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四十四時限目 チョコレートはとけない[中]


 照史さんは、駅近くにある立体駐車場に車を停めていたらしい。深緑色の軽トラック。田舎だと、軽トラックはなによりも勝る。一般的な白色ではないところに、照史さんの拘りが感じられた。


「ここまで見送ってもらって、申し訳ないね。よかったら、店まで乗っていくかい?」


 有り難い申し出ではあるけれど、(かぶり)を振って断った。


 ここからだと、東梅ノ原経由で家に向かうよりも、そのまま自宅を目指したほうが早いからと伝えると、「そうかい?」って、ちょっと残念そうに呟いた。


「優梨ちゃん、今日は本当にすまないことをしたね」


 出し抜けに言われて、なにに対しての謝罪なのかピンとこないでいると、その様子を察して、「ほら、なにも言わずに抱き締めてしまったから」。


「いえ、大丈夫ですよ」


 大丈夫……。


 なにがどう大丈夫なのか自分でもよくわからない返答だと思いながらも、そうとしか答えられない自分もいて、妙な空気が私たちの周囲に流れた。


 薄暗い立体駐車場は、外よりもジメッとして、濁った空気にカビみたいな臭さを感じた。風通しもよく、地上から数百メートル離れた場所で、見晴らしもいい。それにも拘らず、この空気。陰湿なオーラが充満しているみたいだ。


「それにしても、優梨ちゃんは華奢だね」


「この姿じゃないときも、女の子と見紛われてますから」


 中学三年のとき、一人でファミレスに入店したら、パートのおばちゃんに小学生と見間違えられたのは、さすがに自分の容姿に疑問を抱いたものだ。『男らしくなりたい』と思ったこともないけれど、おばちゃんには、私が女々しく見えたのかもしれない。


「楓を抱き締めているような感覚に近かったよ」


「妹さん、好きですね」


「ボクを一番理解してくれているのは、楓だけさ」


 とは言っているけれど、その目はどこか遠くを見ている。喩えるならば、諦観に近い。憂いを帯びた瞳が、余計にそう感じさせる。照史さんはなにを考えているのか、表情から読み解くのが難しい人だ。琴美さんとは違うし、妹の楓ちゃんともまた違う、異質な雰囲気がある。爽やかな笑顔の裏に隠した本当の素顔は、どんな顔だろう。


 ──ボクは、幸せ者さ。


 この言葉の意とするところは、多分、言葉通りではない。


 ──キミが思っているより、大分汚れた人間だよ。


 あのときの言葉が、情景とともに再生された。 


「あの」


 荷物を助手席に置いて、身軽になった照史さんに声をかけた。


「なんだい?」


「やっぱり、車に乗せてもらってもいいですか?」


「いいけど、遠回りになってしまうんじゃ……」


 旅は道ずれ、世は情け。


 琴美さんの無茶振りに応えた者同士、ぶうぶう軽口を叩きながらドライブするのも一興だろう。そんな風に思いながら、「電車賃を節約したい」「この姿で帰宅ラッシュに揉まれたくない」などなど、それらしい嘘を適当に並べた。


「そこまで正直に言われると、逆に清々しい気分だよ。じゃあ、助手席にどうぞ。ボクの荷物は足元に転がしてくれて構わないから」


「ありがとうございます」


 一般車と違って、軽トラックのクッションは硬い。


 座り慣れない感覚に、違和感。けれど、自分から『乗りたい』って言った手前、文句を言うのは筋違いだ。借りてきた猫みたいにちょこんと座ってると、照史さんがちらりと横目に入れてふっと笑った。


「ベンツじゃなくて申し訳ないね」


「最近は、高級車でお出迎えされると引くって意見が多いんですよ?」


 ソースは特になし、私調べ。


「そうなんだ。……では、田舎者同士、軽トラックでドライブデートと洒落込もうじゃないか」


 エンジンを掛けると、むわっとした空気がエアコンの口から吹き出す。


「しばらく、冷房はお預けだね」


 この軽トラックは手動で窓を開閉するタイプの旧式ではあるものの、エアコンが搭載されているのは珍しい。見ると、カーステレオの部分にもちょっとした改造が施されていて、こういう改造をしてくれる車屋がどこにあるのか気になった。


 慣れた手付きでカーステレオを操作する照史さんは、私の視線が気になったようで、「どうかしたかい?」って目だけを私に向けた。その視線に、首を振って答える。大したことでもないし、それを知ったところで、車の免許を持っていない私には、益体も無い話だ。


「リクエストはある?」


 そう訊かれても、返答に困ってしまう。


「おまかせします」


「それじゃあ、これがいいかな」


 ビリついたノイズに、ノスタルジックなスライドギターのブルースが鳴った。


「ロバート・ジョンソン、名前だけは知ってる?」


「逸話が有名ですよね」


 十字路で悪魔に魂を売り渡して、その引き換えにギターのテクニックを身につけた『クロスロード伝説』は、あまりにも有名な話だ。当然、この逸話は彼のギターテクニックを称した比喩であって、本当に魂を売り渡したわけではない。だけど、それが時代を超えて『都市伝説』のように語り継がれている、と照史さんが弁舌さわやかに語った。


「悪魔に魂を売ると地獄の猟犬がやってきて、地獄に引き摺り込むらしいですよ」


 海外ドラマ受け売りの話で対抗したら、「怖い話だね」って苦笑い。


 立体駐車場を出た車は、混雑した駅前を抜けて、車通りの多い道に出た。コンビニ、レンタル屋、ファミレスが並んだ道の信号機が行く手を阻む。


「悪魔とは、どんな存在だと思う?」


 手持ち無沙汰だった私に、照史さんが訊ねた。


「どんな……ですか? そうですね、六芒星が額に描かれた山羊の頭部に、人間の体。蹄足で蛇のような尻尾と、手には大きなフォークを持つ姿が一般的ですね」


「悪魔は、人間に害を与える存在として伝えれている場合がほとんとではあるけれど、呼び出し方さえ間違われなければ大いなる力を与えてくれる存在でもあるんだ」


 代表的なのは、ソロモン王の七二(しちじゅうふた)(はしら)。その中でも特に有名なのが『アスモデウス』という悪魔で、『悪魔と言えばこれだ』って容姿をしている。


「利益を齎したり、害悪になったり……。まるで人間みたいだ、と思わないかい?」


「そうですね。もしかすると、悪魔は人の悪行を形にした姿なのかもしれません。嫌悪感を抱くような姿で描かれるのは、戒め、みたいな意味もありそうです」


 信号機が青に切り替わると、停滞していた列がゆっくり動き始める。


「ボクはね、優梨ちゃん。善悪の区別がつかない者や、自分が正しいと思い込んでいる者ほど悪魔だと感じるよ」


 過去に、そういう人物がいたかのような口振りだった。


「どういう意味ですか?」


「さあ、どういう意味だろうね」


 十字路を、左折。


 国道に出ると、行き先を示す青い看板が、目的地までの距離をドライバーに伝えていた。


 車のスピーカーから流れるブルースに耳を傾けて、ぼうっと流れていく風景を眺めた。茜色が色濃くなっていく空に、入道雲がもくもくと浮かんでいる。窓は閉めて、エアコンの風が涼しい。


 発展した風景から、畑だけの道に出た。



 

【備考】


 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。


 これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或


【修正報告】

・報告無し。

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