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17話「そして鬼はやってきた」



 最初に動いたのは琴奈だった。

 否、最初に動き出したのは、琴奈だけだった。

 琴奈は体勢を低くし、滑るように莉乃へと近づく。莉乃はそれを見下すように見つつ、強者のように待ち構えた。


「フッ!」


 琴奈の鋭い一閃が空気を切り裂く。空気だけを切り裂く。トン、と背後に少し跳んでかわした莉乃を追って、琴奈も張り付く。

 そして、連撃。

 だがそれはヒュンヒュンと音を立てるだけ。莉乃は体を傾け、しゃがみ、跳んで避ける。子供をあしらうように、少しの笑みを浮かべながら対処する。


 つい琴奈は顔をしかめた。


(これは……思った以上に……っ)


 油断していたといえば嘘になる。驕っていたと言われても否定はできない。

 つまり琴奈は、自我持ちを甘く見ていた。今まで鬼一体に苦戦したことはない。鬼域の鬼だって簡単に殺せる。なら自我持ちだって――と、そんなことを考えていた。

 だが実際はどうだろうか。完璧な自我を持つだけでここまで変わる者なのかと、琴奈は焦りにも似た気持ちを感じていた。


「じゃあそろそろ行くね」


 ふと、莉乃がそう言った。

 『行く』とはどういうことか。琴奈がそれを瞬時に理解した時には、莉乃の拳が目の前まで迫っていた。

 子供特有の丸みを帯びた、小さな拳。だがそれの持つ威力は計り知れない。


「――っ!!」


 それはほとんど反射に近い。琴奈はそれを間一髪で躱すが――ブン! と音が数瞬遅れて聞こえてくるほどにそれは鋭い。

 あれに当たればどうなるか。それを簡単に予想できて、琴奈の背中に嫌な汗が伝う。


(いや、こんなんじゃダメ。一回下がろう)


 琴奈は本能で戦う祥吾などと違い、常に考えながら戦う。そんな琴奈からすれば、変に衝撃を受けた今の状態は避けたいものだった。

 そしてそこに、莉乃の横薙ぎ。琴奈はそれをしゃがんでよけ、足払い。


「お?」


 戦いに関しての知識や技術は少ない莉乃は、簡単にそれに引っかかった。莉乃はコテンと倒れこみ、琴奈はそんな莉乃にナイフを二本投げながらバックステップ。数メートル離れ距離を取る。莉乃は腕を前に出し、それでナイフをガード。ナイフは莉乃の腕に突き刺さった。


「あーもう、痛いなぁ」


 その傷は本来子供なら泣いてのたうち回るほどのもの。二〇センチほどのナイフは莉乃の細い腕を容易に貫通し、ドクドクと赤黒い血を垂れ流す。

 だが彼女は気だるげな表情とともに起き上がり、あたかも埃を払うかのようにナイフを抜き、投げ捨てる。そしてその数秒後、そこにあるのは子供らしい張りのある肌だった。


 琴奈はふぅと息を吐いた。


(たしかに痛みに対する反応もその治る早さも脅威。でもそれは今までの幼鬼と同じ。自我があるなら、それはそれでやりようもある)


