モンテレイア 残されたモノと失われたモノ
ちょっと遅くなりましたが更新します。
モンテレイア 残されたモノと失われたモノ
「やはり居たか、穢れた血を持つドブネズミ。」
法撃を放って得意げな表情のその人物は、周囲を睥睨する途中に私の存在に気が付いてその蒸しパンの様な顔に侮蔑の表情を浮かべると、態々騎馬を私の前まで進めてそんな言葉を投げつけて来ました。
「我らの血統から銀の御印を盗んでおきながら、この様なところで油を売るとは職務を弁えぬ俗兵らしいこと。
亡き祖父様は嘆いていることよの。」
散々好きなように私を嬲っていましたが、その私から何の反応が無いこと無視された思ったのかその人物は急に語気を強めました。
「貴様ら俗兵の歩みが鈍いが為に、行軍が遅れモンテレイアの賊軍の捕縛が叶わなかった。
この不始末は万死に値する、故に貴様らは生きてこの戦場から戻れぬと覚悟しておくが良い。」
それでも尚私は、その言葉に反応す事もなく一切の感情を浮かべない顔をその男に向けていました。
変に感情を表せば返って私を罵倒する口実を与えて喜ばせるだけと判っていたからです。
その男は上下左右も定かでない程に膨張した肉体を特注の煌びやかな儀礼用の軍服で包み魔石の嵌め込まれた魔装具である魔杖を片手に元は良馬であったであろうと思わせる疲弊した軍馬に跨っていました。
得意げに魔仗を振り回す男の名はアーガン・ルーメット、今回の遠征軍の一隊を率いる千兵長で現ルーメット子爵の次男でした。
彼は、グランスポール侯爵家が武門の頂点への返り咲きを目論んで祖父オシュア・ルーメットの持つ銀の御印の血統を求めて送り込んだアマーリエの孫に当たります。
そうです、私とルーメット千兵長は互いに母親の違う兄弟を父に持つ従兄妹と呼べる縁戚でした。
マシュド百兵長と私は、好き勝手に言い捨てて去って行ったルーメット千兵長の後姿を肩をすくめて見送り集合中の仲間の元へ向かいました。
「やはりこの街は無人なのでしょうか?」
既に広場には周囲の建造物内の状態を確認していた百兵隊(小隊)の銃士たちが姿を見せていて、私も集合している隊のメンバーの元へ向かう百兵長の後を追うように小走りで付いてゆきながらそう語りけました。
今、私たちが立っているのは、王国の国境の街、モンテレイアでした。
嘗ては南北を結ぶ主要街道の要所にあって人と物流の中継地であったモンテレイアは、帝国と王国の内戦が始まった現在でも国境地帯に位置する王国側の防衛拠点の一つでした、この街を攻略(解放)する為に国境の反対に位置する帝国側の都市グラーブ近郊に集結した帝国の王国解放軍の兵員数は、正規軍千と5百の貴族領民軍の合わせて千五百でした。
ここで言う正規軍とは帝国軍務省によって徴兵され教練を受けた兵と職業軍人を意味し徴用兵も一応の戦闘訓練を受けていました、これに対して貴族領民軍は、本来は貴族が所領での治安維持などを目的に設立した自警軍を意味していましたが、現在では戦力としての魔力を失った代替措置として掻き集められた傭兵を中心とした私兵軍で、こちらの練度に関してはバラツキが大きい上に規律に問題が多く戦力としては数通りの仕事はしないと認識されているお荷物でした。
昨日、このモンテレイア周辺にまで達した我が解放軍は今朝日の出とともに攻撃を開始、何百発もの砲弾や魔法弾を撃ち込んだ後、私たち正規軍の銃兵を先頭に街に突入したのですが・・・。
そこは藻抜けの殻でした。
街を護るはずの王国守備隊からの抵抗もなく街に突入した私たちが見たのは、先の準備攻撃で破壊された街の姿だけでした。
「やはり残敵は居ないようだな。」
受け持ち地区の確認していた小隊の各員の報告を聞いた百兵長は、その様に報告をまとめました。
