04 囲碁で碁石
いろいろ非常識で申し訳ございません。和風異世界ファンタジーってことで。
2017/12/11 誤字脱字修正しました。
初めてのお遣いで失敗した私達に、罰として大量の書類書きとお文の取りまとめを命じられた。例の『桃の宴』がらみよ。
桃のお花見の宴だけど、一応公式行事なので、表向きの儀式の取りまとめや準備や手配などは、宮中文官の殿方のお仕事。でも、宴の方は後宮の女性が参加するので、後宮が絡む部分の取りまとめは、私達女官のお仕事なんですって。
去年の詳細をまとめた書類をた~くさん読まされたわ。覚えろって言われて、頭痛で眉間に皺が寄っちゃった。
「いいですか、各御殿から女御様方を始め、その側仕えの女房達も宴に参加されます。その人数の把握、御席の並び順やご案内、その後の宴のお手伝いなど、後宮の女性に関わる様々な手配が私達の仕事です。決まった事を文官の殿方にも連絡しなければななりません。しっかりやるのですよ!」
「はい! 頑張ります!」
「返事だけは頼もしいですね! では、まず各御殿への連絡のお文を書いてもらいます。今度こそ、失礼の無いようにね!」
嫌味にも取れる厳しいお言葉だけど、ここは素直に従うべしね。もう、あちこちで怒られるのは嫌だもの。
仕事は桐壺の広いお部屋で、萩内侍と一生懸命に、サラサラとお文を書きまくる。急いで殴り書きにならないよう、優美に上品に雅やかな字にしなくては! でも一字も間違う訳にはいかないから、集中してさらさら筆を滑らしていると、気が張って首ゴリゴリで肩が凝っちゃう。
本当のところ、物書きは結構好きなの。だから私は苦では無いわ。でも隣の萩内侍はそうでも無いらしく、ウンザリ顔で眉間に皺がよってる。
「あ~、もう嫌になりそう、何枚も何枚も……。あとはお遣いばかりだし。後宮の女官って、もっとこう、歌を詠んだり香合わせしたりとか、素敵な公達とお話したりとか雅やかな感じだと思ってたのに~」
「頑張って、萩内侍! いくら後宮でも、歌ばかり詠んでる訳ないと思うわ。それよりも宮中行事がこんなに面倒だなんて!」
「本当はこれ、麦内侍様のお仕事じゃないの? 私達に押し付けて、何処へ行かれてるのかしら?」
不満げに唇を突き出してぶつくさ呟く萩内侍にため息をついていると、私達の背後から影が差した。
「お文書きが不満だったら、私のお仕事と替わって差し上げてよ、二人とも!」
「む、麦内侍様!」
まずいわ! 抑え込んだ怒りに口元をヒクヒクさせている麦内侍様が、細く鋭い眼差しで恐ろし気に私達を睨み下ろしてる! 白目が光って見えて怖い!
「私がそのお文を書きましょう、全て一人で! だからあなた達は私の代わりに、四人の女御様方とその女房達に、宴の段取りを説明に行ってもらうわ、それぞれ一人でね!」
ひえ~! あの恐ろしい藤壺や梅壺に説明に行ってこいだなんて! そんな大それた御役目、怖くてできない! 下手な事を言うなり、四方を囲む女房達から不満や抗議の矢が雨のように降ってくるのが見える。その場で討ち死にしてしまうわ!
「申し訳ございません、麦内侍様! 私達が間違ってました!」
ベショっとつぶれるような勢いで二人そろって床に平伏して謝る。もう、なんか、参内してから謝ってばかりだわ。
「全くもう、最近の若い娘は! 分かれば良いのです、仕事を続けなさい。……あら、小桃内侍ってとても達筆なのね、流れるような綺麗な手蹟だわ。さすがあの老宮様のご推薦だけあるわね」
麦内侍様が気を取り直すためのため息をつかれてから、不意に背後から私の書いた書類を確認するためか、厳しい目で手元を覗き込んだ。すると思いがけず褒めてくれた! 嬉しい!
