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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一章 Change My Mind,
11/677

五時限目 大和撫子は悪魔のように囁く 2/2


「あの女性」


「あ?」


「佐竹さんの前に座っていた方、可愛らしい女性の姿をしていましたが、同じクラスの鶴賀さんですよね?」


「は、はぁっ!?」


 ずっと観察してましたよ、と楓は鼻を鳴らす。


「身長、体格……声は少し女性らしく変えていたようですけど、言動に微かなぎこちなさを感じました。それに、ご本人が〝健全な男子高校生〟と仰っていたじゃないですか」


 現場を押さえられていたら、(しら)()くれても無意味か……クソ。


「そこまで訊いてたのかよ。いい趣味してんな」


「ありがとうございます」


 迷惑そうに文句を垂れても、楓は涼しい顔して受け流した。


「家の家訓で〝欲しいものはどんな手段を用いても手に入れろ〟と幼少期から教えられていますので、目的の為ならどんなに汚い手段でも使います」


 どんなに汚い手段もって、コイツ頭大丈夫か……? でも、楓の親は『月ノ宮製薬』の社長だし、それくらいの気概がないとここまで成り上がることはできなかったんだろう。


 しかしなあ……。


 それを娘にまで強要するのは、はっきり言って普通に頭おかしいだろ──なんて、目の前にいる涼しい顔をしたお嬢様に言っても訊く耳持たないだろうな。大和撫子? 日本人形みたいな黒髪ロングなだけで、考えてることは汚職政治家と変わらねえよ。


「で、なにが目的だ」


「話が早くて助かります」


 この腹黒が、なにもせずに帰るとは考えられない。


「取り引きをしたいのです」


 ほら来たぞ。


「私は天野さんが好きです」


 は? いま、なんて……。


「恋愛対象としてお慕いしています」


 マジかよ、いきなりどぎついカミングアウト噛ましてくるじゃねえか。普通、同性のことが好きだなんて気軽に言えるもんじゃないだろ。なのに、コイツは当たり前のようにさらっと言いやがった。


 自分が不利な立場になるって思わないのか?


 俺にはそういう偏見はないけど、同性恋愛に嫌悪を示すヤツのほうが多い世の中だ。


 俺だって、まだ迷ってんのに。


「恋莉とお前の仲を取り持てばいいのか?」


「佐竹さん、貴方は馬鹿なのですか?」


 嫌みたらしくそう言うと、深く溜め息を吐いた。


「は? 喧嘩売ってんのか?」


 いいえ、と頭を振る。 


「佐竹さんに仲を取り持って貰わなくても、私は佐竹さん以上に上手くやる自信があります」


 嫌味じゃねえか、ガチで! 


「じゃあ、なにが目的なんだよ」


 楓は、自分の席から持ってきたコップのストローに唇を付けてアイスティーを吸った。耳に掛けた髪の毛がぱらりと垂れて、それを慣れた手つきで耳にかけ直す。こういう仕草にぐっとくるのが男の(さが)ってもんだが、小馬鹿にする態度に腹が立ってそれどころじゃない。


