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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一章 Change My Mind,
12/677

六時限目 僕以上、僕未満 1/2


 (ばん)(かた)に浮かんだ月が夜道を照らす。


 学生たちはとっくに帰宅して夕飯に()り付く頃だ。駅前には会社から帰ってきた企業戦士たちが(くた)()れたスーツに身を包んで、ボロボロになった体を引き摺るように歩く。


 僕はその群れを逆らうように百貨店までの道のりを無心で走った。夜道を全力で走る僕を見て不振に思った人々の振り返る姿なんて気にしていられない。余裕は無かった。一刻も早く化粧を落としたかったのもあるし、百貨店の閉店時間も気になっていた。多目的トイレが使えなかったらどこで化粧を落とせと? 近場に公園があったとしても、トイレがあるような大きな公園は見当たらない。


 東梅ノ原駅周辺は、中途半端に田舎だから困る。痒いところに手は届く。けれど、浅い。望んだ店があっても欲しい品物が置いてないような感じのがっかり感と喩えればしっくりくるだろうか。いやいや、それでは結局、痒いところに手が届いてないじゃないか。器用貧乏って言えば、どこかのだれかさんと同じだな。丁度よく駅前通りを走ってるし。


 この時間帯に()(つり)(あい)の僕は、大人からすれば異質な存在なんだろう。しかも、夜道を全力疾走。『どうしてあの子は全力疾走してるんだ?』って疑問に思わない方がおかしい。


 そんな詰まらないことを気にしている暇は無いかった。一刻も早く佐竹が抱いた『勘違い』を正さなければ取り返しがつかなくなる。あの様子だったら、これから先、佐竹とどう関わっていけばいいかわからない──あれ? 今回の件はもう解決したんだから、これ以上、佐竹と関わることもないんじゃないか? そう思った途端、なんだか力が抜けたような気がして足が止まりそうになった。


 目の前には百貨店の入り口。


 閉店前だから見切り品狙いの客が出入りしている。ホタルの光が流れるのは、もうちょっとしてからだろう。


 どうして、と疑問を浮かべる。


 必死になって佐竹の勘違いを訂正しようとしているけれど、明日になれば佐竹との縁も切れて、いままで通りの日々が始まるはずなんだ。僕と佐竹は再び『他人』となって、昨日や今日のように会話をすることもなくなるだろう。そうなれば必然的に自分の勘違いに気づいて是正していくはずだから、どうこうしようとせずとも結末は収束するじゃないか。


 僕が必死になる必要性なんて無い。


 ああそうか……。


 僕は、浮かれていたんだ。


『もしかしたら友人になれるかもしれない』


 なんてことはあり得ないはずなのに。


 淡い期待に胸を踊らせた自分が愚かだし、滑稽だし、馬鹿馬鹿しく思えてならない。ここ二日間、自分でも思いのほか充実した日々を送ってしまったが故に、僕も勘違いしてしまったんだろう。


 琴美さんが言うように、僕の視る世界は広がったけど、それと同時に培ってきた『経験』が広がった世界すらも凍えさせる。


『遊ばれていただけ』


 僕の中にいるもう一人の僕が耳元で冷徹に囁いたような気がした。


 エスカレーターで二階へ上がり、少し周囲を警戒しつつ多目的トイレの中へ入った。


 鏡の前に立つ。


 もう、この姿になることもない──。そう思うと名残惜しいような、残念なような、名状し難い感情が渦巻く。


 吹っ切るんだ。


 メイク落としで顔半分を削るかのように落とすと、対照的な僕の顔が鏡に映った。


 右半分は僕の顔。


 左半分は優梨の顔。


 どちらも僕自身だけど、左半分は()()じゃない。


 二つの僕が混ざり合っているようなこの姿は、この夢が覚めて欲しくないと駄々を捏ねる子どものようでただひたすらに醜かった。


「夢は終わりだ」


 そうだろ、と鏡に映る僕に問う。


 そして。


 僕は彼女を封印するかのように、躊躇うことなくその存在を消した。





 * * *





 佐竹を待たせているファミレスへ戻ってきた。ピンポーンだか、ポンピンだか、間の抜けた電子音が鳴る。ポンピンは風邪薬のCMのやつじゃなかったか? どうでもいいや。


 再入店した僕に怪訝な表情をちらりと見せた店員が瞬時に笑顔を作り、いらっしゃいませー、と明るい声を上げた。


 僕だって来たくて再入店したわけじゃないんだからそんな顔をされても困る。無視して、佐竹が待つ席へと戻ったわけだが……。


 だれだ、この人。


 僕が先程まで座っていた席に見知らぬ女の子が座っていた。


 制服姿がまだ初々しく感じるので、恐らくは同学年だと思うけど……見覚えがあるようなないような?


「まあそういう反応するよな」


 誰だったかと考えながらその場に立ち尽くしていると佐竹が苦笑いを浮かべて、座れよって僕を隣に座らせた。


「そういう反応とは?」


 まるで日本人形のような女の子が、頭の上にクエッションマークを浮かべるような顔で首を傾げる。……やっぱり、見覚えは無い。


「コイツ、未だにクラスメイトの顔と名前を覚えてねぇからさ」


 そうでしたかと、特に気にしていないのか、それとも興味が無いのかよくわからない表情をしている()()()()()()は、背筋を伸ばして居住まいを正すとそのままお辞儀をした。


 長い髪の毛がさらりと肩から落ちる。


 お辞儀から直り、垂れ下がった髪の毛を耳に掛ける仕草は婀娜(あだ)めいて見えた。


「初めまして。同じクラスの月ノ宮楓と申します」


 会えて嬉しいです──みたいな海外的なノリは一切無い。どちらかと言えばサラリーマンの名刺交換のようだ。


「どうも、鶴賀です」


 同じクラス?


 同じクラスにこんな女の子いたんだ……いやいや、そんなのはどうでもいい。


「どうしてここに月ノ宮さんが?」


 疑問に思った僕は、説明しろと佐竹を横目にじろりと睨む。


「ええっと、それはだなあ……」


 佐竹は眼を合わせずに演技臭く誤魔化そうとした。それが露骨過ぎたようで、月ノ宮さんは小さく咳払い。


「私がここにいるのは、鶴賀さんにお願いがあってのことです」


 僕に? 


「いいえ。〝優梨さんに〟と言ったほうがいいでしょうか」


 優しく微笑む日本人形のような雰囲気だが、とんでもない。その眼に慈悲は無く、僕は蛇に睨まれた蛙の気分だ。


「佐竹、バラしたの?」


 そうとしか考えられない状況だが、佐竹は頭と両手ぶんぶん振って否定した。


「バラしてねぇよ!? 楓が俺たちを監視してたんだ」


 もう少し、まともな言い訳はできないのか。


 佐竹の説明が気に入らなかったのか、月ノ宮さんは眉を顰めて不愉快を露骨に表した。


「監視とは失礼ですね。私は貴方たちではなく天野さんに用があっただけです」


「そ、そうですか」


 なんなんだこの人。


 天野さんの熱狂的なファンなのか?


 悪い意味での熱狂的なファン、だろうけど。



 

【備考】

 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。

 当作品を気に入って頂けましたら[ブックマーク]などして頂けたら幸いです。

 これからも応援をよろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【修正報告】

・2019年2月3日……本文を読みやすいように改稿&加筆。

・2019年11月11日……加筆修正。

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