表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/21

7 調子

       Ⅶ     Side:S



 カロルに対して、これほど助かったと思ったのはいつ以来だろう。

 誰かに対して、怒鳴ったのはいつ以来だろう。

 笑ったのは、いつ以来だろう。

 とても懐かしい気分がした。シキという名前に、アキという名前に。

「おーい、シルビオー、本題はいいのかなー?」

「ん、そうだな」

 呑気な声にすくい上げられる。だが、どうも気まずくてたまらない。

 カロルが隣に座ってきたことをいいことに、シルビオは考えた。レイラには聞こえないよう、小声で告げる。

「おまえが振れ」

「なんで僕が?」

「本題、分かるだろ」

「やれやれ」

 溜息を吐きながらも、彼は受諾してくれた。シルビオは心の中で安堵する。

「本題の質問だよ。どうして、キミはここに来たのかな?」

 カロルを見ながら、シルビオは思う。よくもそんな気持ちのいい笑顔をできるものだと感心したことは、今は黙っておくことにしよう。

 今は聞かなければならない。悪夢であろうことの警鐘を。

 どこに転がっても、いいことにはならないという予感がしている。だが、構うものか。地獄でももう戻れない。ここにある時間を進むしかないのだ。

「私がここにきた理由、それは助けを求めるため。ヘルハルト――王位継承権、第一位の兄様が兵を挙げて、今夜、アキ兄さんを殺しに行くから」

 予想とはちがった話に、シルビオもカロルも目を丸くする。王ではなく、王子が動くとは。

 黙って視線を合わせる彼らに構わず、レイラは話を続ける。

「ヘルハルト兄様がその計画を話していた相手は、母様だった。母様は昔から兄様のことが大好きだし、たぶん一番に応援してる。だから、邪魔者を排除するのにはきっと躊躇わないわ。だから……!」

 レイラの瞳から涙がこぼれた。彼女は自分でそれを力強く拭い、頭を下げる。

「おねがい、アキ兄さんを助けに行きたいの。一緒に行ってほしい」

 開いた口が塞がらない。シルビオはそこまで驚いているというわけでもない。ただ本当に、開いた口が塞がりそうにないのだ。

「顔を、上げろよ、姫さん」

「……シルビオ?」

「俺なんかに、頭まで下げんな。調子狂うだろ」

 シルビオは自身の口から出た言葉に驚く。彼女とは目を合わせまいと向いた先で、カロルが楽しそうに笑っていた。

「ちょっと、何言ってんのよ?」

「なんでもない、今のは忘れろ。それで、なんだ……あんたも一緒に行くのか?」

「ええ、もちろん。私を置いては行かせない」

「分かった」

 少し道が逸れてしまったが、これでいい。

 レイラが何を求めているかは分かっていた。だから、迷わない。

 何年振りだろう、彼と会うのは。やっと顔を合わせ、言葉を交わすことができる。

「それじゃあ、出発するぞ」

「そうね、時間がないわ」

 二人は席を立ち、家の外へ出た。レイラの連れてきた馬に跨がり、カロルの側へ寄る。

「じゃあ、僕は町の方を見てくるよ。状況の把握はしておかないとね」

「頼んだぞ、カロル」

「了解」

 カロルに見送られて、二人は漆黒の城へと向かって進む。

 シルビオは森を迷うことなく馬を走らせ、レイラはその背後でひんやりとした空気を感じていた。

 そのうち、木々の隙間からヒューッと冷たい風が吹き抜け、漆黒の建物が彼らの視界に入ってくる。

 しかし、シルビオは走りを止めなかった。今に止まってしまえば、やがて進めなくなってしまうだろうから。

 急がなければ、城の入り口まで。あとは、流れで自然と進んでいくはずだ。



「…………」

 城の前に着くと、シルビオは無言でそれを見上げた。

 凜とそびえ立つ様には、思わず身震いがする。これが恐怖によるものなのか、かたや興奮によるものなのかは分からない。だが、ぞくぞくとする感覚が止まらないでいた。

「シルビオ、入らないの?」

 レイラに話しかけられても、シルビオは視線を城へと向けたままでいる。

 彼女を救い出しに来た時は、まだ現状を把握していなかった。フレディが「アキ」であることはもちろん、彼の存否さえ分かっていなかったのだ。

 確信してから、こういう様である。我ながら、驚きの情けなさだ。

「ねぇ、シルビオ!」

 現実に追いつけていない頭の中で、レイラの声が響いた。前襟を掴まれていれば、それもそうだろう。

「な、なんだ!」

「どこに意識を飛ばしているの? 行きましょうよ、中に」

「あ、ああ、そうだな」

 レイラが掴んでいた手を放した。彼女のぬくもりにそっと触れ、シルビオは前を歩く。

 無駄な期待が砕かれようが、構わない。根拠はないが、温かさに包まれた気がした。

 そう、このときはまだ、本当に詳しいことなど考えていなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