19話「鬼と幼鬼の戦い」
今までで一番集中しているかもしれない。あたりの鬼の叫び声も聞こえなくなるほどの極限状態。まるでこの世界に俺と莉乃しかいないかのような、不思議な感覚。
莉乃はまっすぐ俺をにらめつけていた。白羅を月光で光らせながら、尾をゆらゆら揺らしながら。その瞳には確かな殺意を滾らせて。
俺は莉乃に向けた刀を戻し、構えた。
そして、静寂。
俺が動くか、莉乃が動くか。その拮抗の最中、突如として――
――莉乃が消えた。
「……ッッ!!」
ほんの数瞬遅れて莉乃のいた場所が凹む。それとほぼ同時、右側で爆音。
「らあっ!」
迷いはなかった。それは莉乃が消えてほぼ同時。俺は刀を全力で右に振り下ろす。
そして衝撃。爆音にも等しい音が鼓膜を叩き、激しい火花が散って。
そこにいたのは莉乃だった。白羅と刀がぶつかっていた。
早いなんてものじゃない。まさに瞬間移動に等しい。
俺が鬼の力を使って全力で移動しても速い止まりだ。どれだけ速くても見ることはできる。だが莉乃は違う。幼鬼は違う。速すぎて見ることすら叶わない。
だから俺は音で判断した。これは鬼だからできること。鬼の優れた五感と反射神経だからできること。
だがその攻撃は速いだけじゃない。速いだからこそ、威力もある。
「ぐっ……!」
まるで迫る壁に激突したかのような衝撃。刀がピシリと嫌な音を立て。俺自身も耐えきれず、少しだが吹き飛んだ。
足で踏ん張り、手で地面を掴んで勢いを殺す。 そのおかげか好き飛ぶのは数メートルで済んだ。そっと刀に一瞬だけ視線を移す。さっきの音通り、刀にヒビが入っていた。
名刀というわけじゃない。所詮は喰鬼奴隷からの支給品で、誰が作ったのかもわからないようなもの。だが人より強い鬼と戦うためのものでそれなりに作られているはずで。それをたやすく折られそうになっているのは、よろしくない。
いや、それよりも莉乃だ。
莉乃の方に視線を移した時、もうそこに彼女はいなかった。
「……っ!?」
とっさに視線を彷徨わせる。
前、右、左、後ろ。
しかしどこにも彼女はいない。
なら――
「上か!」
そこに莉乃はいた。小さな体を浮かせ――実際に飛ぶことはできないが――三本の尾を羽のように広げて。
その一本が俺に迫る。俺はそれを思い切り後ろに飛んで躱す。数瞬後、俺のいた場所にその尾が突き刺さる。えぐれる地面。飛び散る土の破片や残骸。まるでミサイルのようだった。
次いで二本目、三本目と。俺は逃げるように動き、全てが地面に陥没を残す。そして三本目が突き刺さった時。その尾を引きつけるようにして莉乃は急降下し、着地。地震のような衝撃、そしてそれが収まらぬうちに俺に向かって突きを放つ。
俺は体を捻って避けた。俺の顔のすぐ横を白羅の腕が通り過ぎ、少し遅れてヴォン! という音が耳を揺らす。そして耳鳴り。そこ一体の空気が全て持っていかれたような攻撃だった。
ピリと頬に小さな痛み。紅の線が頬に走り、ツゥと血が漏れる。
そこからさらに莉乃から離れるように俺は後ろに飛んだ。その道中、琴奈が使っただろうナイフを拾い、三本投擲。それらはまっすぐ莉乃に向かい、頭、胸、足を射程に収める。
「ハッッッッ!!!」
莉乃は相手を威嚇する獣のように鬼の牙をむき出しにして、吠える。
比喩でもなんでもなく、その時大気が震えた。否、揺れた。どんな理屈か、それによりナイフが弾かれる。
そして莉乃は、ふぅと一つ息を吐いた。
「お兄ちゃんどうしたの? 遅すぎるよ。止まって見えるよ?」
嫌味でもなんでもない、きっとそれは単純に疑問に思っただけだろう。だが俺はそれに答えられない。ただ顔をしかめることしかできなかった。
遅すぎる。遅すぎるから本気を出せ。
そういうことなのだろう。
出来るならやっている。いや、正確には出来るがあまりやりたくないだけだ。
だって俺は――
「もしかしてお兄ちゃん、黒化しはじめてるの?」
「――っ!?」
それは突然のことで、俺はつい動揺をそのまま表に出してしまった。慌ててそれを隠すがもう遅い。莉乃はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。
