しど&ナンシー
この街で「しど」ほどのクズもいないだろう。
まず、彼には収入がない。
そして、「ないんだからしょうがない」と言う独自の理論で、かっぱらうわ、万引きするわやりたい放題。
んで、同棲してるナンシーが、これに輪をかけてぐうたら。
基本的に、寝てるか食ってるかって女だ。
こんな二人が暮らしてるんだから、部屋の惨状ってのもおよそ見当がつくだろう?
ゴミ箱の中で灰皿に座って、暮らしてるようなもんさ。
要するに、宍戸美安と南城素子のふたりは。
この街じゃ、一番の鼻ツマミってわけだ。
「腹が減ったつーんだよ。くそっ!」
「んなの、あたしに吠えても」
「わーってるよ。なんか食うものねえ?」
「あったら、あたしが食ってる」
「ちっ、冴えねえなぁ……金もねえよな?」
「ないよ」
「言ってみただけだ。あー! もうだめだ。なんか食いに行こうっと」
「なに? アテあるの? ずるいっ! あたしも行く」
「アテなんかねえよ。そこらの公衆電話ぶっ壊して、中の金でなんか食うんだ。え~っと、ドライバー、ドライバーと……あ、あった!」
「みんな、携帯使ってるから、公衆電話なんか使わないでしょ? 金なんか入ってるの?」
「全然ってこたぁなかろう? 300円あれば牛丼食えるからな。いいよ、おまえは来なくても。俺ひとりでやるから」
「行くよ。行くって。自分だけなんて汚いよ! あたしも食べる。絶対、食う!」
「わーった、わーった。んじゃ行くぞ」
とまあ、むちゃくちゃな企画の元に、ふたりはおんぼろアパートを出て、街へ繰り出したわけだ。
アパートから100メーターほど行ったところに電話ボックスがある。
しどはその前まで来ると、周りを見回した。昔っから小悪党だから、必要があってもなくても、警戒心が人一倍なんだよな。
昼日中だが、クソ暑い夏の日のコトだ。表を歩いてる酔狂なヤツは、ほとんどいない。
意を決してボックスの中に入ったしどは、持ってきたドライバーを器用に操り、ものの5分としないウチに電話機を壊して中の小銭をくすねてきた。
こういう技能だけは、熱心に学ぶ奴なのさ。
「へ、ちょろいもんだ」
「あった? しど、あった?」
「おう、結構入ってたぞ? ひのふの……1000円くらいはあるかな?」
「やった! よし、メシ食べに行こうよ」
「ああ」
二人は連れ立って歩き出す。
と、しばらくして、しどが急に立ち止まった。
ナンシーはお腹が空いてどうしようもなかったので早く飯を食いに行きたいんだけど、金を持ってるのはしどなんで、仕方なく止まった。
「何してるの? 早く行こうよ」
「いや、ちょっと待てよ? ここんトコずっと牛丼じゃないか。そろそろもっといいもの食いたいなぁ」
「しょうがないじゃん。お腹いっぱい食べるには牛丼が一番だよ。早く行こうよ」
「いや、いいコト思いついた。あそこの販売機ぶっ壊して、それで旨いもの食べよう」
「え~、めんどくさいよ。あたし牛丼でいいよ。早く行こうよぉ」
ナンシーがゴネると、しどはその顔をのぞき込んでニヤリと笑う。
「ホントに? 牛丼でいいのか? 俺は寿司食べるぜ? おまえは牛丼でいいんだな? 」
「え、え? す、す、寿司ぃ? 寿司なんて一年くらい食べてないよぉ? いいな、いいな! 寿司、寿司。あたしも食べるよ。食べるってばぁ」
「あーうるさい。判ればいいんだよ。もうちょっとの我慢だから、待ってろ。いいな? 待てるな?」
「うん、待つよ。寿司だね? 絶対だよ?」
「大丈夫だから、よだれを拭け。ジーンズも上げろ。パンツ見えてるぞ」
「いいよ。パンツなんか見せたげるから、寿司」
「そんなもん見せんでも、食わせるって」
ふたりはちょっと奥まった人目につきにくいところにある自販機コーナーに向かった。数台の自販機が並んでる、ちょっとした軽食コーナーみたいなところだ。
「ナンシー、釣銭チェックだ。お釣りが残っててもネコババするなよ? ふたりのお金なんだから」
違う。釣銭を取り忘れた人のお金だ。
「判ったよ。しどはどーするの?」
「俺は自販機 をこじ開ける道具を持ってくる」
「そんなの持ってるの?」
「あそこにホームセンターがあるだろ? あそこで黙って借りてくる」
普通、万引きは「借りてくる」とは言わない。
「いいな? 釣銭よく探しとけよ。自販機の下も見るんだぞ? 」
「下もだね? わかったよ!」
