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02 お遣いで雷

本日2話目です。初めての方は、前話からお読み願います。

 参内早々、早速、やらかしちゃいました! ああ、何故もっと詳しく先輩方に尋ねなかったのだろう!! きっと先輩方には当たり前すぎて思いもしなかったのよ!

 ええ、本当に、後宮は目にも眩しくキラキラ、バリバリ火花が飛び交う世界でした。



 ここ後宮はたくさんの御殿が簀子(すのこ)で繋がり合って、本当に広い。申し訳ないけど、比べてしまうと叔父の邸って小さいわね。あちこち何度も増改築をしているらしく(火事も多かった)、新しい材木や古い建物が混在している。でも造りは全て上品かつ優雅で繊細。例え古びていても、どこもかしこも綺麗に整えられているわ。


 女官の内侍の下っ端とはいえ、貴族の女は嗜み上顔を見られる訳にはいかないから、こうして後宮をお淑やかにしずしず歩いている最中も扇で顔を隠すの。でもそれが助かるわ。緊張と不安でドキドキして、顔が熱い。きっと桃みたいに赤く染まってるから。


 基本、女の世界のはずだけど、多くの女官や女房の他に何人もの上品な公達が行き交うので、男性に慣れない私はどきどき緊張! きっと女達の親類縁者なのだろう。女達それぞれが身に纏っている衣装の(うちぎ)は、美しくまるで花々を織り込んだように艶やか。そこはかとなく漂う香も上品で……。

 更には、家屋の外の庭も、様々な身分の人々が歩き回っていて、人の多さにびっくりおどおどしてしまう。


 あちこちの御殿で、家屋と外を分ける御簾越しに座り込んだ公達と女房が何やら話の遣り取りして楽しそうだったり、真剣だったり。後宮の雅やかって、想像していたのとは違う気がするわ。のんびりゆったりと歌の遣り取りなんてしていないようね。

 お遣いをするために後宮で働く子供、愛らしい衣装を纏った女童(めのわらわ)や文遣いの童も、騒いだりせずお利口そうに上品に多く行き交う。どれだけたくさんのお文が行き来しているのか。


 見慣れない世界に扇越しにキョロキョロしていたら、何故か先導してくれている先輩にバレて「キョロキョロしないの!」と小声で怒られてしまいました。


 案内された後宮の一番北側端、この桐壺(きりつぼ)で、女官を束ねる初老の(いねの)典侍(ないしのすけ)様に深々を伏して礼をとり、ご挨拶をしました。


「あなたが新しい内侍(ないし)ですね。お母上の(ももの)内侍のことは存じ上げていますよ。実に働き者の見事な内侍でした。その御子のあなたは、そうね、小桃(こもも)内侍(ないし)とお呼びしましょう。後宮だからと浮かれることのないように」

「はい。不束者ですが、何卒ご指導、よろしくお願い致します」


 賜ったお部屋は、桐壺の中の更に北舎の(つぼね)。新参の下っ端内侍に相応しい場所。新しい訳でも無いけど、ボロい訳でもない古びたお部屋。

 いえ、別に、帝や東宮様のお言葉を聞くどころか、お姿もお見掛けできそうにない場所でも文句は言いません。それが新参者ってものですよ。内侍のお仕事が貴人の方々の書類書きだからといって、すぐにそんなお仕事できるとは思っていませんでしたとも。


「あなたには正直に申します。帝様または東宮様の女御様方にお仕えする女房達と、ここの桐壺の女官の仕事は違うものと心得なさい。決して雅やかで華やかな物だけではありません。厳しいですよ」

「あの、伺ってもよろしいでしょうか? どの様に厳しいのでしょうか?」

「いずれ分かります。あなたの前任者は、付いて行けないと後宮を辞してしまいました。あなたにはお母上のような根性があると、大いに期待をかけています」


 辞めたくなるほどの仕事って、一体何なのか怖くなる。母上とは幼い頃死に分かれてしまったから、後宮での体験話は聞いたことが無いのよね。

 

「小桃内侍、同室の(はぎの)内侍よ、よろしくね」


 まあ、可愛い! 稲典侍様から許可をいただいて(つぼね)に下がると、私と同年代くらいなのにお目目パッチリで幼げな風情の可愛らしい女官が出迎えてくれた。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。いろいろ教えて下さい」