「お兄ちゃん、だから言ったじゃん。血を飲まないとダメだよって。不老不死の鬼でも血を飲まないと死んじゃうよって」
莉乃はただただバカにするように笑った。
そうだ。俺は今黒化しはじめている。祥吾と戦った時からそうだった。今もなお右手の手の平の一部――いや、ここに来るまでの傷を治したのでまた広がったから、右手の手の平全体が黒く染まっている。氷を直接押し当てられるかのような冷たさが、その存在を主張していた。
だからこそ俺は全力を出したくない。鬼として戦うということは、血を使うということ。今俺は血が足りないから黒化しているのにそんなことをすればさらに死が近くなる。
情けない話、死にたくない。死ぬのは怖い。不老不死だからか、そう意識しているからか、やけに死が恐ろしく感じるのだ。
「ま、そんなこと関係ないけどね」
莉乃は突然加速した。そして瞬時に俺の目の前まで移動。
黒化を指摘されて僅かだが動揺していたのかもしれない。反応が遅れ、躱すことは不可能と判断。
刀を盾のように構え、ガードしようとした。
莉乃は手を手刀のようにして振り上げる。俺はその軌道上に刀を挟み込む。
――が。
パキンと乾いた音。
何がと思ったその瞬間――
「ぐっ……がっ……!!」
右手が切り落とされた。
鬼だから痛みには鈍いといっても、腕を切り落とされれば痛いものは痛い。ついうめき声を漏らす。
切り落とされた腕はその勢いのまま、後方へと飛んでいった。
切断面からとめどなく血が流れ、左腕に冷たい、黒化する感触。
――まずい!
しかしまだ莉乃は近くにいる。
上から尾の一本が振り下ろされ、俺は横に少し飛んで避ける。が、片腕を失ってバランスが取れない。思わずその場でよろめいた。
そこを莉乃が見逃すはずがない。痛みに閉じかけた目の隙間から見えるのは、殴ろうと構える莉乃だった。
「――飛ばすよ」
そう耳に届いたその瞬間、俺は殴り飛ばされた。
ドガン! と思い音が背後で響く。背中に衝撃、そして肺が押しつぶされ、「カハッ」と息を漏らす。少しして俺は何かに激突したんだと気がついた。
背後に意識を向ければ、それは大きな岩だった。俺のぶつかった部分からヒビが入り、莉乃の力の強さを際立たせる。前を向けば鬼の集団が俺と莉乃の間を道を作るように退いていて。莉乃はその向こうに小さく見える。どれだけ飛ばされたのか、それだけでよくわかった。
「ああくそ……」
呻くようにそう零す。攻撃を受けてない今も右腕からは血が流れ続けているし、黒化もし続けている。しかもさっきよりもそのスピードが早い。おそらく骨もいくつか折れている。それを治すため、さらに黒化が進んでいるのか。
「とりあえず、右腕だけでも……」
少し見渡せば運がいいのか、切り飛ばされた右腕がそこに落ちていた。
立ち上がろうとしても、やはり動きが悪い。自分に鞭打って立ち上がり、それを拾う。その右腕を切断面にくっつければ、グジュグジュと音を立てながらくっついた。
「よし……」
確かめるように手のひらを開けたり閉じたり繰り返す。今更鬼の治癒能力を疑うことはないが、今回はきちんと繋がっていた。
そして前を見る。
莉乃はもうかなり近づいてきていた。
不利か有利かで言えば、断然不利だ。今のところ俺は逃げるだけ。攻撃を仕掛ける余裕も、隙もない。
これが自我持ちの幼鬼。
鬼の中で最も強いと言われる幼鬼。
幼鬼にも年齢制限のようなものがある。たとえ大変異のとき赤ん坊だったとしても、ある程度までは成長する。そしてある年齢になったら成長が止まり、鬼になる。莉乃は大変異のとき、ちょうどその境目の年齢だった。鬼の強さはその年齢によって決まり、若ければ若いほど強くなる。つまるところ、単純な性能だけで言えば、莉乃は最強なのだ。
それに加えて、自我持ち。鬼の中で数少ない自我を残した存在。
そのハイブリットの莉乃が弱いはずがない。
実際俺だってその強さを実感しているのだ。俺自身も五年前、彼女に殺されかけたのだから。