私たちが所属する百兵隊は、十名単位の十兵隊が十集まった戦闘集団としては基本の戦闘単位でした、この百兵隊は元は小隊と呼ばれていましたが王国との戦争の中で帝国の正統性を主張するために古アルカディス帝国の伝統を踏襲するものとして名称が変更されたものの一つでした、正直な話しですが分かりづらくなっています。加えて長引く戦争の結果の慢性的人手不足により定員を大きく割っていたので私たちの百兵隊の総数は四十二名でした。
「伏兵どころか、住民も食いものも残っちゃいねえです。
偶に残っている物の下には起爆陣が仕込まれていました。」
無効化した起爆魔法の術式陣が描かれた板切れを渡しながらそう報告したのはオダール一等銃兵でした、彼は生業が樵と言うこともあって小隊で最も巨大な体躯を有していましたがその厳つい外見に反して繊細で鋭い感覚を持っていた為に、小隊で最も優れた魔力感知能力を持っていてこう言った任務を得意としていました。
「そうか、少し時間を与え過ぎたかな。」
「そりゃ、ここまで来るのに20日も掛けましたからね。」
百兵長のぼやきの様な一言に反応したのは、小柄なイーノウ一等銃兵です、私よりも小柄な上に痩身のイーノウ一等銃兵は見た目通りの素早い身のこなしが信条で、自分の背丈と同じくらいのアーケリスよりも短剣を使っての白兵戦を得意で、彼もまた手先が器用でこうした場所での探索を得意としていました。
「集結地のグラーブからこのモンテレイアまで100km、普通だった10日も有れば充分です。」
帝国領の都市グラーブとモンテレイアの間は直線距離にて凡そで100km、その間には1本の街道も走っていましたので私たちはそこを移動してきました、一日の行軍距離は8~10kmでこの時代の平均的な移動距離と言えるものでした。
実際には街道は一直線ではなく高低差もある事から、単純にその工程を行軍距離で割ることは出来ませんが、概算としてはイーノウ銃兵の言葉通りと言えるでしょう、天気も決して悪くはなく輜重の荷車や馬が牽く攻城砲の移動にも大きなトラブルは発生していないこの条件で何故大きく到着が遅れたのか、ルーメット千兵長は私たち銃兵の責任を口にしていましたが、本当の理由は今私たちの前に居ました。
「コーゼル卿、貴殿らがノクアでの様な小さな集落に3日もかけた為に到着が大きく遅れたではなか。
あれが無ければモンテレイアに籠っていた王国軍を一網打尽出来たものを。」
「言い掛かりは止していただこうかアクロナス子爵、貴殿たちがミシュア如き寒村に四日も掛けてい無ければ良かった話だ。」
私たちの目前には色合いが違う二つの群れがいて相対していました、そしてその代表とみられる二人の男が言い合いを始めたのです、彼らの出で立ちは共に戦場に赴くのに相応しいとは言えない姿でした。極彩色の衣装とその上から付けられた磨き上げられた装具、更に一人はその上からサーコートも纏っていました。
それは戦働きを誇示していた時代の姿で、今日の戦場では目立つことを意図したこうした装備は敵の良い的と成ってしまう事から正規軍では相当前に廃止されたものでした。
この時代錯誤の装束を纏った彼らは、所謂貴族様と言う生き物で背後に居る色分けされた連中はその配下の領民軍でした、ここで彼らが口にしている日数は攻略に費やした日数ではなく、そこで略奪行為を行ていた期間を言っています。
彼ら貴族様とその配下の領民軍は、正規軍の私たちが命を懸けた戦いの結果として占領(帝国では解放と称しています。)した街や集落をさも当然の様な顔をして略奪行為に等しい徴発に勤しむのが常の姿でした、そしてそのその姿は今回も変わる事が無かったのです。
つまり、私たちの行軍が遅れる原因を作ったのは実際には彼らだったのです。
