸みを帯びた肩。ヒョロガリ。体毛だって産毛みたいなのがちょろちょろ生えているだけだ。おまけに背も低い。


 余談だが、身長が一七〇センチメートル以上ない男子は、女子から見て論外らしい。


 別にモテたいとかそういうのはないけど、高身長だからいいということもないだろう、とも思う。まあ、男子だって『理想の女子』って話題で盛り上がるのだからどっちもどっちだ。ご丁寧に挿絵を添えて公共の場に発信する意味もないが、一々反応するのも馬鹿げている。


 僕のコンプレックスは、これだけじゃない。見た目以上に気にしているのは地声の高さだ。音楽の授業で数多くの男子がテノールとバスに分かれる中、僕だけが女子に混ざってアルトパートを歌っている。


 梅高は合唱に力を入れている節があり、事あるごとに『合唱』が式の合間に入る。それもあって、パート分けをする際に一人で歌わされるのだが、適当に歌えばよかったものを、いつもの調子で歌ってしまったせいで『鶴賀君はアルトで!』と音楽教師に決定されてしまった。無論、抗議はしたが、『唯一無二の才能だ』と熱弁されて恥ずかしくなり、大人しくアルトに混じっている。


 とはいえ、この容姿だ。


 嬉しくはないけれど、遠巻きに見て男子と思わなれないのが不幸中の幸い。もしかすると、佐竹はそれを覚えていたから僕に女装をせがんだのかも知れないが……、いまとなってはどうでもいいや。





 シャワーを浴び終えて、洗濯物の山から引っ張り出した黒のショートラガーシャツとハーフパンツに着替えた。家着でも、ちょっとした外出にも丁度いいデザインは夏場に重宝する。どこで買ったかは言うまでもない。


 部屋は、シャワーを浴びる前よりも冷えていた。


 除湿に切り替えて、勉強卓の椅子に座った。勉強卓の隅っこに、課題のプリントが山積みになっている。数学と、英語と、他にも色々。だらりと項垂れるように突っ伏した視線の先に、消しゴムのカスが残っているのを見つけた。そのカスを見なかったことにして、机の表面に左頬をくっ付け続けた。


 水着、どうしよう──。


 試着はしたい。女性用の水着を着たいという意味ではなく、サイズ感をたしかめたかった。でも、通販は試着ができない場合がある。一度開封した商品は返品不可ということだ。


 僕が女の子だったらこんな問題に躓くこともなかっただろうに、そこだけは不憫に思う。僕をコピペして、もう一人の僕に優梨をさせられたらどんなに楽だろうか。


 いかんいかんと首を振り、居住まいを正した。


 参考になる画像はないものか。


 パソコンを立ち上げて『女装用水着』と画像検索をかけてみた。映し出されたのは、おっさんたちがネタで女性用水着を着た姿や、いかがわしいアダルト商品。どれにも言えることだが、スク水タイプが多い。これではまるで参考にならん、とパソコンを閉じた。


 女性用水着の上に、シャツかなにかを着ればいいのでは?


「色気のない答えだな……」


 色気よりも、隠せるか隠せないか、そこが重要だ。オーバサイズのシャツならば、下半身までまるっと隠せるだろう。単純な答えではあるけれど、これ以上の妙案は浮かばなかった。


 あとは、水着をどこで買うかだ。通販サイトは数あれど、質感まではわからない。


「部屋の中で悩んでいても埒がないな」


 百聞は一見に如かずという。


 外出できる服装を選んだのは、心のどこかで『現物を見にいこう』と決めていたからだ。移動手段は自転車になるが、運動がてらにサイクリングと思えばいい。部屋でぐうたらしているよりも、よほど建設的じゃあないか。


 勉強卓の引き出しにしまい込んでいた自転車の鍵を取り出し、その足で部屋を出た。



 

【備考】


 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。


 これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或


【修正報告】

・報告無し。

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