「畏れ入ります。でも萩内侍の方が優美です」
「そんな~。小桃内侍の方が女らしくて素敵よ。羨ましいわ!」
二人で褒め合って照れちゃう。麦内侍様はそんな私達に呆れながらも、私達が書いた内容をジッ見続けている。
どうやら後輩二人の仕事ぶりと言うか、出来具合をしっかり確認されているみたい。監督厳しく、さすがだわ。
「萩内侍は学問の御家柄のお血筋なだけに、明快で優美。二人とも、立ち直りの早さ以外に取り柄があって良かったわ」
先輩、最後のお言葉、褒められた気がしません。ほほほ、とか笑って去らないで下さい。
「申し上げます。梅壺からの遣いの者です。『桃の宴』の参加人数についてご連絡に参りました」
「え? 先日、既にご連絡いただいていますが……」
桐壺の外御簾の向こうから、若い女房が声を掛けて来た。梅壺からのお遣いね。でも言っている事が不安を誘う。だって、各御殿からの参加人数の連絡はもう貰っていて、宮中の担当省の文官に連絡済みだったから。嫌な予感に口元がヒクヒクして、なぜか冷や汗が流れてきたわ。
「梅壺ではさらに三人増えました。何でも藤壺では、我が御殿より多くの女房が参加されるとか。ならばこちらも体面がございますから、人数を増やさねばなりません。なので、よろしくお願いします」
「……はい。承りました」
もう一度、参加人数表を書き改めて、担当省の文官に連絡しなきゃ! なんてため息ついて思った途端、次から次へと何度も変更連絡がやって来た! もう止めて~!
あちらの御殿からそんなに参加されるのならこちらも! とか、やっぱり都合が悪くなって減りましたとか! でもやっぱり違う女房が代わりに出たいとか!
「小桃内侍~! どうしましょう! 変更ばっかりで、私もう、何が何だか人数が分からないわ! うえ~ん!」
「泣かないで、萩内侍! もう一度整理するのよ! ええと、藤壺が……で、弘徽殿が……」
「でも、また変更連絡が来たら? 増えただの減っただの、書き留めても書き留めても、どんどん変わるのよ!」
可愛いぱっちりお目目から涙が零れてる。いや、泣いてもしようがないでしょ! お文が涙で滲んでしまう。でもここで投げ出すわけにはいかないわ! 後宮女官として何としても無事に『桃の宴』を成功させなければ、私達、桐壺女官の面子に関わるのよ!
でも、萩内侍はまたまたやって来たお遣いから人数変更の知らせを聞いて、蓮の葉の上の白玉のような露の涙をぽろぽろ零す。私だって泣きたいわ! んん? 白玉?
ふと思いついた私は、この桐壺に置いてある先輩の囲碁の碁石を納めた碁器の木箱を持ってきた。白と黒の玉石、これよ!
「まだ仕事中よ、小桃内侍。いくらなんでもこんな時に、囲碁には付き合えないわ! 気分転換してる場合じゃないでしょ!」
「いえ、遊ぶのではないの。これよ! これで人数を数えておくのよ」
萩内侍の白玉の涙で、私、思い出したの。うんと幼い頃、お顔もおぼろげな母上と碁石で数を数える遊びをしたことを。碁石を一つ二つと数えて、数を覚えたのよ。
「碁石でどうするの?」
コテンと萩内侍が首を可愛く傾げる。
「だから、例えばこの空箱を承香殿に見立てて、参加人数分の碁石を入れておくの。変更人数分だけ碁石を加えたり減らしたりするのよ。そうすれば、誰が何度受け聞いても、最後に碁石を数えればいいの!」
「なるほど! これなら高価な紙も無駄にしなくて済むわ! 殿上人の名を書いた簡の簡単版ね。凄いわ、小桃内侍! 私、感動した! あなた、見かけより頭が良いのね!」
「見かけより、は余計よ。碁石が多すぎても邪魔だから、一人で白石一つ、五人で黒石一つにしましょう」
私達は石を入れる適当な木箱を探し出し、側面に御殿名を書いた紙を貼る。これで一安心。どちらか一人が変更を聞けば、石を入れたり抜いたりするだけだもの。思った通り、あの後も変更連絡が来たけど、もう怖くないわ。
互いに気楽になったせいか、ニコニコ笑顔でお遣いの方に御簾越しに応対できたの。私達に嫌な顔をされると思っていたらしいお遣いの女房達は、私達の機嫌の良さ丁寧さに少し驚いていたわ。
「弘徽殿様、三人追加です!」
「は~い! 三人ですね!」
私が背後に振り向きざまそう言うと、可愛い声で萩内侍も応え、ちゃらんと四つの箱の一つに碁石を入れてた。その後も気分良くさらさらとお文書きを続ける。まあ書き物が捗る事!
そこへ、稲典侍様と麦内侍様が揃ってお出でになられた。お遣いの多さに心配になったみたい。お二人とも不安げに奥御簾前に座られ、私達を見つめたわ。
「仕事の方は進みましたか、小桃内侍、萩内侍? 先程からやたらお遣いが来ていたようですけど、また参加人数の問題が?」
「きちんと人数が分かっていますか? 毎回変更が多く、桐壺を離れられなくなる程で、大変なのは分かっているけど……」
「大丈夫です。きちんと把握できております!」
えへん! とばかりに得意気に胸を張って答えちゃった! 何故かお二人はその私の様子で、尚一層不安に満ちた目を向けてくる。だから、大丈夫ですって!
