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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一章 Change My Mind,
1/677

一時限目 最低最悪の出会い 1/2


 小学生だった幼き僕は『何にでもなれる』と思っていた。


 サッカー選手、野球選手というメジャーな夢は持っていなかったけれど、漠然とした自信だけは有り余っていたと思う。


 然し、中学に入学してから数ヶ月が経過した頃、自分の勘違いに気がついてしまった。


『自信に満ち満ちた同年代のクラスメイト』


 を、肌で感じて──。


『自分に才能がない』


 と、打ちのめされて──。


 次第に暗い鳥籠の中にいるかのような内気な性格になっていった僕は、周囲に劣等感を抱きながら、偏見過多過ぎる人格を形成していったのだ。


 高校一年生になった僕は、教室の隅っこで誰の迷惑にもならないように『空気的な存在』に徹している。


 僕が通う高校の名前は埼玉県梅ノ(はら)市にある私立高校、梅ノ(はら)高等学園。


 梅高は埼玉の山奥にあり。


 周辺にあるのは、春になると花粉の猛威をこれでもかと奮う杉の木が大量に植えられた山々。花粉症の生徒は絶望でしかないだろう。僕はそこまで花粉の影響を受けないけれど、この季節は激しい眠気に襲われる。これは花粉の影響……ではないか。


 近くにあるコンビニは数キロ離れた先にあり、とてもじゃないが徒歩で行くことは困難だ。学校の裏には市営バス乗り場があり、それを利用すれば行けなくもないが、往復の運賃を支払うことを考えると、あまり頭のいい行動ではない。


 辺境の地にあるこの学校へ赴くには、駅からバスを経由しなければならず、勿論、学校の送迎バスならば運賃は不要なので、わざわざ市営バスを選ぶ者は少ないだろう。それでも、極一部の生徒はこちらを利用しているらしい……学園バスに乗り損ねた寝坊組だ。


 学校から一番近い駅はバスで約一〇分と短い距離だが、遠い駅だと二十五分以上はかかる。


 僕が使っている駅は『遠い方』で、駅の周辺には気のいいおばちゃんが経営しているコンビニが一件あるくらい。


 梅ノ原駅から通う学生は皆、このコンビニのお世話になっている。


 余談ではあるが、このコンビニでは『ツケ』が出来るらしい──おいおい、どれだけお人好しなんだ? と思いながらも、僕もお金に困っていたらツケにして貰おうかな。


 なんて……。


 心にもないことを一瞬でも思ってしまった自分を恥じた。









 季節は五月(さつき)──。


 ある程度グループが形成されて、高校生活にも色が添えられ始める頃だけれど、僕の視界に映る世界は常に灰色一色単。頑是無い子どもだった頃の夢なんて、いまの僕には黒歴史ですらない。束の間に見た泡沫の幻想? いいや、単なる妄想だ。


 今日も教室の窓辺で、イヤホンから流れてくるインディーズバンドの『バカヤロウどもへ!』というドブ臭い叫びを聴きながら、気怠い表情で頬杖をついて灰色の空をぼうっと眺めていた。


 僕に友人と呼べる人はいない。


 クラスでは浮いた存在である。


 あの空にぽつんと浮いている雲みたいな、あーんな感じ。とってもポエミーですね。それでも学校には行かなければならない。学校という施設は友人たちと遊ぶ場所ではなく勉強をする場所だから、と何度も自分に言い訊かせてきた。でも、その言い訳もそろそろ苦しくなってきた。


 人生って、こんなものなのだろうか?


 社会に出ても僕は独りで、無難な企業に就職して、毎日毎日同じような日々を繰り返し、あっという間に一生を終えるのだろう。


 それも〈僕らしい〉と言えばそうなのかもしれない。


 そうは言っても〈僕らしい〉ってなんだろうか?


 アイデンティティクライシスに陥りそうな思考をどうにか遮断して、授業の準備を始めた。


 一時限目は英語だ。


 世界共通語とされている言語を学べるのは、とても有り難い。学ぶべきものが多いということはそれだけで財産である、なんて、どっかのお偉いさんが言いそうな台詞を、消しゴムのカスと一緒にノートから払い落とした。


 僕は英語が大好きだ。愛している、と言っても過言ではない。大好き過ぎて『世界共通語は日本語でもいいだろう』とさえ、最近は思い始めているくらいだ。


 大体、なんで英語が世界共通語なんだ。日本語は『奥の深い言語だ』って、そろそろ世界は気付こうよ。だいたいさあ? 日本に旅行に来る外国人のほとんどは、当たり前のように母国語で話しかけてくるだろ?


 ここは日本だぞ、英語が通用すると思うな! 然し、先進国の言葉が流通していない我が祖国において、この言い訳はさすがに見苦しいかもしれない。


 とはいえど、日本語というのもこれまた奥深い言語なのである。その一例として『ヤバい』という言葉を考えてみようではないか。


 ヤバい、には二つの意味がある。


 一つは〈肯定〉、もう一つは〈否定〉だ。


 イントネーションが微妙に違うだけで両極端な意味になるってヤバくない? そして超・現代日本語だと『普通』という言葉は賛辞としても使用される。『普通に凄い』、『普通に美味しい』とか、ね。


