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四十六時限目 佐竹義信は戸惑いを隠せない[後]


 楓は艶のある唇をぱっと開き、すーっと息を吸い込んだ。


「このままだと、私たちは敗北します」


 敗北って言い方が、楓らしいと言えばらしいけど、もうちょっと柔らかな表現にならなねえ? と一瞬だけ脳裏を掠めたが、楓は『振られる』という言い回しを避けたかったのかも知れない。『敗北』と『振られる』を天秤に掛けて、『振られるよりも敗北のほうがマシだ』って考えたってことは、それだけ『恋莉に振られる』という事実を否定したいってことにも繋がる。


 言葉ひとつ違うだけで、こうも捉え方が変わってくるものなんだな。俺も、もうちょい言葉のレパートリーを増やすべきか、普通に。


「この夏休みを利用して、なんらかのアクションを起こさなければいけません。そうでなければ、現状打破は困難を極めます。佐竹さんは自分の立場が危ういという危機意識はありますか?」


 急にそう言われてもなあ……。


「いろいろやべえって感覚はあるけど、そこまで焦る必要あるか? だって、俺も楓もまだ高一だぞ? この夏休みを利用するって意見は賛成だけど、それで関係性がちょっとでもよくなれば(おん)の字……じゃ……」


 俺が言を重ねていくと、楓の顔色がどんどん険しくなっていく。


 俺だって、このままじゃダメだってことはわかってる。でも、焦って事を荒げても仕方がないだろうとも思う。優志だって、恋莉だって、自分のペースってのがあるんだ。それを度外視してしまうのも、自分善がり過ぎてるんじゃないか。そう思っての発言だったが、楓はそう思わないようだ。


 なにをそんなに焦る必要がある……?


 そうしなければいけない理由でもあるのか……?


 険のこもった眼差しで俺を見ていた楓は、自分の前に置いていたお茶のペットボトルをコップに注いで、味わうように呑み下した。それに倣って、俺もラッパ飲みをする。コップを用意してもらっていたが、そのまま飲んだほうが後片付けも楽だろう。


「現状を打開する為に些細なアイデアでも生み出すことが出来れば今後のアジェンダも作成出来ると考えていますつまりこんな早くに来て頂いたのはバッファを持たせたかったという意図があるのです」


 捲し立てるように言われて、咄嗟に「お、おっけーぐーぐる」と返してはみたが、あじぇんだって何語だよ? ばっふぁってなに? 日本人なら日本語を使えと俺は言いたい。カタカナ英語を妙に使いたがる東京都知事じゃあるまいし。


「では、フラッシュアイデアでも構いませんのでそこからブラッシュアップしていきましょう」


「え、えっと……。そう、それだな!」


 フラッシュアイデアだけは、なんとなく理解できた。あれだろ? 閃きとか、思いつきとか、そういう意味で合ってるよな? ぶらっしゅあっぷってのはよくわからんけど、さむずあっぷみたいな語呂もあるし、一緒に考えましょうみたいなノリでいいよな?


「佐竹さん、訊いていますか?」


 訊いちゃいるけどなあ……。


「お前のレベルで話が通じる相手と、そこそこ頭が悪い俺を一緒にすんなよ? いきなり業界用語を使われても〝ギロッポンでシースー〟くらいしかわかんねえって。ガチで」


 楓は「なるほど」って口で頷いてから、言葉を続けた。


「確かにその通りですね。では、佐竹さんレベルで申し上げると、〝割とマジで普通にヤバいからアイデアを出して欲しい〟で、どうでしょうか?」


「おお、めちゃくちゃわかり易いな。普段もそれくらい噛み砕いてくれると助かる」


「そう、ですね。……善処します」


 引きつり笑いを浮かべたが、コホンと咳払い。


 椅子に深く座り直して、


「先ずは、佐竹さんが優志さんをどう思っているのか、優梨さんをどう思っているのか訊かせて下さい」


 そこなんだよ、マジでそれだ。


「考えが纏まらないから楓を頼ってんだが……」


「……では、質問を変えます。佐竹さんは〝殿方同士の恋愛〟についてどうお考えでしょうか?」


 正直な話、自分がそういう境遇になるまでは『絶対にあり得ねえ』って思ってた。女性同士の恋愛については、まあ、姉貴という存在がデカいから抵抗は無いけど、それが男同士となると話は別になってくる。


 一時期、姉貴が俺にBL本をごり押したことがあった。


 最初は読むのを躊躇っていたけど、姉貴がどういう漫画を夢中になって描いているのか少し興味があったこともあり、初めて読んだのが職場の上司と部下の恋路を描いた純愛系のBL本。台詞が一々臭くて、最後まで読むまでに胃がもたれそうになったのは、いまも鮮明に覚えている。だが、姉貴の悪意はそれだけに留まらず、内容もどんどんエスカレートしていって、最終的にはとんでもない本を持ってきやがった。


 タイトルは──


『どすこい初恋♡ 〜はっけよいのこった恋の寄り切り〜』


 どの層をターゲットにしてしているのか、そもそもこんなマニアックな設定に需要はあるのかも怪しいこの漫画が、俺にトドメを刺したと言っても過言ではない。


 そのトラウマのせいもあり、『男性同士の恋愛=ネタ』として定着しちまったもんで、どうしてもその固定概念を拭うことが出来なかった。


 ……つか、これって姉貴のせいじゃね?


 だから、いざ自分もその立場になってみると先入観が邪魔をして、踏み出せないでいるんだろう。仮に、件の『どす恋』を読んでいなかったとしても、だ。男性同士の恋愛というのは、やっぱり受け入れ難い。


 一部始終を話し終えると、楓は怪訝な顔つきで答えた。


「その漫画、恐ろしいですね……」


「ああ……。読み終えた頃には〝ごっつあんです〟って感じだぞ。ガチで」


「だれが上手いことを言えと」


 それはさて置き、と話題を戻した。


「では、優志さんのことを諦めるのですか?」


 挑戦的な眼差しを俺に向ける。


 その目が『そんなつまらない言い訳で逃げるのか』と俺に問いただしているみたいで、腹立たしくなった。同性を好きになることを許容できていないのが、つまらない言い訳であって堪るものか。


「そんなこと言ってねえだろ。俺だって、馬鹿なりに思うところがあるんだよ」


 優志のことを好きだという自分と、優梨のことが好きだという自分がせめぎ合う。どっちのアイツが好きなのか。どっちのアイツを選びたいのか。『選ぶ』という行為自体が間違いで、それは、アイツの本来あるべき姿を肯定できていない証拠じゃないのか。


「わからねえんだよ。だって、優梨になったアイツ、めちゃくちゃ素直で可愛いだろ?」


「恋莉さんと比べたら月とすっぽん、黒毛和牛とアメリカ産牛肉、インドカレーとタイカレーくらいの差はありますけど、可愛いというのは納得せざるを得ないですね」


「お、おう……」


 ぶっちゃけ、インドカレーとタイカレーってどう違うのかわかんねえんだけど、缶詰のタイカレーは割と好きだ。……って、関係ねえな。



 

【備考】


 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。


 これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或


【修正報告】

・報告無し。

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