私が考えた、碁石による人数の数え方を説明してみました。お二人とも目を見開き、慌てて驚き空いた口元を扇で隠された。
「これなら、二人が座を外していても、誰かが代理でお遣いからのお話を受けられますわね、稲典侍様」
「まあ、石で人数を示すだなんて、少々、女御様方に不敬な気もしますが、高価な紙を無駄にしない素晴らしい案です」
わ~い! 麦内侍様だけでなく稲典侍様にまで褒められてしまった、嬉しい! 失敗ばかりでは心が挫けてしまうもの、たまには良いわよね!
「ならば安心してお遣いを頼めますね。小桃内侍、あなたに左大臣家へお遣いとして行ってもらいます。萩内侍は、前回の汚名挽回に、書き上がったお文を各御殿へお渡しに行って下さい」
「あ、あの何故、私は左大臣家に伺うのでしょうか?」
突然の後宮の外へのお遣いに驚いた。しばらくは、後宮から出る事なんてできないと思っていたから。
「東宮様には、承香殿の女御様がお産みになられた七歳の男皇子の親王様がおられます。この親王様は、女御様のご実家の左大臣家で、祖母君にご養育されておられるのです。承香殿の女御様はただ今ご懐妊中でお具合がよろしくないので、お元気な親王様のお相手はなかなか……。それでもやはり我が子に会いたいと仰せられ、この度の『桃の宴』にご招待の形で御所にお招きになる事になりました」
ふう、と稲典侍様は一息つかれる。母親と引き離されている親王様を可哀想に思われたみたい。まだ七歳なら、母上様を恋しく思われているでしょうね。私だって、母上に会えなくなった時は悲しくて……。
「将来、東宮になられるかもしれない親王様です。祖母君が身の危険をそれはそれは心配されて、左大臣邸から出そうとしないのですよ。なので、まずは東宮様からのご招待がある事と、宴についての説明をしてきて欲しいの。東宮様より、正式な勅使ではない形でお遣いを出して欲しいと命じられました」
「最初は、私が参るつもりでしたが、私は右大臣家の弘徽殿様と藤壺の中宮様にお話を通さねばならないの」
麦内侍様が言われたような、中宮様のご機嫌を取りつつお話を進める、なんて私にできるはずはないし。稲典侍様が出ると大事かも。なるほどと納得した。
「お役目、承りました。私、左大臣家へ参ります」
承ったのは良いけど、左大臣家って、あの頼隆様がお仕えするお家なのよね。会ってしまったら気まずいかしら? でも、そんな理由でやっぱり嫌ですなんて、女官としては言えないし……。
なんのかんの悩みながら、私はお遣いのお文を入れた文箱を持って、女官らしく重い唐衣裳姿で、手配されてた牛車に乗り込んだ。もうじき桃の花が咲くのに、まだ薄ら寒いなあなんて思いながら。
牛車を引く牛についている牛飼い童が、涙ぐんだ声を牛車の御簾向こうから掛けてくる。
「あの~、内侍様、いかが致しましょう?」
「いかが致すって、どうして私に尋ねるのよ、こういう事を! どうしろと?」
でもこの牛飼い童は褒めてやらねば。だって、まだ成人前の十二・三歳くらいなのに、この子は逃げずにいるのだから。いえ、逃げられなかったのかしら、足が震えて。
側についていたはずの大人の家人達は(たぶん大路周囲の人々も)、先程「わ~!」とか言って、牛車を私を置いて逃げて行ってしまったんだもの。私だってガクガクのブルブルよ! 牛車の中にいる私は逃げられない!
牛車の前御簾の向こう、真昼の都大路の真ん中に変な物が見えているの! ソレが牛車の行く手を阻んでいる。
あれは一体何? いえ、何かは見れば分かるの。でも、誰か働き過ぎの、気のせいだと言ってよ!
「……ねえ、あれは亀よね!」
「はい。内侍様、亀だと思います! 黒い甲羅があって、足が合って、尻尾も、長い首もありますから亀です!」
泣いてるわ。私の周りは泣きべそかきが多いわね、って一瞬心だけ逃げてみた。ダメよ、扇の向こうの前を見て、私!
なんで、この都大路にあんなに大きい亀がいるの? しかもひっくり返って、足をバタバタあわあわしているではないの! 牛車と同じくらい大きくて、甲羅がまるで碁石の黒石、腹側は白石みたい!
この亀、私にどうしろっていうのよ!




