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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一章 Change My Mind,
10/677

五時限目 大和撫子は悪魔のように囁く 1/2

 

 (かき)()れ時のファミレスは、家族連れや仕事帰りのサラリーマンでごった返していた。


 ホール係のスタッフたちは引っ切り無しに鳴り響くコール音の対応に追われて、音が鳴る度に「ただいまお伺います!」と応答しているものの『いますぐ伺うとは言っていない』みたいな余裕の無い表情を浮かべていた。大変そうだ、と思う。僕はお伺いされる側だから気ままにドリンクバーを利用しているけれど、立場が逆だったら『早く帰れ』と恨みの念をこれでもかと送るに違いない。


 店が繁盛することと、スタッフの満足度は比例しないらしい。


 忙しい職場が好きか、暇な職場が好きか、働くのであればその中間くらいがいいけれど、そんな都合のいい店はない。じゃあ、働かなくてもいいか。よくないか。


 窓際の席で店内の様子を窺いながら、未だに佐竹と並んで座っていた。


 天野さんがファミレスを後にして、かれこれもう三〇分は経過したのだが、向かい側の席に移動する気配を見せようとしない。


 放心状態というか、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れてしまったみたいだ。


「ねえ」


 いままでは天野さんがいたから我慢していたけど、もう猫を被る必要は無い。


「そろそろ向かいの席に移ってくれないかなあ」


「ああ……、悪い」


 僕が草臥(くたび)れた声で苦言すると、佐竹はやっと我に返って、名残惜しそうに向かいの席へと移動した。


 別に僕が移動してもよかったんだけど、窓際に座っている僕が移動するとなると、一度佐竹に退いてもらってから向かいの席にいくか、テーブルの下に潜り込んで移動するしかない。


 佐竹が移動したほうが手っ取り早いでしょう?


 だから移動してくれと言ったんだけどまだ夢現つなのか、僕の顔をじーっと凝視している。


 その理由は、きっと僕にある。


 あそこまで(りゅう)(ちょう)に優梨を演じられるとは思わなかったので、正直、僕も驚いていた。


 琴美さんに特訓されて、そこから自分なりに設定やらなんやらを付け加えて、クラスにいる女子たちを観察してようやっと『優梨という人物像』が確立した。


 それを演じた結果が先ほどの言動だったのだが、佐竹の脳ではどうしてこうなったのか情報処理が追いつかないんだと思う。僕自身もそうだ。昨日まで『クラスで浮いている地味なヤツ』だったのだから、佐竹が混乱するのも訳無い。


 優梨を上手く演じられると、自分にはそういう才能のようなものがあるではないか? なんて勘違いしそうだ。


 僕は女の子になりたかったのだろうか?


 いや、違う。


 僕じゃない誰か、になりたかったんだ。


 多分、知らないけど。


 その答えが『優梨』だっただけで、別に優梨じゃなくてもよかったんじゃないか? といまになって考えている。


 退屈な自分から離れることができるなら、才能のない自分と決別できるなら、優梨じゃなくてもよかったんだろう。


 琴美さんは、それを見抜いていた。


 あの人に世間一般的な常識は通用しないのでは? なんて考えてしまうくらいにはミステリアスな人で『歩く超常現象』と言っても過言じゃないけれど、佐竹も僕に対して近しいものを感じているに違いない。冴えない隠キャが女の子を見事に演じきれば、誰だってそう思う。


「あのさ」


 佐竹はコップの中に入っていたコーラを飲み干してから、感情を吐露するように切り出した。


「なに?」


「お前、もしかして()()()()とかじゃねえよな?」


 佐竹の言う『そっち系』というのは『女装趣味がある』という意味だろうか。そんな趣味は無い。出来るか出来ないかは兎も角として、出来るのであれば異性の恋人を選びたいというのが本音だ。


「そんなはずないだろ。僕は至って健全な男子高校生だ」


 でもよう……。


「さすがにさっきのは完璧過ぎだろ。普通に考えて」


 普通に考えればの『普通』とは、どこの『その他大勢』を指し示しているのかわからないけど、自分が出来ることを死に物狂いで演じただけだ。それに、バレて困るのは佐竹も同じ。


「困るのはお互い様でしょ?」


 と、確認の意味を込めて佐竹に告げた。

 

「でもお前、ガチで可愛い過ぎだったからな?」


「え、佐竹ってもしかして()()()()なの?」


 僕が言うそっち系とは『男色』という意味だ。


「そう、なのかもしれねえ」


「は?」


 訊き間違いだよね?


