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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
三章 Unhappy Umbrella,
102/677

四〇時限目 二つの心は相反する[中]


 ファミレスの後はノープランで、近辺をプランプランするしかプランがない。遠出するにも遅過ぎるし、かといって散策しようにも物珍しい施設など無い。〈ダンデライオン〉という手段も考えたけれどファミレスで飲み食いしたばかりだ。お腹の中は水分過多の状態で、とても『珈琲を飲もう』という気分にはなれなかった。 


「とりあえず、歩かない?」


 ここで立ち話も難だし、とレンちゃんは続ける。雨も降り出しそうな雲行きだ。行動するなら早めに越したことはないと思い、「そうだね」と頷いた。レンちゃんは相槌を打ち、ゆったりと歩き出した。私は一歩出遅れて、踏鞴を踏むように駆け足で隣に並ぶ。雨の匂いに混じって女の子特有の甘い香りが鼻を(くすぐ)った。この香りの正体はなんだろう? シャンプーか、香水か。フェロモンって匂うのかな? なんて半信半疑になりながら、歩幅を合わせて歩いた。


「どうかした?」


 私の思案顔が気になったようで、不思議そうに首を傾げる。『女性フェロモンについて考えていた』なんて知れたら気持ち悪がらてしまいそうだ。口が裂けても言えない。咄嗟に「なんでもないよ」と答えたけど、レンちゃんは私の答えに納得していない様子で唇を尖らせた。


「ほんとうに?」


「うん。ほんとうに」


「言いたいことがあったら遠慮なく言ってね」


 レンちゃんの優しさが私の心に突き刺さった。フェロモンについて考えていてごめんなさいと胸中で土下座をしていると、額に冷たい感触が伝わってきた。()()がアスファルトを黒く染めていく。一定のリズムで落ちていた雫は、ほんの数秒もせずに地面を濡らし切った。


「降ってきちゃったわね。百貨店で雨宿りしましょ? それじゃ……」


 よーい、どん! 突然の合図、またしても出遅れた。


「ずるーい!」


 文句を言いながら大急ぎでレンちゃんの背中を追う。


 糸雨は次第に夕立へと変わっていった。大粒の雨が降り注ぐ中、私たちは笑いながら百貨店を目指して走る。まるで青春ドラマを見ているような光景だ。服が濡れるのは嫌だけど、体力が続くならば、このままずうっとなにも考えず走っていたいと思った。





 ファミレスから百貨店までの距離を全力疾走したせいで、私たちは肩で息をしながら手を膝についていた。風除室には()らずの雨に足を止めた客が数人いる。雨の勢いを鑑みると、三〇分もすれば弱まりそうだ。然し、完全に止むとは限らない。梅雨の季節は降ったり止んだりを繰り返す。百貨店は傘の取り扱いもしているけれど、棚に並ぶのはお高い傘ばかりという印象だ。私だったらずぶ濡れ覚悟でコンビニまで向かい、ビニール傘を購入する。無駄に機能性のある高級仕様を買うよりも、コンビニ傘のほうが安上がりだ。ビニール傘はなにかと使い勝手もいい。学生は常に自分の財布と交渉して可能な限り失費を抑えなければ、いざというときに使えない。そして、いまはまだそのときではない。


 息を整えた私たちは、風除室に集まってきた人々の隙間を縫うようにして店内に入った。一階は食品メインのフロアで、揚げ物の匂いが辺りを漂っている。許容範囲ではあるけれども、長く嗅ぎ続けたくはない臭いだ。ガンズ・アンド・ローゼスのウェルカム・トゥ・ザ・ジャングルが間抜けなポップス調にアレンジされて流れる中、レンちゃんは濡れた肌をハンカチで拭いていた。


「大丈夫?」


「少し寒いくらいだから平気よ」


 濡れた服に冷気が染みて肌寒いのを『夏の風物詩』と喩えれば訊こえはいいけど、私よりも体温が低いであろうレンちゃんは、両手を交差して地肌を温めるように体を抱いていた。顔色は悪くないし、雨に濡れたくらいで風邪を引くほど人間の体は軟弱ではないが、アニメだったらそれもあり得ない話ではない。……アニメ世界の風邪菌って強過ぎじゃない? 高熱が出るほどの繁殖力は、インフルエンザにも引けを取らない。アニメ世界って過酷な世界だなあ、ここがアニメ世界じゃなくてよかったまである。