「ええ、よろしくてよ。と言っても、私も一昨日参内したばかりなの。一緒に頑張りましょうね」


 にっこり可愛らし気に微笑んでくれた。優しく親し気な雰囲気にホッとする。この子となら同じ局で上手くやっていけそう。話をするに、とある大国受領の娘で、下手な貴族より裕福なお育ちの姫様みたい。そのちょっと頼りない感じが、庇護欲をそそる。でも、親御様は、よくこの幼げな子を出仕させる気になったわね。


「萩内侍と小桃内侍、出ていらっしゃい。仕事の説明をしますよ」

「先輩の(むぎ)内侍様だわ。行きましょう、小桃内侍。って、その前に私の裳裾、乱れてない? 身嗜みにはとても煩いのよ」


 局を仕切る屏風向こうから先輩内侍の声が掛かり、慌てて二人で互いに唐衣裳(からぎぬも)姿を確認し合う。畏れ多くも帝や東宮様のお住まいになる後宮にお仕えするのだから、と実家よりも非常に気を遣うわ。

 先輩を先頭に、扇で顔を隠しつつ急いでかつ優雅にしずしずと、北舎から渡殿(わたどの)の橋を渡って先輩上司方のおられる桐壺へ向かった。


「まずは、顔見世の挨拶を兼ねて、あなた達にはこの書状を各御殿へ『一緒』に届けてもらいます。内容は、恒例行事の『桃の宴』の件です。各御殿から何人が参加されるかご連絡下さい、と書かれています。女御様方とその女房方に、くれぐれもご無礼の無いよう、気合を入れて『一緒』にお行きなさい」

「はい!」


 四通渡されたから、二人平等に二通ずつ分けましょう。帝様と東宮様の女御様お一人ずつね。この後宮では絶対に忘れてはならない権力派閥を意識して、私達は天下一・二位を争う右大臣派と左大臣派に分かれて届けることにした。


 現在、後宮におられるのは、帝様にはお妃様がお二人。右大臣家の藤壺ふじつぼの中宮様と左大臣家の梅壺うめつぼの女御様。東宮様には同じく右大臣家の弘徽殿(こきでん)の女御様と左大臣家の承香殿(じょうこうでん)の女御様。

 ああ、建物の場所と人物関係を覚えるのが大変! だから、女後様方は本来のお名前ではなく『お住まいの御殿の女御様』で通っている。いや、昔から皆さん、私と同じことを思ったのね、きっと。

 実は身分の低い者がお名をお呼びするのは失礼だからだ、と後で先輩に教えられましたが。


 それにしても、後宮の御殿の配置に慣れてないから迷いそう。碌に出歩いたこともない私は、よく寺社参りの際に道に迷う。ここでも同じ。でも東西南北に分かりやすく御殿は建てられているから何とかなるかな。


 私は左大臣派の書状を担当にして、萩内侍が右大臣派。私はまずは一番遠い梅壺から回ろうかな。北端の私達の桐壺から一旦南に降りて、西奥へ行かなきゃ! そうすれば承香殿(じょうこうでん)は帰り道になるし。


「萩内侍、私達の初仕事よ! 頑張りましょう!」

「ええ、後で桐壺で落ち合って、『一緒』に麦内侍様にご報告しましょうね。置いていっては嫌よ、うふふ」


 雅やかな後宮で、如何にも内侍に相応しい貴人への公式書状のお届け仕事に、私達はウキウキ舞い上がった。だって正々堂々と各御殿へ行けるのだもの。下手すれば、ずっと桐壺に押し込められっぱなしと思っていたから。

 下っ端とは言え、威厳を持って下の女官をそれぞれ引き連れて、上品に扇片手に私達は桐壺を出発した。


 緊張しながら扇で顔を隠しつつ、しずしずと袴と裳裾を引き摺り、たまに行き会う偉そうな女房や女官に腰低く挨拶しながら簀子(すのこ)をゆっくり歩み進むの。あちらこちらの御殿の御簾内から誰がどんな風に見ているか分からないから。

 

 帝の女御様方は、帝の御住いの清涼殿近くの御殿におられる。そこに行くにはその清涼殿の前を通らねばならないから、緊張のあまり胸がバクバク! 疚しい事をしに行く訳でも無いのに、何故か誰かに呼び止められてしまうのではと思ってしまうのよ!