 琴奈は太ももあたり、見えるように(・・・・・・)つけてあるホルダーからナイフをまた取り出す。その数、六本。両手に三本ずつ、指の間に挟んで莉乃を睨みつけた。


 そして駆け出す。

 走る琴奈を、莉乃はまた待っていた。そして琴奈は莉乃の元までたどり着いたところで――軽くナイフを四本上に投げ捨てた。


「ん?」


 莉乃はそうこぼす。そして視線が投げ捨てられた四本のナイフに向けられた。向けてしまった。


 そこに琴奈は下からの切り上げ。だが鬼だからこそなのか、たまたま気づいただけなのか。ただ琴奈と莉乃の距離は短い。莉乃は回避は不可能と判断。


 琴奈のナイフが莉乃の横腹を切り裂こうとして、ガキン! と音がなった。

 それは本来人の肌からなるような音ではない。だが鬼なら別。莉乃は横腹に白羅を使っている。

 琴奈の両手のナイフは刃が欠け、他のナイフは空中。

 莉乃は琴奈に攻撃しようと踏み込み、止まる。


「――っっ!」


 ちょうど琴奈の投げたナイフが数本琴奈の目の前まで落ちてきていた。

 このまま突っ込めば、きっとナイフは自分に突き刺さる。そう莉乃は考え、動きを止めてしまう。


(今っ!!)


 これこそが好機。

 自我持ちじゃなかったらきっと無理だった。彼らならナイフなんて関係なく突っ込んでくる。飢餓に苦しむ鬼ならなおさら。だが自我持ちは考えてしまう。


 琴奈は知らないことだが鬼とは元人間だ。自我持ちはその中でも人間だった頃の記憶を完全に持ち、理性も失わなかった存在。だからこそ、人間の時の本能を覚えている。たとえ痛みをあまり感じなくとも、すぐに治るとしても、怪我をしたくない。そう考えてしまう。

 だからこそ莉乃は動けなかった。幼鬼ならその程度の傷は瞬時に治るはずだが、怪我をしたくないからこそ動きを止めた。


 琴奈は宙にあるナイフを拾い(・・)、莉乃の頭に向かって突き出す。


 だがその時、莉乃が――消えた。


「――ッ!?」


 それは本当にその場から消えたようで。でも琴奈は捉えていた。


(――後ろっ!!)


 それは人に不可能な速さだったが、莉乃が上に跳んでいったのが琴奈は見えていた。

 背後を取られるというのは琴奈にとって痛手だ。まだ琴奈は自我持ちがどれほどの力を持つか把握できていない。背後を取られれば何をされるかわからない。


(飛び出した勢いと角度からして……たぶん背後に二〇メートル)


 琴奈は莉乃の位置を予想し、勢いよく振り返る。振り返り牽制のためにナイフを投げようとした。


 したが、目の前に迫っていたのは真っ白な手。子供の手とは思えないゴツゴツとした、月明かりで青白く光る鬼の、白羅の腕。


「なっ!?」


 琴奈の予想は間違っていない。莉乃は跳んだあと、琴奈の背後約二〇メートルあたりに着地していた。だがそこからが読み違い。自我持ちなら、二〇メートル程度瞬時に詰められる。

 それは琴奈にとって、完全に予想外だった。




 対して、莉乃は失望していた。


(はぁ……この程度なのかな)


 心のうちで一つため息をつく。


(たしかにさっきのはびっくりしたけど、結局それだけだよね)


 琴奈の策は莉乃を驚かせたが、結局はそこまで。その程度では莉乃は傷つかない。


 琴奈の背後に着地し、そこから跳躍。腕に白羅をまとって、琴奈に向かって突き出す。

 そして莉乃は琴奈を見て勝ちを確信した。

 琴奈の顔はひどく歪んでいた。恐怖、驚愕、怯えで歪みきっていた。がむしゃらに逃げるように両腕を莉乃に向け突き出し、両目を閉じる。


 莉乃は手を手刀のようにして突き出しただけだ。だが白羅だからこそ硬く、鋭い。それこそ手刀ではなく、本物の刀にも引けを取らないほどに。

 だからこのままいけば莉乃の両手は琴奈を切り裂くだろう。


 だがその時だった。


 本当に少し、小さく琴奈の袖の中の何かが光った。


(あれ?)