 食品売り場をすり抜けるようにしてエスカレーターに乗った。上った先にある多目的トイレで何度か着替えたなあ、と様々な記憶が甦ってくる。梅高に入学してからというもの、佐竹君たちに振り回される日々の連続で、三年間通った中学時代よりも濃厚だ。考えさせられるような出来事も沢山あって、答えを出せない問題も積み重なっている。得たものだってそれなりにあるけれど、それは永遠じゃない。いずれ壊れたり、あやふやになって途切れてしまうものだ。堂々と『得た』と言っていいものかって堂々巡り。答えを見つけることができないのに、益体も無くループして力尽きるのだ。


 多目的トイレの前で足が止まっていたことに気がついて我に返る。レンちゃんの姿を探すと、近場のベンチにちょこんと座っていた。とんとん、と隣を叩いて私を招いている。レンちゃんの隣に腰を下ろしたはいいけど、いま、自分がどんな顔をしているのかわからなくて、だれもいないトイレの入口辺りを見続けた。 


「ここのトイレって、前に話してたトイレでしょう?」


「そうだね」


 そう、ここの多目的トイレから、佐竹君との『偽りの交際』が始まったといってもいい。いまにして思えば、他にやりようがいくらでもあったんじゃないかと思って止まない。そもそも、私に女装させて()(すご)すなんて奇想天外な方法を取らなくてもよかったのだ。流された私も私だけど。……頼りにされることなんてなかったから、心のどこかで嬉しいと感じてしまったのかも知れない。それが、いけすかないイケメン君の頼みであっても、他人と接するのを極端に避けていた反動も相俟って、余計に気分が高まったとも言える。


「特に思い入れなんてないんだけど、つい足が止まっちゃった」


「ユウちゃん誕生の地じゃない。そう悪くないと思うわよ?」


 生誕の地がトイレなんて、冗談にしても笑えない。


「もう、やめてよお」


「フフッ、冗談よ。……そうだ。折角だし、百貨店の中を見て回らない?」


「いいよ。なにか見たいのある?」


 私が訊ねると、レンちゃんは顎に指を乗せて小さく唸りながら目を閉じた。その間、私はこれまで百貨店でなにを購入したかを思い出そうと古い記憶を掘り返してみたが、百貨店で買い物をする用事はほとんど無くて、食品は近所にあるスーパーで事足りていた。百貨店はスーパーよりもいい品が多い。魚や肉の鮮度だって比較にならないだろう。だが、その分だけ値段も張るのだから、私のような庶民には手が届かない。お菓子やジュースだって、近所のスーパーより二〇円も高いのに、わざわざ高いほうを選ぶこともないでしょう? それもあって、コンビニで買い物するときもスーパーに並ばない商品を選ぶ場合が多い。


 暫く沈黙が続き、間が持たなくなって声を掛けようとしたら、レンちゃんは妙案でも思いついたらしい。瞼を開いてポンッと手を叩いた。


「水着が見たい!」


 ……はい?


「バストのサイズも大きくなったし、そろそろ新調したかったの」


「私の中身を忘れてないよね……?」


 外見は女子だけど、中の人は男子なんですけど……。(CV:鶴賀優志)


「見るだけよ。買うなら都内かショッピングモールに行くわ」


 私の水着はいつだって、ショッピングセンター島村ですけどね!


 いやいや、そうじゃなくて。


 男子が女子の水着を見るという意味を、レンちゃんは理解していないのだろうか? これでも私は年頃であり、そういうことに興味が無いわけでもない。だからこそ、そういう目で見ないように心掛けてきたのだ。


「試着したりしないから、心配しないで?」


 私が心配しているのは目のやり場なんです。アナタの体型は大人顔負けのナイスバディなんですよ? 嫌でも想像してしまって、想像している自分が情けなくなり死にたくなるのです。……とは言えず、なし崩しに付き添う形でレンちゃんの後ろをとぼとぼ歩いた。



 

【備考】


 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。差し支えなければ、感想やブックマークをよろしくお願いします。


 これからも当作品をよろしくお願いします。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或


【修正報告】

・現在無し。

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