 難なく清涼殿前を通り抜けて、一番奥の梅壺を目指す。一瞬、ゾクッと殺意にも似た冷気が背を突き抜けたような気がしたのは、藤壺御殿の外御簾前を通り過ぎた時だった。何だったんだろう?


「失礼致します。新参者の小桃内侍と申します。恒例行事の『桃の宴』についての書状をお持ちしました」


 梅壺前で取次役らしい御簾内近くにいた女房に声を掛ける。するとズリズリと重い衣装を引き摺る音がして、誰かが受付の声を返してくれた。


「ほほほ、可愛らしい内侍だこと。この梅壺に一番に参るとは気が利きますね。書状、確かに受け取りました。後日、お返事致しますと稲典侍にお伝え下さいな」

「畏まりました。今後とも、よろしくお願い致します」


 はあ、無事にお渡しできた。次は一番南の承香殿(じょうこうでんの)女御様。帰り道だから迷う心配無し。そして、ここも問題なく書状をお渡し出来て承香殿(じょうこうでん)前の簀子でホッと安堵の一息。無事初仕事を終えることができて良かった。


 なんて思ったのは早すぎた! 大失敗をやらかしたのを知ったのは、大泣きしながら萩内侍が小走りでこちらへやって来るのが見えたからよ! ボロボロ大粒の涙を流す萩内侍をガシッと受け止める。こうして立って抱き止めて見ると、結構小柄で可愛い、ではなくてしっかりして!


「ど、どうしたの! こんな所で大泣きして!」

「うえ~ん! 小桃内侍! どうしましょう! 藤壺の女房様方が大激怒なの~! ええ~ん!」

「お怒りなの? なら、早く謝ってしまいましょう! 私も行くから!」

「グスッ……、というか、小桃内侍にもお怒りなのよ! 無礼者だって! 私、怖い!」


 うえええ! と袖を覆って泣く萩内侍を連れて、とにかく藤壺へと私達は急ぎ戻る。御殿の外御簾前に辿り着くや、女御様方とそのお仕えする女房方の巨大かつ強力な雷が、新参女官の私達を打ち抜いた。あまりの恐ろしさに、深々と簀子で伏しながら私も涙溢れて身がすくみ、萩内侍なんて蹲ってただただ泣くばかり。私だって泣きたい!


「畏れ多くも東宮様の母上様でいらっしゃる、藤壺の中宮様へのご挨拶も無いまま素通りしただけでなく、梅壺へ先に行くとは! 更には、恒例行事の『桃の宴』についての書状のお渡しを、東宮女御様方よりも遅く最後に届けに上がるとは、何たる無礼か! 藤壺の中宮様は一番身分が低いと、そう言いたいのか!」

「とんでもございません。大変失礼いたしました。申し訳ございません! 不慣れな者で!」

「言い訳無用!」


 激しく怒られながら、よくよく考えてみる。恐ろしくも私は第一位の妃の中宮様より梅壺女御様の御殿へ先に行ってしまい、更に悪いことに、萩内侍は、桐壺御殿に近い、東宮女御様方の御殿から回ってしまったのよ。だから、無邪気な萩内侍が藤壺に到着するなり、目ざとい女房に大きな雷を落とされてしまったらしい。


 ああ、先輩の稲内侍のしつこい『一緒に』と言うのは、呼吸を合わせて帝の御二人の妃様の御殿を遅れず訪問する事、また次の東宮女御様にも同じように呼吸を合わせて訪問する事を言っていたのだわ! 今頃理解するなんて、私、なんて愚かなの!


 平身低頭の私達に、貶められたと憤慨する藤壺女房の雷が落ち止まない。気楽な叔父様の邸内ではあまり気にすることも無かった身分上下関係、縄張りを荒らされた猫の様な女の怒り! で痛い! 胃の腑が痛い!


 ああ、どうしよう!!


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