ナンシーはいきなり這いつくばると、自販機の下を探り始めた。
その姿を満足そうに見届けると、しどはホームセンターに向かう。
店に入るなり特売のワゴンの中にあったバールを盗ると、しどは一気に自販機と反対へ駆け出した。
しばらく走って追いかけてくる警備員を器用にまくと、一周してまたもとの自販機へ戻った。
ナンシーが満面の笑みで迎える。
「しど、あったよ! 200円もあった」
「でかした。よし、自販機を壊すから手伝え。まずはこっちの警報機の付いてないやつからだ」
「ついてるか、ついてないか、しどは判るの?」
「あたりまえだ。メーカーでカタログ貰って、一生懸命勉強したんだ」
そのエネルギーの使い方は間違ってる。
「凄い! さすがしどだね? カッコいい!」
「へへへ、ナンシーも綺麗だぞ? 」
「綺麗? あたし綺麗?」
まるっきり口裂け女のセリフである。
「ああ、綺麗だよ。俺のナンシーは世界一綺麗さ! さあ、ナンシー! こいつをやっつけて、寿司を食べに行こう」
「そうだ! 寿司だ、寿司だ! しど、大好きっ!」
「いいか、そっち側を持って、そう、そう」
「重いよ、しどぉ」
「寿司」
「そうだ、寿司だ。んしょ、んしょ」
「お、いいぞ。その調子だ」
結局、力仕事のほとんどをナンシーにやらせて、どうやら二人は販売機を壊すことに成功した。
「うわぁ、いっぱい入ってるよ? 幾らあるのかなぁ」
「ほら、ナンシー。まだだ。次のがあるんだぞ」
「えぇ? もういいよ。疲れちゃったよ」
「あ、そう。じゃ、そこで見てな。その代わりナンシーは、カッパ巻きと玉子しか食べちゃダメだぞ? 俺はウニとイクラとトロと……」
「手伝う、手伝うよっ! あたしもウニとイクラとトロ食べたいよ」
「判った。ちゃんと手伝ったら、食べていいよ」
「やったぁ! ウニ、イクラ、トロ♪久しぶりに会ったねぇ~ウニさん、イクラさん。大好きよ~大トロさん、中トロさん!」
「ヘンな歌うたってないで、早く手伝えよ」
「うん!」
「この二つは警報機がついてる。両方は無理だな……ナンシー、どっちがイイ?」
「ド〇ターペッパー好きっ!」
「よし、じゃあこっちだ。やるぞっ! せーの、そりゃっ!」
「んしょっ! んしょ!」
その途端、あたりに警報が鳴り響く。
ナンシーは警報機の音にビックリして飛び上がった。今にも泣き出しそうだ。
それをしどが宥めすかしながら、どうやらふたりは中の金を手に入れた。
「いそげっ! 逃げるぞ!」
ふたりは駆け出す。
しばらくの間、後ろを振り返りながらよたよた走っていたしどが、ようやく足を止めた。ナンシーは今にもヒキツケそうなくらい、ぜえぜえと息を荒げながら追いつく。
「ぜっ、し、ど、先に、ぜっ、行っ、ひっ、ちゃ、ぜっ、ずるい、ひっ、よ、ひっ」
「はぁ、はぁ、おまえが、はぁ、はぁ、遅いんだよ」
それでもコミュニケーションが取れるんだから、ある意味、正しい愛の形なのかもしれない。
あがった呼吸が収まるまで待ってから、しどとナンシーは歩き出した。
しどもナンシーも免許なんかとうに取り上げられていたし、仮に免許があったとしても、クルマもバイクも維持する能力がない。二人には歩くしか方法がないのだ。
二人の奇抜な格好とヘンな臭いに、行く手の人々は急いで道をあける。彼らは、この街では有名人なのだ。
突然、ふたりの前に走りこんできた子供達が、一斉にはやし立てる。
中には頭の横で指をくるくる回している子供もいる。
「こらぁ! クソガキども! ぶっ飛ばすぞ!」
しどが吠えると、子供達は一斉に逃げ出した。
周りの大人たちは、そんな様子を気味悪そうに見ている。
「まったく、躾のなってないガキどもだ」
「そんなことより、しど! 寿司だよ、寿司」
「おぉ、そうだな。行こう」
二人は足取りも軽く、寿司屋の暖簾をくぐった。
「らっしゃ……あ……」
威勢のいい声で迎えようとした板さんは、ふたりをみて表情を凍らせた。
「なんだ、あんた達か。あんたらに食わせる寿司はねえよ、帰ってくれ!」
ナンシーがビックリした顔で、カウンターの奥を指差す。
「うそだよ。そこにお魚があるじゃない」
「ネタはあるさ。あんた達に食わせる寿司を、俺が握りたくないって言ってるんだよ」
「なんだと?」
しどが怖い目で、板さんをにらんだ。
板さんはちょっとばつの悪そうな顔をしながら、しどに向かって哀願するように話しかける。基本的には人のいい板さんなんだ。