 莉乃が感じた小さな違和感。しかし莉乃がそれに対して何か思うより前に、琴奈の袖からナイフが飛び出す。それはまっすぐ莉乃の頭に向かい。


「――ッ!?」


 莉乃は間一髪顔を横に倒してそれを躱す。だが完全には避けきれない。ナイフが莉乃の頬を切り裂き、赤黒い血が流れ出る。

 それに加え、たしかに莉乃の力は大きいが、完全に制御できるわけではない。勢いよく飛び出した莉乃は急な方向変更ができない。そのまま吹き飛ぶように琴奈の横を通り過ぎ、地面に叩きつけられる。


「ぐっ……」


 地面を転げながら莉乃は自身の勢いを殺し、顔を上げる。擦りむいた部分も切り傷もグジュグジュと音を立てながら再生していた。だがそんなことも気にせず、莉乃はただ琴奈を睨みつける。


 今莉乃が自身の攻撃を中止したのは琴奈の攻撃の方が早く自分に到達すると直感したからだ。琴奈の攻撃はいやらしくも莉乃の頭に向かっていた。あのままだったら脳を傷つけられていただろう。


(まあ、もしそうなったとしても数十秒で治るだろうけど……)


 だがしかし、それはつまり数十秒は何もできないということ。何をされても抵抗できないということ。たとえそうなってもその程度の時間で自分を殺せると莉乃は思っていない。しかし莉乃の高いプライドがそうはさせなかった。人間ごときに好きにされるだなんて、そんなこと許せなかった。


(ううん。それもある。でもそれ以上に――)


 莉乃にはそれ以上に許せないことがある。莉乃はまっすぐ琴奈を睨みつけたまま、問いかける。


「黒羽琴奈。もしかして、わたしを騙したの?」


 莉乃はそれが我慢ならなかった。自分が人間ごときに騙された。人間ごときが自分を騙した。それが許せなかった。

 事実莉乃を見据える琴奈の表情は先ほどと全く違っている。怯えたようなものとは一変。真顔で、だがしかし余裕すら感じる表情に変わっていた。それは先ほどの表情が嘘ということで。莉乃は自分が馬鹿にされているような気がした。


 だが琴奈はそんな莉乃を嘲笑うかのように鼻を鳴らす。


「あれ、莉乃さん知らなかったんですか? 私元殺し屋なんですよ。騙してなんぼ、不意打ち上等なんですよ」

「…………」

「鬼は不老不死だからどれくらい生きているかは知りません。でもそれにしては中身は幼稚ですね? なかなかに騙しやすかったですよ」


 莉乃はゆっくりと立ち上がった。莉乃の腕、足、腰から青白い液体が染み出し、パキパキと音を立てながら硬直。その部位を覆い、腰からは尾のようなものが三本生えた。


 実を言うと莉乃の精神年齢は琴奈のいう通りそこまで高くない。鬼になった時からほとんど成長していないと言ってもいい。

 だからこそ喜怒哀楽が激しい。だからこそ、怒りっぽい。


 莉乃の灰色の双眸は大きく見開き殺意に彩られ、そして琴奈に向けられる。

 幽鬼のようにフラフラと立ち上がるその姿は、鬼の名にも恥じない化け物のような様相だった。


「ぶっ殺す」


 そして莉乃は動き出す。

 莉乃は尾を三本琴奈に向かって伸ばした。尾の先端――槍の穂のような刃が琴奈に迫り。彼女は一本は跳んで躱し、二本は刃の側面に沿うように両腕を挟み込む。


 ギャリギャリギャリと金属がこすれるような音。尾と腕が擦れた部分の服が破ける。その下にあるのはナイフだった。


「私だってそう簡単に殺されるわけにはいきません」

「――っ!」


 着地し、一本の尾を踏みつける。そのせいで琴奈の近くまで来ていた莉乃の体勢は崩れた。そのまま回し蹴り。それは莉乃の横腹に直撃する。しかし莉乃は鬼だ。その程度の攻撃はダメージにもならない。


