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6 狭間

       Ⅵ     Side:L



 フレディ、いや……アキ兄さんは、いつも楽しそうに、哀しそうに、懐かしそうに話してくれた。

 大切な友だち、大好きな友だち――彼がどれほど楽しい日々を過ごしていたのか、よく分かった。

 そんな様子が嬉しかった。ずっと側でそれを見ていたかった、共有していたかった。

 けれど、話が進むにつれて、彼の笑顔は消えて見えなくなった。

「みんな、なくなった。死んじゃったんだ」

 暗い顔で静かに言った。私は恐ろしく感じて、何も言えなかった。ただ、じっと彼を見つめて続きを待った。

「友だちの一人は既に、養子に行っていたようだけど、他の子は……」

 やめて、その話はいやだ。そんな顔をして話さないで――と涙を浮かべたら、兄さんはそっとそれを拭ってくれた。そして、笑顔で「ごめんね、でも聞いて欲しいんだ」とまっすぐに言った。私は嬉しくて、首を縦に振る。

「その中にはたぶん、親友もいたと思うんだ。何にも染まりそうにない純白の髪で、海みたいな瞳をした男の子。彼は強い心を持っていて、とても頼りになるんだ。僕の憧れだったんだよ。もう一度、彼に会いたかった」

「その人、生きてるかもしれないよ?」

「そうだね、分からないね」

「できるなら、私も会ってみたいわ。ねえ、その人は何て名前なの?」

「シキ。彼の名前はシキだよ。……彼に、会えるといいね」

 その台詞は、どんな気持ちで言ってくれたのだろう。彼の笑顔が一瞬だが、曇っていたような気がした。

 そして、記憶の中の彼は、いつだって眼帯をしていた。



       *



 ふっと目が覚め、レイラは状態を起こした。そして、はっとする。

「えっと……」

 すぐ目の前で、シルビオが呆れ顔のまま睨み付けているのだ。冷や汗が流れる。

「おはよう、お姫様。いい夢は見れたのかな?」

 明らかに怒っている。何かしただろうか。いや、そもそも彼の家でぐっすり寝た事実は、十分にその材料であるのだが。

「シルビオ、ごめんなさい。こんなぐっすり寝るつもりじゃ……ってあれ、私、シルビオの家に辿り着いている? しかも、今は朝……?」

 前方から溜息が聞こえた。本当に申し訳ないという気持ちが沸き上がる。怒鳴られることを覚悟したレイラだが、シルビオは真っ直ぐに彼女を見つめつつ、今度は深く呼吸をした。

「んで、落ち着いたか?」

 彼の落ち着き様に首を傾げたレイラは、うんと頷く。シルビオは座っている椅子をキィと鳴らして、身体を机に近づけた。

「昨日の様子をよく覚えていないのなら、それでもいい。こちらから話を振らせてもらうぞ。俺は聞きたいことがある。まず、あんたがここに来た理由だ。それから」

 彼は急に言葉を切った。何事かと、俯き気味だったレイラはふと顔を上げようとした。そのとき、彼の右手が彼女のあごをすくった。

「えっ」

 驚きは突然の行動によるものだけではない。彼女を見つめるシルビオの瞳が、きらりきらりと光っている。今にも泣きそうなほど、真剣な眼差しだった。

「なんで昨夜、俺のことを『シキ』と呼んだ?」

 青い瞳から目を逸らせないまま、レイラはその理由を思い浮かべる。昨晩のことはよく覚えていないが、そう呼んだことは間違いない。

「ごめんなさい。私、とても焦っていたみたいで、その名前を……」

「俺は謝罪なんて求めちゃいない。理由が知りたいんだ。俺をその名前で呼んだ理由、いや、少し違うな。あんたが何故その名前を知っているのか、それが知りたい」

「それって、認めているの? あなたがシキであると」

「いいから答えろ。質問してんのは俺だ。今は何も詮索しないで、答えてくれ」

 これまでと同じ強い口調、だが今までになかった必死さが見える。シルビオの右手をはずし、レイラは空気を吸った。

「聞いていたの、フレディ兄様――いいえ、アキ兄さんから。昔の、彼が孤児院にいたときの話を。そのとき、親友だったと教えてくれた人の特徴が、あなたと同じだったから」

 彼女から直接に話を聞き、シルビオの熱は冷めたらしい。

 彼は「そうか」とだけ言って、落ち着きを取り戻そうと目を閉じる。しばらくした後に目を開くと、背もたれに体重を預けて口を開いた。

「やっぱり、そうだよな。アイツが心を開いてたって訳か」

「開いてもらったのよ。王宮ではみんな、アキ兄さんを避けていた。けれど、私にはそれが理解できなかった。なぜ、そこまで嫌われているのか、彼はいい人なのにって。だから、どんなに止められても、拒まれても、諦めきれないで近づいた。そのうちに、彼は私を受け入れてくれたの。二人での話は、二人だけの秘密だと約束をして」

 話を聞いたシルビオは、小さいが柔らかく笑ったように見えた。笑顔という概念の存在を危ぶんでいたから、レイラは少し安心する。だが、これで終わりではない。

「それで? 私は答えたから、次はあなたの番よ」

「そーだな」

 調子よくレイラが言うと、シルビオは表情を変えて、やる気ない声を発した。

 カチンときそうになったが、笑顔で包み隠して質問を繰り返す。

「あなたは、本当に『シキ』なのね?」

「ああ、以前は『シキ』と名乗っていた。だが、今はちがう。俺はシルビオだ」

「どうして、名前を変えたの?」

「楽しかった日々を守りたいからだ」

「なんで、そうまでして守ろうとするの? それじゃあ、閉じ込めるようなものじゃない。閉じ込めて、なかったことに――」

「ちがう。閉じ込めて、過去を過去のままにする」

「そんなの、おかしい!」

「うるさい! 放っておいてくれ」

 家中に響く、大きな声だった。

 シルビオは机に突っ伏し、レイラは机の上で拳を握りしめる。レイラだけでなく、シルビオも、どうしたらいいか分からない様子だ。

 そのとき、玄関口が開いた。

「おっと、どうしたの? 空気が重たいけど、ケンカでもした?」

 まるで見聞きしていたかのように、だが他人事としてカロルは訊ねた。顎に手を当てて二人を観察する。彼は興味本位で訊ねたのだと、レイラは確信した。

 空気が重いと口では言っていたが、カロルは相変わらず風のように軽々としている。

 髪をひらりとさせつつ歩く彼を眺めながら、レイラはふと思う。

 ――そういえば、カロルは今までどこに行っていたのかしら?

 どうしてか、彼女は昨晩に彼を見かけた気がしているが、実際にその姿を見た覚えはない。

 狼に遭遇したところまでは覚えているが、それ以降は記憶がない――というより、部分的にしか覚えていない。本当に出くわしてしまったことや予想以上の数だったことで、パニックを起こしてしまっていたのだろう。

「あーもう、黙り切っちゃってさ……おーい、シルビオー、本題はいいのかなー?」

「ん、そうだな」

 シルビオはむくりと身体を起こすと、背筋を伸ばして腕を組んだ。そして、隣に腰掛けたカロルに向かって何かを言う。レイラには聞こえていない。

 やがて二人の小会議が終わり、カロルが彼女の目を見つめる。

「本題の質問だよ。どうして、キミはここに来たのかな?」

 レイラに向かって話を始めたのは、にっこりと笑みを浮かべたカロルだった。


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