いや、だからと言って逃げるわけにも、負けるわけにもいかない。
とりあえず攻撃しないと。攻撃しなければ絶対に殺せない。
莉乃に向かって飛び出そうと、足に力を込めた――
その時だった。
「「がぁあああ!!」」
二体の鬼が俺に飛びかかってきた。
「なっ!?」
もしかしたら周りの鬼は襲ってこないと過信していたのかもしれない。だから俺は反応が遅れた。
刀は折れ、今俺に武器はない。二体が来たのはちょうど正面。いつもの飢餓に苦しむ、血に飢えた鬼だ。躱すのは難しくない。だから俺は重い体を動かそうとして――
二体の鬼の腹から、刃が飛び出した。
「がっ……あぁ……」
「おぉぉぉ……」
二体の鬼は訳が分からないといった様子で自身の腹から突き出た刃を見る。そしてそれを引き抜こうとするが、後ろから刺さっているのだから抜ける訳がない。
「邪魔しないで」
そして、二体の体が浮く。それを成したのは他でもない、莉乃の白羅の尾。莉乃は二体の鬼を、まるでゴミを捨てるかのように吹き飛ばした。
莉乃の視線は一瞬たりともその鬼には向かない。
なるほど、莉乃は完全に鬼を操れているわけではないらしい。考えてみれば当たり前だ。鬼は自我を持たない。だから従わせるには、圧倒的な力が、それだけの恐怖が必要で。完全に自分の思うがままというわけではない。今回はただ、莉乃への恐怖を血への飢えが上回っただけ。
「みんな聞いて!」
莉乃は周りの鬼に向かって、吠えるように叫んだ。
「私とお兄ちゃんの邪魔をしないで! 邪魔したら殺しちゃうから! そいつだけじゃない! 周りのも殺しちゃうから!」
それは側からみればただ子供がおかしなことを叫んでいるだけ。だが彼女にそれをできるだけの力があるだけで、どれほど無邪気な、少し舌足らずな声で叫ぼうともそれに力はこもる。
周りの鬼たちは怯えるように後ずさった。
普通の鬼には自我がない。言ってしまえば、普通の動物のようになっただけだ。利害を考えることはできないが、命を失いたくないというのはどの生き物でも同じ。莉乃の言葉はその生存本能に刃を突きつけるほど鋭いものだった。
「お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ」
そして莉乃は俺に向き直り、責めるように問いかける。
「なんか白羅使わないけど、まさかそのまま最後までやるつもりなの? 鬼として戦わないつもりなの? 人として戦うつもりなの? まさかそれで勝てるだなんて、殺せるだなんて――思ってないよね?」
「……っ」
莉乃は白羅を見せつけるように尾を揺らした。
俺だって勝てるだなんて思っていない。ただ、感情がそれを邪魔するだけだ。
チラと莉乃の向こうに視線を向けた。そこにいるのは琴奈だ。莉乃の指示なのか未だに鬼に襲われる気配はなく、座り込んだままこちらを見ている。その瞳にはいつもの光はなく、どこか不安げで。その瞳にどんな感情がこもっているのか俺にはわからない。だが琴奈が見ているという事実が、俺を縛り付ける。
無意識に拳を強く握っていた。冷たい右手の指先に、琴奈が巻いた布の感触がする。
正直言えば、白羅を使っているのを琴奈に見られたくなかった。治癒能力はたしかに鬼特有のものだが、結局は人間の持っているものを強化しただけだ。身体能力も五感もそれに同じ。
だが白羅までくると、それはもはや鬼しか持たない能力。琴奈に俺は鬼だと見せつけるようで、どうにもためらってしまう。
――だけどそんなこと言ってる場合じゃないよな。
「ああもう、邪魔くさい」
俺は口に巻いていた布を取った。それは俺が鬼たる理由の牙を隠すためにずっとしてきたもの。それを取ることはつまり俺が人間として偽ることをやめるということで。莉乃もニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
晒された鬼の牙が月夜で青白く光り、同じく青白い液体が体から滲み出る。それはパキパキと音を立てながら手足を覆い、三本の尾を形作る。