「……え」


 だがその時莉乃の体が脱力。

 莉乃は琴奈が足を戻す時に、琴奈の足から針が出ているのを見た。仕込み針。しかもそれには超即効性の麻痺毒が塗られている。だから莉乃は脱力した。


 琴奈はどこからともなくナイフを取り出し両手で持ち、振り上げる。その切っ先が向かう先は、まっすぐ脳天。

 琴奈の戦い方はいつだって変わらない。最小限の手で、最大限の効果を。急所を的確に狙うナイフが怪しく光り、振り下ろされる。


 莉乃はすぐに体の自由を取り戻した。

 莉乃は鬼だ。麻痺毒が聞いたのはほんの一瞬だけ。莉乃は脱力のせいで曲がった足に力を込め、無理やり横に飛んだ。膝の靭帯にダメージを負いそうな挙動。だが莉乃は鬼故にそんな動きも容易にこなす。

 そしてその後間髪入れずに琴奈の背後へ。そこまで行動するのに約一妙。


 琴奈はまだナイフを振り下ろす途中で。その背中はガラ空き。莉乃はその顔を悦に歪め、攻撃を繰り出そうとして――


 琴奈の振り下ろした肘から、服を突き破り短刀が飛び出した。振り下ろした勢いのまま飛び出したそれは、例に漏れずまっすぐ莉乃の頭に向かう。


「またっ……!」


 莉乃は自分の攻撃を中断。横に動き避ける。


(これってさっき尻尾を防いだやつ!? それが飛び出るなんてわかるわけないじゃん!)


 まるでひっかけ問題でからかわれているようなイラつき。それに莉乃はまた一つ気分を悪くしながら、それをぶつけるように手刀を琴奈へ向かって振る。

 その飛び出た短刀はまた琴奈の腕へと治り、琴奈は回転して振り返りながらナイフを振るう。

 それは莉乃の白羅の手とぶつかり。甲高い金属音がなり火花が散る。

 だが力自体は莉乃の方が上。琴奈はナイフを落とし、地面に突き刺さる。そして逃げるようにバックステップをした。


「くっ」

「逃すわけ――」


 追い討ちをかけようと、莉乃が足に力を込めた時。

 不意に琴奈が落としたナイフが光る。


 そして、爆発。


「ぐっ!」


 莉乃の周りを爆煙が包み込む。辺りに漂う火薬の匂い。

 炎と黒煙が莉乃を包み、琴奈からは何も見えない。


「さて、どうですか……?」


 所詮は仕込みの爆弾。威力もたかがしれているが、これほど間近で爆発されてただでは済まない。だが琴奈は決して表情を緩めなかった。まだ終わっていないと確信しているかのようにその煙の中を睨みつける。



 煙が晴れるのに、時間はかからなかった。

 徐々に視界が晴れ、莉乃が姿をあらわす。


 その姿を見て、琴奈は一言こぼした。


「無傷……ですか」


 無傷とは少し違う。実際傷は負ぬたがもう回復しただけ。その幼い顔を(すす)で汚して、ケホケホと咳き込んでいた。


「ああもう、めんどくさい」


 その言葉には子供とは思えないほどのイラつきが込められていた。莉乃の尾も、その感情を示すかのように落ち着きなくユラユラ揺れる。


「ねえ、なんで死なないの」

「決まってるじゃないですか。死にたくないからです」

「そんなの知らないよ」


 もう怒りを通り越したのか。どこか気だるげに地面に手を伸ばし、何かをつかんだ。


 彼女らが戦っているのは、喰鬼奴隷の陣地と鬼域の間の地域だ。そこは内地や鬼域ほど建物が残っておらず、一見見渡す限りの平野に見える。だがそこかしこに木材と違って朽ちなかった金属が瓦礫として転がっている。


 莉乃がつかんだのは、その一つだった。地面に飛び出した鉄骨の一部を掴み、農作物のように引き抜く。ズンと重い音とともに引き抜かれたのは、十メートル近くもある大きな鉄骨だった。それを莉乃は気だるげに、それこそ重さがないかのように軽々と持ち上げる。