ただ今回に関してはこれまでと大きく異なる点がありました。
それは略奪の対象となった街や集落が表立って帝国に敵対していた訳では無いことです。 帝国と王国は旧王国の国土を東西に走しる国境線に依って南北に二分されていました。多くの場合、戦闘はこの国境を挟んで行われる為に国境一帯は百年の長い戦争の間に街や村そして農地が放棄され荒廃した無人地帯となっていました。
しかしながらその国境地帯にも例外的に幾つかの街や集落が生き残り、形式には帝国あるいは王国に領属していましたが実質的な中立都市として存在していました。
そう言った実質的な中立都市が命脈を保てたのは、帝国と王国の双方にとって有用であったためで、実際には行軍中の軍に休む場所の提供や食料と飼葉の供給、場合によっては享楽を与えてきました、同時にそこは両陣営の人員や情報が行き交う場所としても重宝されてきたのです。
しかし、前述のように今回に限りそうした街も根こそぎ略奪の対象として、水や食料は言うまでもなく住民の財産や場合によっては若い女性も奪い取って行ったのです。
その微妙な力関係と立地条件に縁って存在していたそれら街でしたが、帝国はその存在意義を根源的に否定する何らかの情勢により行動している様でした。
蛇足ですが、この過程の中で略奪して寝所に連れ込んだ女性に4名の指揮官と貴族が殺されています。
何が背景に有るにしろ目前の貴族という道化の口論は、結論の見えない不毛で面白みの無いものでした。
「二人ともその辺にしたまえ。」
以外にも二人の間に入って双方を諫めたのはあの千兵長でした。
「我々は、俗兵どもの足が遅いお陰で出遅れているのだ、ここで手間取っていると先行した他の貴族に美味しいところを持って行かれるだけだぞ。」
相変わらず、自分(貴族)達の事を棚に上げた彼の言動に私も百兵長以下の面々も(呆れて)言葉を無くしていましたが、貴族たちはそれで納得した様子を見せていました。
「忠告に感謝します、ルーメット閣下。
もう少しで戦争が終わってしまうところでした。」
貴族たちは姿勢を正して敬礼すると踵を返して自分の部下たちの元へ戻って行きました。
「それで良い。
貴様らも急げよ、戦争が終わってしまうぞ。」
貴族たちの態度に気を良くしたのかルーメット千兵長は自身も直属部隊の方へ馬を進めて行きました。
「流石、英雄の孫って言うのは凄いですね。
自分より格上の貴族が尻尾を振っています。」
私がそう皮肉気に呟くと、同じ光景を見ていたマシュド百兵長は苦笑を浮かべて私の肩を軽くたたきました。
「リア、君もその軍帽を取って髪を見せてやれば連中言い成りだと思うぞ。」
「止めて下さい、私は頭の空っぽなボンボンを婿に向かえるつもりは有りません。
それよりも・・・。」
私が赤面しつつ話の矛先を無理やり替えると、マシュド百兵長は怪訝な表情を浮かべました。
「あの人、今、戦争が終わると言っていませんでしたか?」
その言葉に、百兵長も何か思い出す表情を浮かべて私に頷いて見せました。
「ほかの貴族も知っている見たいだったな。」
そう言って、一瞬考えた後に百兵長は指示を下しました。
「とにかく、移動準備だ。
皆、移動だ準備を急げ。」
そう指揮下の百兵隊の面々に命じると自身も素早くアーケリスや背嚢を担ぎ上げて移動準備を初めました。
色々と書いていますが未だにモンテレイアを出られません(笑)
この次の話は明日の日曜日に更新予定です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。何時もの如く誤字脱字が有りましたら感想で結構ですのでご一報ください。
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