「実際に行動を起こすのは、佐竹さんではなく鶴賀さんです」


「だったら、俺じゃなくてユウに頼むべきだろ」


 俺がやることなんて無い。 


「佐竹さんは」


 そこで区切り、ふうっと息を吐き出した。


「先程の姿をした鶴賀さんに恋心を抱いてますよね」


「そんなわけね──」


「否定しても無意味です」


 俺の抵抗虚しく、強い言葉で掻き消された。


「とても微笑ましい限りでしたよ」


 ガチでウゼェな。


 だけど、弱みを握られてる手前、下手に動けば俺もユウもやばい。ここは素直にこのお嬢様の話を訊くしかなさそうだ。


「だったらなんだよ」


「私が佐竹さんをサポートして差し上げます。必ずお二人を〝恋人〟にしてみせましょう」


 月ノ宮の名に誓って。


「御託はいい。俺にどうして欲しいんだよ」


 コホン、と咳払いを洩らす。


「天野さんの様子を見るに、天野さんは女性の姿をした鶴賀さん……いえ、優梨さんのことが気になっているみたいなのです」


 それは俺も近くで恋莉を見ていたからわかった。友だちができて嬉しい──って感じもしなかったし、あだ名で呼ばれたときなんか、いまにも踊り出しそうなほどだったもんな。


 ユウは、気がついたんだろうか。


 いや、多分それは無い。


 自分のことで必死になってたから、相手の反応を見る暇もなかったはずだ。


 信じられない。


 まさかまさかの連続で、理解がおいつかねえっての。


「天野さんの恋愛対象が殿方ではない、とうのはかなり貴重なデータですが、その相手が実は殿方だった──なんて知ってしまったら、天野さんはショックでしょう?」


 それは……。俺にも後ろめたい気持ちが無いわけでもない。事情がどうであれ、騙しているわけだからな。


「なので、優梨さんの正体がバレないように優梨さんへの恋心を遠ざけて、尚且つ、私のことを好きになるように仕向けるのが、佐竹さんと鶴賀さんに依頼する案件です」


 面倒臭そうだな。 


「要するに、恋莉をユウに取られたくないから協力しろ──って話か」


 随分と虫のいい話を持ってきたな。


「佐竹さんが優梨さんと彼女関係にある……その事実が覆らない限り、天野さんは鶴賀さんに手を出せません」


 相手の恋人を略奪するのはルール違反ってか。ルール違反をしようとしているヤツが言っていい台詞じゃねえぞ、ガチで。


「そして、佐竹さんは私のサポートによって、本当の意味で優梨さんと恋人関係になる。私は少しづつ天野さんの心の内側に入り、いずれ恋人関係になる」


 ぞわりと背筋が粟立つのを感じた。


 異常、としか言いようが無い。


「そのサポートが出来るのは、佐竹さんと鶴賀さんの他に適任者はいないでしょう?」


「もし、断ったら……?」


「お二人が学校に来れなくなるくらいでしょう。たったそれだけのリスクなので断ってもいいのですが」


 この女、とんでもない女狐だぞ。


 狐のお面か般若の面がよく似合いそうだ。


「どうでしょうか? 私も無理強いはさせられませんから」


 誰だ、この腹黒悪魔を『大和撫子』なんて言ったヤツは。髪の毛以上にコイツの腹の中は真っ黒じゃねぇか!


 だけど、ぶっちゃけ悪い話じゃない。


 ここまで腹黒なら、コイツが仕掛ける作戦にも期待ができるんじゃねぇか?


 ワンチ、試してみてもいいかもしれない。


「あのさ。お前の依頼を引き受ける代わりに、俺が言う条件も呑んでくれるか?」


「ええ、勿論」


 掛かった、とか思ってそうな笑顔だ。


「取り引きは、お互いに公平な場合でのみ執り行われるものですから」


「公平か、これが」


 不公平でしかないじゃねえか。こっちはリスクしかねえんだから。もしコイツが臍を曲げて学校中に俺のことやユウのことを言いふらせばおしまいだ。半強制労働を強いられるのなら、一か八かの勝負に出る。


「佐竹さんの条件というのはなんでしょうか?」


「俺がアイツのことを、優梨のことが好きになったってこと……ユウには内緒にして欲しい。これが最低条件だ。守れないなら協力しない」


「そんなことでいいのですか? いいですよ、呑みましょう」


 アイツは同性の恋愛なんて考えられないんだろう。『好きになったかもしれない』って言ったときのアイツの顔は、不快感が露骨に出てたからな。ファミレスを飛び出していったのも、俺が気持ち悪かったから、それしか考えられない──これ以上、アイツには迷惑かけるのも、な。


 楓の申し出は、ある意味で俺にも利点がある。


 アイツのことが気になってるのは事実で、同性と付き合うなんて未知な世界に踏み込むのも怖いが、気になるもんは気になるんだ。だから、ワンチャンくらいでいい。


「取り引き成立ですね。これから私たちはビジネスパートナーとして、お互いの利益の為に動きましょう。先ずは、私に鶴賀さんを紹介してください」


 なんだかややこしい事になって来た気がするが、これが最善策だよな?


「多分、そろそろ戻ってくるだろ。ここにいればいいんじゃね? そのほうが手取り早い」


「では、ご一緒させて頂きます」


 ぼそぼそっと言葉を続けた。


「あ? なにか言ったか?」


「いいえ。引受けて下さって助かりました──と、言ったんです」


「はいよ」


 ユウを待っている間、俺とコイツは一度も会話をしなかった。


 テーブルを挟んで向かい側のはずが、コイツとの間にあるのはテーブルではなく、もっとグチャグチャな黒いなにか──その『なにか』のせいでコイツと目を合わせることができない。


 悪魔は、隙を見せた心の弱い人間に取り憑くとオカルト番組で観たことがある。


 きっと、今がそのときなんだろう。


 悪魔崇拝が同性愛を推奨しているのは、つまりこういうことなんだ。


 だからと言って同性愛が悪いという理由にはならない。


 現代にそんな昔のことを引き合いに出すのもおかしな話だし、好きになる気持ちに悪魔も神様も関係ない。ただ一つだけ言えることは、俺の目の前にいる『悪魔より悪魔らしい悪魔』の誘いに乗ってしまったってこと。


 いつか後悔することになる──心の何処かで俺はそう思う。だったらいっそのこと、俺も悪魔になろうじゃないか。


 例え自分を裏切る結果になったとしても、この選択を選んだのは俺自身なんだ。



 

【誤字報告】

・報告無し。

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