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Episode 幕明 『メモリー』

エピソード ~幕明~

 『メモリーレコード』



     MEMORY



 思い出とは尊いものだ。僕にはそれが残らない。

 僕の記憶は、例外なく蟻地獄に落ちていく。一度見失えば、二度と戻ってこない。

 だから、存在を忘れないよう、その記憶を毎日作っていかなきゃならない。

 幸いなことに、五日分くらいはまだ思い出せる。薄らだけど、それでも思い出せれば上書きはできるからね。けれど、やっぱり限度がある。

 僕は長い間会っていなかった人間のことは、いくら上書きしても思い出せなくなる。思い出せても、顔、名前、人柄、このどれかが欠けているんだ。

 人間はいくつものことを長い時間憶えていられる。すごくうらやましい。

 でも、それでも十分だ。

 僕の役割は、歴史に残らない人々の物語を紡ぐこと。たとえ記憶が消えていくとしても、いつの日か僕の中に入る。すべてが残るのだ。僕一人の時間以外の全てが。


 ああ、そうだ……僕にもあったなぁ。たった三つ――この僕自身が僕自身で思い出せる場面おもいでが。

 まあ、全部が全部、本当に僕の記憶かは分からないんだけど。それでも、大切なものさ。できれば、彼らの顔まで、きちんと思い出してあげたいな。



 最初の記憶は、幼い頃のものだ。

 一人の老人が僕に語りかけている。彼に育てられたのだということは、ある女性の記憶を読めば分かった。残念ながら、老人の生前には僕の能力はなかったようで、詳しいことは分からないんだ。けど、そこには僕のことが残っている。その女性たちが調べてくれたものだ。

 そして、その中にいた「彼」のおかげで、僕の中にも僕についての知識がある。

 あれ……そういえば、今のような性格になったのはいつからだったろう? 自分が欲しいと願った僕が見ていた、あのまぶしい背中は――ああ、あれこそが「彼」だ。

『君はもう心配ない。だって、俺は君を知っているから』

 左腕にある腕輪を見つめると、よくその声を思い出す。いや、正確には腕に埋まっている印かもしれない。腕輪はふわふわと安定していないけれど、がっちりと離さないそれは、「彼」そのものを表しているような気がする。


 彼の名前はそう――カロルだ。


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