3 嫌悪感
Ⅲ Side:S
レイラという娘を家に入れる。この家に他人を招き入れるのは初めてだ。木で作られた、最低限のものしか揃っていない家。人を呼ぶ理由がない。そもそも、呼べるような知り合いなどいないが。
それが……客人第一号が、まさか王族の姫になろうとは。
「どうだ、何もないだろ? こういうモンさ」
「そんな、言うほど悪くないじゃない。これはこれで素敵よ」
「嫌味か? 冗談はよせよ」
「そんなつもりないわ。だって、森は心が落ち着くし、私は好きだって思ったもの」
シルビオは彼女の言葉を疑う。王族に良さが分かるものか、と。
そう考えたら、ひどくイライラとしてきた。
――見るな。そんな期待を込めた眼差しで、俺の部屋を見るな。
「そういえば、あなたは一人で暮らしているの?」
――光に喜ぶ葉のように輝いた瞳で、俺を見ないでくれ。
「シルビオ?」
気持ちが抑えきれなくなり、さらに苛つきが増す。彼女の質問は無視し、空いている部屋へと案内することにした。
「ついてきてくれ」
「えっ、ちょっと!」
質素な一階を通り過ぎ、二階へと上がる。扉を開けると、日の光が良く入った部屋が出迎えた。窓を開け放していたから、空気は心地いいだろう。
「ここは好きに使ってくれて構わない。狭くて落ち着かないかもしれないが」
「十分よ、ありがとう。……ねえ、泊めてもらうのだから、何かお手伝いをしたいのだけれど」
「結構だ、お姫様」
「…………」
被せるように断ると、彼女は黙ってしまった。言い過ぎたようだ。しかし、仲良くする気はないから、彼女に嫌われようが一向に構わない。
「食事のときに呼ぶ。ごゆっくり」
「待って。一個、聞いて欲しいの」
「なんだ?」
「あれは……私を城に連れて行ったのは、兄様だった」
「あんたの兄様、知らない」
「フレディ王子よ、知ってるでしょう?」
「いや、知らない」
「嘘でしょう?」
「ごゆっくり」
シルビオは逃げるように扉を閉めた。
彼は本当に知らない。「フレディ王子」という男は、知らないのだ。知りたくもない。
「くそっ」
階段を降りつつ、溜息を吐く。白い頭を掻きむしっていると、一階からクスクスと笑う声が聞こえてきた。
肩を過ぎる灰色の髪、純粋な色に輝く紫の瞳。中性的な顔立ちに対して、しっかりとした体格と高身長。そして、観察するように動かしている視線。
これは完璧に面白がられている。
シルビオと目が合うと、彼は涼しげな笑顔を向けた。
「やあ、シルビオ」
「おい、帰ってたなら教えろ」
「えぇ? 僕はずっとこの辺にいたけどな」
「カロル、俺はなんかイライラしてんだ。刺激しないでくれ」
「珍しいね。だいぶ神経を使ってしまったのかな?」
「うるさい」
「ははっ」
呑気な笑いを発するカロルに溜息を吐き、シルビオは食料保管庫を開けた。中身がほとんど空であることに、シルビオは苦い顔をする。
その肩に、カロルが腕を置いた。わざわざ背後に立つとは、とシルビオは眉を寄せる。
「ちゃーんと調達してきたよ?」
「ご苦労だったな、カロル」
視線を合わせることなく袋を受け取り、シルビオは野菜などを取り出す。料理にでも集中して、気を紛らわせたいのだ。
「今夜が楽しみだなぁ」
「もう黙ってろ」
どんな態度で言葉を返されても、カロルはにこにこと笑う。好奇心などの様々な感情が混じった声に比べて、その顔はとてもきれいだ。
「分かったよ。じゃあ、僕はレイラ姫に挨拶してこようかな」
「余計なことは喋るなよ」
「余計なことって何かな?」
「分かってるだろ」
カロルは両方の掌を上に向けて、さあね? と表す。もう放っておこうとシルビオは決めた。
二階へと上がって行く足音を聞きながら、シルビオはその手で火を着けた。