 それを見てつい、琴奈は引きつった笑みを浮かべた。


「う、嘘ですよね」

「嘘じゃないよ。自我持ち(わたしたち)は強いんだから。それこそ人間なんかに負けないくらいに!」


 莉乃は構え、それをやり投げのように投擲。ゴウッと音を立てながら勢いよく琴奈に迫り。一瞬にして琴奈の視界を埋め尽くした。


「――っ!」


 琴奈が感じたのは今まで以上の命の危機。自分の小手先の技術なんて無駄だ。全てをかなぐり捨てて逃げないと死ぬ。そう理性が自分に言い聞かせる。


 琴奈は思い切り横に飛んだ。地面に倒れこむ。そしてその瞬間、つい数瞬前まで琴奈がいたところを鉄骨が通り過ぎ――


 彼女の目の前に、攻撃の構えをとる莉乃がいた。


「あ……」


 琴奈はつい、小さく呟いた。

 莉乃は鉄骨を投げた後それに隠れるように琴奈に近づいていた。

 今のように避けなければ直撃して死亡。逆側に避けたとしても、すぐに動けず死亡。結局のところ、詰みだった。


 だが琴奈は諦めようとしない。ここで死んだら明人に並べないから。家族を守れないから。


 だが現実は非情だ。どれほど考えようと、琴奈にこの窮地を脱する手段はなかった。


 莉乃がニヤリと笑い。



 そしてその時、琴奈の頭に様々なことが浮かび上がってくる。



(ああ、これが走馬灯ってやつなのかな……)


 琴奈はふと、そんなことを考えた。

 いろんなことがあった。ろくな人生じゃなかった。殺し、殺し、殺し尽くす。そんな生活を送っていた。


(でも、悪くなかった。それに……)


 やはり最後に思い浮かぶのは明人のこと。


(明人さん、大丈夫かな。今どこにいるのかな。……私、隣に立てたかな……)


 莉乃のナイフのような爪の先が、どんどん琴奈に近づいてくる。琴奈は動けない。だが彼女の思考ばかり加速して、いらないことばかり考えてしまっている。


(たった一年だけだけど楽しかったな。孤児院にいた時と変わらないくらい……もしかしたらそれ以上に楽しかったな)


 だからこそ、余計な感情まで生まれてくる。


(ああ……死にたく、ないなぁ……)


 だが琴奈には今何もできない。できないから、願ってしまった。


(助けて……助けてよ――明人さん……!!)


 琴奈は五年前に一度明人に命を救われている。だというのにもう一度救いを請う。それは傲慢なことだと、琴奈自身もわかっていた。

 だが願わずにはいられない。祈らずにはいられない。望まずにはいられない。


 確実に死は迫っている。


「じゃあね、黒羽琴奈」


 ポツリと莉乃が言った――その瞬間だった。



 ガシッ! と、誰かが莉乃の腕を掴んだ。


「え?」


 莉乃の爪は琴奈の顔の目の前ギリギリで動きを止める。先端が軽く額に刺さり、ツゥと血が少し流れた。


 そして。


「なに――うわあ!」


 その誰かは莉乃を投げ飛ばした。莉乃はクルクルと回転しながら吹き飛び、倒れこみながら自身を投げ飛ばした犯人を見る。

 見て――笑みを浮かべた。


 琴奈もようやく正気を取り戻し、その何者かに視線を向ける。

 向けて――涙を流した。



「へえ、来たんだ」


 そう、莉乃が言った。


「ああ、来た」


 そいつは、そう言った。

 いつもの黒いコートは破け、身体中に小さな傷。自身を赤黒く染め、刀を携えて口に布を巻き。

 琴奈をかばうように、彼女の前に立つ。


「あ……あ……」


 それは琴奈が望んだもの。だが彼女は目の前のものが信じられないとでもいうように震える。そして絞り出すようにして、口にした。


「明人……さん……」

「……ああ」


 喰鬼奴隷の男。

 自我持ちの男。


 呉嶋明人が――そこにいた。


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