「なあ、頼むよ。あんたらと話してるだけで、俺はこの商店街の人たちから、白い目で見られちまうんだよ。あとで折り詰め作って若い衆に持たせるから、勘弁してくれよ」
「嫌だ。今、ココで、俺たちは寿司を食うんだ」
「ダメだよ、あんた達には握らないよ」
「ならいい。俺が作る」
言うが早いか、しどは板さんに飛び掛った。
しかし、板さんは身体も大きくて、しどなんかよりはずっと強い。
しどはあっという間にのされてしまう。
のびてしまったしどに向かって、板さんが近寄ってきた。
「悪く思わないでくれよな? 俺だってこんな真似はしたくないんだけど、あんた達ぁこの街じゃ評判が悪すぎるんだよ」
親切にも板さんは、しどを抱き起こそうとした。
そのとたん、ビクビクッっと震え。
板さんはそのまま気絶してしま う。
周りの客は、トウの昔に逃げ出してしまっている。
「しど、板さんどうしたの? 」
「へへ、これだよ」
しどが笑いながら見せたのは、スタンガンであった。今では持っているだけでも罪になるシロモノだ。しどがボタンを押すと、青白い稲妻が走る。
「おわぁ、すごいねぇ」
「いいだろう? ルーサーの店から、かっぱらってきたのさ。アイツ何も言えないで、悔しそうにしてた」
そのときのコトを思い出したのか、しどは楽しそうに笑った。
それから、ふたりして気絶している板さんを運び出すと、表に放り出す。
「これでゆっくり食べられるな。さあ、ナンシー。いっぱい食べろよ?」
「うん! 食べるっ!」
ふたりは寿司屋中の食いものを平らげてやろうとばかりに、手当たり次第に食べ始めた。せっかく板さんが仕込んだ寿司ネタが、見る間に食べ尽くされてゆく。
まったく酷い話さ。
小一時間して、いい加減ふたりのハラもくちくなった頃。
ようやく警察がやってきた。
周りの人も、逃げていったお客さんも、関わり合いになるのを避けて通報しなかったため、到着が遅れたのだ。
「ちぇ、行くぞ! ナンシー。うるさいのが来た」
「うん、もうお腹いっぱいだから、いいよ」
ふたりは寿司屋の外に出る。
と、苦虫を噛み潰したような顔で、顔なじみの刑事が立っていた。
「また、あんた達か。いい加減にして欲しいモンだな? あんたらの仲間内じゃ、あんたらは比較的マシな方だが、それにしてもやりすぎだ」
「それはこっちのセリフだよ。俺らなんて可愛いもんじゃねえか。めったに悪さしないんだし」
「そりゃ、 殺人や強盗はしないが、それでもあんた達には、街の連中みんな迷惑してるんだ」
「それがなんだ? 俺の知ったことか。用がないなら行かせてもらうぜ? 」
「もう、いい加減やめにしないか? みんなに嫌われて、あんたらだって暮らしにくいだろう?」
「別に」
言い放つと、しどはすたすたと歩き出した。
「別に」
ナンシーもしどの真似をしたあと、刑事に向かってあっかんべーをして、しどの後を追う。
刑事は黙ったまま、悔しそうにふたりの後ろ姿をにらんでいた。
が、やがて大きくため息をつくと、きびすを返す。
後ろに集まっていた野次馬が、刑事を気の毒そうに見る。
その中から近寄ってきたのは、ようやく目の覚めた板さんだ。
「やり切れませんね?」
「ええ、たまりませんな」
「法律、何とかならないんですかね?」
「無理でしょう? 法律を作る連中が、みんなヤツラの仲間なんですからね」
「諦めますか……」
「ですね。まあ、いずれは我々も」
「ええ、我々も」
自嘲気味に笑いあうと、二人は挨拶をしてため息をつきながら帰路についた。回りの野次馬も、みんな似たような面持ちでため息をつくと、次々にばらけてゆく。
口々に話すのは、みんな同じような内容だ。
「まったく、誰なんでしょうな? 『150歳以上の老人は、その行動に対して、刑事責任を問われない』なんてバカな法律を作ったのは」
「まあ、『その代わりに、年金の支給を停止する』って言うんですから、仕方ないと言えば仕方ないでしょう? 」
「せいぜい我々も、健康に気をつけて、長生きしましょうか。脳さえやられなければ、150歳なんてすぐですからね」
「そういえばあなたお幾つになられました?」
「98歳です。そろそろ定年ですよ」
「何をおっしゃる、これからじゃないですか」
今年168歳になるしどと、152歳になるナンシーは。
仲良く手をつないで、陽炎の中を歩いてゆく。
その姿は、実に矍鑠としたものだった。