だが、今回はそれだけじゃない。
いつもと違い、新たに出来上がった"それ"を見て、莉乃は笑みをこぼした。
「あはは。お兄ちゃんの"それ"、相変わらずだね。細くて、簡単に折れちゃいそう」
「うるせえよ」
血を飲む俺たち鬼がどうして『吸血鬼』と呼ばれず『鬼』と呼ばれているのか。全ては"それ"が理由だ。
誰が呼び出したかは知らない。だがきっと"それ"を見て言い出したのだろう。
「"角"まで出して、うん、いいね。本気ってことだよね」
そう、『角』だ。
普通の鬼でもごく稀に見かけるが、自我持ちが本気を出そうとした時、角が生える。その形状は人それぞれで、俺は額あたりに二本、細長い角が生えていた。
それだけじゃない。本気を出したことで片目が変色する。普通の人と同じ瞳から、白黒逆転したような鬼の目へ。さらにその周辺が少し黒化し、冷たい感触がした。
「……っ!」
だが白羅を使ったことで黒化も進行した。右手の手の平で収まっていたものが、右腕を覆い尽くすまでに。その冷たい感触に思わず顔をしかめる。
これはやはりまずい。一刻も早くカタをつけないと。
俺は三本の尾の先を莉乃に向け、構える。
五感が研ぎ澄まされていくような感覚。全身に力が溢れている。自分は強力な能力を手に入れたという全能感に浸りそうになった。白羅の尾の先端まで神経が通っているような気までしてくる。
たとえ血に飢えていようともここまで違うものかと改めて驚いた。
ふぅと、一つ息を吐く。その息さえも、そしてそれによって流れる空気の動きさえも感じるようで。足を曲げて力を込めれば、どんどん足が熱くなるような気がした。
そして俺はポツリとこぼす。
「行くぞ」
そして思い切り地を蹴る。
横に勢いよく飛び出し、その数瞬後には以後でバゴン!と音が鼓膜を叩く。
それはきっと莉乃ほどではないが人なら目で終えないほどの速さ。だが莉乃の視線は容易に俺を捉えていた。
俺もこれで振り切れるだなんて思っていない。鬼の作る円の内周を沿うように一周駆け、そして唐突に方向変換。地がえぐれ破片が飛び散り。それがまた地面に落ちる頃俺はまた方向変換。
そんな調子でジグザグに動き莉乃に近づく。
不規則に、ランダムに。なんとか莉乃の視線を振り切れないものかと。だが莉乃はそれでも簡単に俺を捉え続ける。
「チッ」
小さく舌打ちを鳴らし、俺は諦めた。
蛇行しながらの移動をやめ、莉乃に向けて全力で駆ける。ほぼ瞬時に彼女の前まで移動し――目の前には拳を構える莉乃がいた。
目で追うだけじゃない。俺が攻めてくるタイミング。それを見極め、完璧にタイミングを合わせていた。俺の顔めがけ迫る白羅の爪。そしてその向こうに莉乃の笑い顔。俺を切り裂かんとその爪は怪しく光る。
が、それくらい予想通りだ。
俺は真上に軽く跳んだ。
「え?」
軽くといっても三メートルくらいは跳べる。莉乃の攻撃は空を切り、そして俺は重力に任せて落下する。縦に回転し勢いをつけたままかかと落とし。
「ラアッ!」
「――ッ!」
莉乃はとっさに頭の上で両手をクロスしガードする。そして白羅と白羅がぶつかり合い、ガキンッ!! と金属音が響いた。火花が散り、苦しそうに歪んだ莉乃の顔を照らす。爆音を立て、莉乃の足元の地面が少し陥没。
そして莉乃はクロスさせた両手を払い。俺はその勢いで宙に浮く。
そこに莉乃の追撃。俺に三本の尾が迫り、俺は体を無理やり捻って回避。そして両手を使い、俺の横を通り過ぎた尾を掴む。
「オラッ!」
「わっ」
尾を地面に突き刺し、それを使って縦に回転。尾を掴んだまま莉乃を投げ飛ばした。 いや、地面へと斜めに叩きつける。
鬼は力が強くても体が重いわけじゃない。体重自体はその見た目相応で、それ通り莉乃は軽かった。
それはまさに射出。勢いよく放り出された莉乃は、しかし瞬時に体勢を立て直し。地面と激突――否、着地し両手で地面を掴み、尾を地面に突き立てる。ギャリギャリギャリギャリ! と嫌な音を立てながら地面をえぐり、数メートル進んだ後、停止。
――今!