 理解の(はん)(ちゅう)からかけ離れてしまっているこの日本語を、僕は世界共通語として()()に推薦しようじゃあないか。


 使い方、これであってる? ま、どうでもいいか。


 そんな途方も無く下らないことを考えながら、今日も一日を過ごしてゆく。


 なにも変わらない、穏やかな日常。





「今日の授業はここまで。ちゃんと予習復習してくるんですよー。高校は中学とは大違いなんですからねー」


 退屈な授業が終わり、残すは帰りのホームルームのみとなった。今日だけで何回欠伸をしたかなんて数えているのは、おそらくこの教室では僕だけだろう。因みに、一時限目の授業が終わった時点で一〇回は超えている。


 欠伸しか出ない本日、僕はだれかと会話したでしょうか? 答えはノーである。強いて発した言葉は僕の名を呼ぶ教員に『はい』と返事したくらいなもので、それ以上はだれとも口を聞いていない。


「ふう……」


 酷く疲れたサラリーマンみたいな溜め息だった。机の横に引っ掛けてある鞄をガサゴソと漁り、しっちゃかめっちゃかになっているイヤホンを取り出す。


「ですよねえ……」


 どうしてイヤホンというのは、こんなにも鞄の中で絡まってしまうのだろうか? かと言って結んでしまえばコードが痛むし、それならばと携帯端末にグルグル巻いてもいつの間にかぐっちゃぐちゃになっている。なるほど。つまりは妖怪の仕業だな? どんな妖怪だよ、ウォッチ。


 ぐちゃぐちゃに絡まったイヤホンを懇切丁寧(こんせつていねい)に解して、周りの声や雑音を断絶するようにイヤホンを耳に当てる。何度リピートしたかもわからない『馬鹿野郎!』な青春パンクを薄く流した。


 仮眠してから帰ろうと思い、鞄を枕代わりにして机に突っ伏す。安らかなる眠りを。祈るようにして瞼を閉じた。





「おい、起きろよ」


 朧げな意識の中、微睡みの奥の方で微かに僕を呼ぶ声が訊こえた。


「もうホームルーム終わったぞ」


 誰だ? 僕の肩を揺すって起こそうとしてくれている、奇特な人は。


 ああそうか、これは夢だ。いやあ、危ない危ない。うっかり友人が出来たのかと錯覚したじゃないか。いくら僕の夢だからって、悪趣味な夢を見せてくれる。


 そう結論付けてもう一度瞼を閉じようとしたら、先程よりも大きく肩を揺さぶられた。


「二度寝すんなよ、ガチで! いい加減起きろよ、鶴賀!」


「んん……え?」


 (こわ)()った首をゆっくりと持ち上げて声がした右の机を向くと、そこには茶髪のイケメン君が呆れた顔で僕を見ていた。面長で、どこか野性味のある雰囲気だ。ワイルド系、ガイアが俺に輝けと囁いちゃってる感じ。そして、カラオケが好きそう。


 僕の肩を懸命に揺すっていたのは『夢の中の友だち』ではなく、現実にいる人間だったのか。呆然としていると「やっと起きたか」。イケメン君は溜め息混じりに呟いた。


「起こしてくれてありがとう……ええっと」


 このひとだれ? ワッチャネーム? そもそもこんなチャラそうなヤツ、このクラスにいたっけ? ポクポクと頭の中の引き出しを開けようとしたが、閃きを合図する『チーン』は訊こえない。


 奇特な人の顔を不思議そうに見ているのが癪に触ったのか、彼は少し苛つきながら「佐竹だよ」と呟いた。


()(たけ)(よし)(のぶ)。──もう一ヶ月だぞ? クラスメイトの顔と名前くらい覚えろっての……普通に、ガチで」


 イケメン君、元い、佐竹君は自己紹介しつつ、僕を睨みつけた。『普通』、『ガチ』、『マジ』が佐竹君の口癖らしい。つまり、彼もまた超・現代日本語の使い手ってわけだ。語彙力が乏しくてマジでヤバい。──おお、割と普通にナチュラルっぽくなくなくない? ……世も末である。



 

【あとがき】

 初めまして、瀬野(せの) (ある)と申します。

 以後、よろしくお願い申し上げます。


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』に目を通して頂きまして、誠にありがとうございます。


 この作品はBL、GL(百合)を含むラブコメであり、『思い出の中にある青春とは、本当に綺麗なモノだっただろうか』というアンチテーゼをテーマにしているので、読み進めるうちに何だかもやもやした気持ちになるかも知れませんが、最後までお付き合い頂けたら幸いです。


 もし面白いと感じて頂けたら、ブックマーク・感想・評価、宜しくお願いします。


 これからも『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をよろしくお願いします!


【備考】

 誤字などを見つけた場合は『誤字報告』にてご報告下さると助かります。報告があった場合、一度確認させて頂いて、本当に修正が必要だと判断した場合、感謝を込めて修正させて頂きます!


(作中に『視る』という表記がありますが、これは敢えて使用していますので、予めご了承ください)


【修正報告】

・2019年1月4日……大幅な加筆、改稿。誤字報告による修正。

 報告ありがとうございます!

・2019年2月3日……読みやすいように修正。

・2019年3月9日……本文の微調整、加筆。

・2019年6月3日……軽度な誤字修正。

・2019年7月19日……本文の微調整。

・2019年11月9日……改稿。

・2019年11月10日……誤字修正。

・2019年11月24日……微調整。

・2019年11月27日……微調整。

・2020年6月11日……誤字報告による誤字修正。(基→元い)

 報告ありがとうございます!

・2021年2月3日……本文の微調整。

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