1 場違い
Ⅰ Side:S
建物内に漂う高級な匂い、足下で響くは豪壮な音。そこは一ミリの曇りもなく、煌びやかで鮮やかである。
「ふーん」
シルビオは初めて王宮に足を踏み入れた。それもそうだ。特別なことなしに、軽々と入れるような場所ではない。
彼が身につけているのは、白いシャツ、ベージュのベスト、焦げ茶色のズボンに黒いブーツだ。華やかな空間に、その質素な青年は相応しくない。加えて、純白な髪と海のような青い瞳は、彼の存在をさらに異質なものとしていた。
高貴な空気にぞわりと鳥肌を立てつつ、シルビオは案内されるままに国王の部屋に入った。王は赤い椅子に腰掛け、よく来てくれたと彼を迎える。
王に対して自己紹介を済ませた後、そこで長々と事件の概要について家来から話を聞くことになった。
とても退屈な話だ。耳は大事な単語だけを拾い、あとの話は綺麗さっぱりと受け流す。
「――ということなので、貴殿には攫われた姫の救出を命じる」
「はぁ」
長い話がやっと終わりを告げたことで、シルビオから気の抜けた声が出た。取捨選択にだいぶ神経を使ってしまったらしい。
「し、しっかり話を聞かんか、貴様!」
説明を任されていた男が苛立ちに声を荒げるが、シルビオにはまったく響かない。はい、すみませんでしたとでも言うように、軽く両手を挙げる。
ザワザワと周りの者たちにも苛立ちが伝染していった。その中で、王はふと席を立つ。
「まあ、よい。とにかく、私は君に任せたい。君しかいないのだ、シルビオよ」
王だけは冷静に彼と向き合った。否、向き合ったというより対応したという表現の方が相応しい。彼の態度を真正面から受け止めても仕方がない、と判断したのだ。
それは、とてもいい判断だった。シルビオは元から真面目な態度を取る気など毛頭なかったのである。
「はいはい、よく分かっていますよ。俺は姫を救えばいい、そうでしょう?」
「兵はどれくらい必要か?」
「いや、結構。一人もいらない。信頼できる仲間がいるんだ、それで十分ですよ」
「ほう」
「信用ならないなら、そちらで兵を用意しとくといいんじゃないか? もし三日以内にお姫様が帰ってこなかったら、彼らの出番となるだろうさ」
軽い態度を取った。だが、それも今更の話だ。
シルビオは後の言葉を聞くことなく、身を翻して部屋を出た。足早に廊下を歩き、そして城を出る。
「ハッ……」
シルビオは疲れを吐き出すように笑った。
王宮の者どもに、何度うわさをされただろうか。
あいつは王宮に似合わない。場違いだ。――たしか、そんな内容だった気がする。
だが、そんなことはどうでもいい。
味のついた豪華な水を飲む彼らには、森の自然な水の味など分かりはしない。味気ないどころか、無味に感じるだろう。
シルビオは何年も前から王族が大嫌いだった。