心の中でそう叫びながら俺は地を蹴った。今なら莉乃は少しだが体勢を崩しているし、尾も使えていない。
だがその時、気がつけば目の前に大きな岩が迫っていた。
「――ッ!?」
即座に加速を停止。足を地面に突き立てる。
飛んできた岩は頭数個分くらいの大きさだ。避けようと考えるが、却下。だから白羅の尾を使って弾く。
障害物が消え、再び飛び込んできた光景にいたのは今のものと同じくらいの岩を尾で持つ莉乃だった。中腰で片手を地面につきつつ、鞭のように尾をしならせ、岩を再び飛ばす。
その岩の大きさもさることながら、その力で投げられたのだから速度も驚異的。だが鬼の俺なら簡単に撃ち落とせる。一つ二つ三つと、ガン!ガン!という音とともに岩を弾き。
そして気がつけばすぐそこに莉乃がいた。
「ハッ!」
「――ッ!」
――岩に隠れてたのか!
普通なら自分の投げた岩に追いつき、なおかつ俺の視界からそれを使って隠れるだなんて不可能。だが莉乃の鬼としての性能と、その体の小ささがそれを可能にしていた。
そこから莉乃の連撃が始まる。
ストレート、アッパー、回し蹴り。その他次々と息継ぐ間も無く繰り出される攻撃を俺は避け、弾き、そうやって対処する。そのたびにヴォン! と自分の数センチ横の空気が震え、背筋に嫌な汗が流れた。
莉乃は戦いが上手いというわけじゃない。どちらかといえば祥吾に近く――といってもあいつは技術もあるが――、とにかく力で押すパワープレイ。
だが逆に俺は元はただの高校生だが、鬼になってからかなりの数戦闘を経験した。技術もある。そこに着け込めるかと思っていたが――一発当たれば致命傷という事実が、やけに俺を締め付ける。
いや、もうそんなこと気にするべきじゃないのかもしれない。
なら、攻めよう。
その時莉乃は二本の尾を振り下ろした。俺は一歩下がってそれを避け、次の瞬間それは地面をえぐる。俺は瞬時に前に進み、二本の尾を踏みつけめり込ませる。
「くっ」
足元の尾に引き抜くような感触。だが引き抜かせない。
莉乃は眉間にしわを作り、残り一本の尾を突き出した。俺はそれを手で掴む。ギャリギャリギャリギャリ! と火花を散らしながら白羅の尾と手が擦れた。これで三本の尾を封じた。
次いで莉乃は左ストレートを繰り出す。俺はそれも掴む。
そして自身の尾を振るい――莉乃の右腕を切り飛ばした。
「ガッ……アッ……」
俺の時と同じく莉乃も痛みに顔を歪めさせている。小さな体はよろめき、まさに先ほどの俺と鏡写しのようだった。そして俺は二本の尾から足を離し、回転。
「お返しだ」
「――ッ! みんな!!」
一言そう呟き、莉乃も察したのか大きく叫ぶ。
そして回転の勢いのまま前蹴り。小さく軽い莉乃の体は容易に吹っ飛ぶ。
だが俺の時と違い、その背後には鬼がいた。莉乃はそれに激突し、数体の鬼を吹き飛ばしながら停止する。
ああなるほどと思った。さっきの『みんな』は、吹っ飛ぶから自分を抑えてということだったのか。
そのおかげもあって莉乃はそれほど吹っ飛ばなかった。
背後の鬼にもたれかかるような姿勢の莉乃はゆっくりと、気だるげに地面に足をつけた。そして自身の右腕を一瞥する。俺が切り落としたのだからその肘より先には何もない。ただ赤黒い液体が絶えず滲み出ているだけだ。
だが莉乃は特に取り乱す様子はなかった。面倒そうにはぁと一つ嘆息し、そして次の瞬間にはもう新たな右腕が生えていた。
見慣れていない光景ではない。だがため息を漏らさずにはいられなかった。