「だって普通に可愛いじゃん。なんつーか、ガチっぽかったし」


 ふむふむなるほど……つまり、どういうことだってばよ?


「ごめん。日本語でお願い」


「だからっ! 悪くねえなって」


「もしかして優梨が好きになったの?」


「かも、しんねえ」


 そんなわけねえだろ!? ってツッコミを期待して、精一杯ボケたつもりだったのに。


 佐竹が迷っているのは、僕がまだ優梨の姿のままだからだろう。


「そっか」


 気の迷いを取り除くのなら、その原因になっているものを取り払ってしまえばいい。


 夢は眠っているときに見るもので、現実で見るものじゃないんだ。手に入らないと知ればその夢の熱は冷めるだろう。これは『諦める』という意味ではなく『現実を知る』ということで、手に入らないものなんて五万とあることを佐竹も知るべきだ。


 これが正論、僕は正しい。


 じゃないと、やってられないじゃないか。


 いままで失ってきたモノが、進んできた道が全て『言い訳』にしかならなくなる。

 

「ちょっと待ってて」


「何処に行くんだよ」


「いいから。……財布返して」


 佐竹から財布だけを返してもらって、ファミレスの座席を擦り抜けるように退店した。





 未だ暖かいとは言えない春初頭の夜風が道行く人々の隙間を掻い潜ってゆく。


 見慣れない景色は、余計に心を騒つかせて息苦しさを感じた。


 すれ違う人々との刹那的な出会いは、きっと記憶にすら残らないだろう。全てを記憶に残そうなんて人はいない。なにかしら意味があれば別だけれど、僕とすれ違ったことなんて気にも留めない。


 空気は空気なりに空気らしく、空気を読んで空気に徹する。


 そこで初めて『空気だ』と他人は認識して、視たこと、感じたことを『何も無かった』と記憶するんだ。





 * * *





「なんであんなこと言っちったかなあ」


 最悪だ。


 ユウがファミレスから出て行った後、どうしてあんな恥ずかしいことを言ってしまったのか? と自己嫌悪に陥っていた。


 あそこまでクオリティが高いなんて、普通に考えてあり得ないだろ?


 超女だったじゃん。


 ガチ過ぎるだろ、マジでヤバイって。


 でも、一番ヤバイのは俺なんだよなぁ……ワンチャン惚れそうになったし。


 いや、惚れたのか? あり得ねぇだろ。


 いまで付き合ってきた彼女とは違う超異質な存在──というか、女性ですらないんだが?


 そんな相手に告白寸前の話をしてしまったのは、俺史に未来永劫『黒歴史』として語り継がれるだろうな、割とガチで。


「ガチで最悪だ」


「何が最悪なんですか?」


「そりゃあんなことをアイツに……って」


 え?


「なんでお前がこんな庶民的な店にいるんだ!?」


 さっきまでユウが座っていた席に座っていたのは、同じクラスの『大和撫子』と呼ばれている、大手製薬会社の一人娘、(つき)()(みや)(かえで)だった。


 気配を全く感じなかったぞ、くノ一か?


「天野さんを尾行……いえ、なんでもありません」


 ──いま、絶対に()()って言ったよな?


 ──言ってません。


「なんだってんだよ、お前……」


「お前ではなく、月ノ宮楓です」


 知ってるっての。


「月ノ宮楓さんがどうしてこんな庶民的な店にいるんですかね」


「天野さんの姿をお見かけしたので」


 は? それだけの理由でこの店に入ってきたのかよ。


「遠巻きから様子を窺っていたのですが、なんだかとても〝面白そうな状況〟になっていたので声をかけた次第です」


 遠巻きからって──ストーカーかよ。


「ご機嫌麗しゅうって言いたいところだけど、生憎、いまは取り込み中なんだ」


「あ、席の移動はちゃんと店員さんに伝えてありますのでご心配無く」 


「そうじゃなくてだな」


 クラスでは大人しくてマスコットみたいなキャラなのに、一歩外に出たら雰囲気全然違うじゃねえか。これがあの()()()()のもう一つの顔か……女って(こえ)えな。




 

【修正報告】

・2019年1月21日……本文を改稿、加筆。

・2019年2月3日……読みやすいように本文を修正。

・2019年7月19日……本文の微調整。

・2019年11月10日……加筆修正。

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