オルテンシアの呪いと祝福 後編
ギリギリですが後編です。
オルテンシアの呪いと祝福 後編
総人口百万足らずの小国で在りながら、国民の七割が魔法士である魔法士国家オルテシア王国、山深い地に住み日夜魔法の研鑽に明け暮れる人々は、そうして磨き上げた魔法を戦争の道具として使うことも生活を豊かにすることに使うことも忌避していた言われています。
「では何故日々の研鑽を重ねるのか?」
そう問うた言葉に対して、彼らを良く知る商人は彼らに代わってこう答えたと言います。
「神の頂に至るため、肉体を捨て無垢なる魂へと昇華する為。」
「神の頂へ。」と言うオルテシアの人々の言葉は、その問いを発した当時の帝国元老院議員にとって理解が出来るものでは有りませんでした。
知られているようにアルカス人は古来より現実主義の信奉者であり、神等の見えない存在よりも日々の生活に重きを置いている人々でした。
だからと言って無神論者と言うわけでは有りません、人々は神に豊穣を願い死者の魂を慰めを求めるなど生活のあちらこちらで広く浅く信仰していたのです。
しかしながら、調査の成果は有りました、最大の成果は彼らの思想が自分達の考えと大きく隔たっていると言う事でした。
最初は得られた答えに戸惑った元老院議員たちでしたが、そこは現実主義者の真骨頂と言うべき行動力で遠征の準備を開始しました。
まず何より問題なのがオルテシア王国が魔法王国であると言う事実でした、当時の帝国軍は自軍に所属する魔法士が少ないこともあって対魔法士戦を苦手としていました。
そこで元老院は、小国に対することを考えれば異常なほどに大量の兵力を動員することでこれに対しようとしました。
派遣が決定されたのはされたのは第三、第八、第十一の三個軍団、総数一七〇〇〇名の大兵力です。しかも選ばれた軍団の内、第三軍団は帝都防衛を主任務とする最強の常設軍でした。
指揮官は、第三軍団の軍団長であるアウトリア・クラウシュ将軍が任命され、以後は彼が部隊の編成にあたりました。
アルトリア・クラウシュは、当時の軍団長には珍しくアルカス貴族の出ではなく周辺諸民族或いは奴隷身分の出身と言われ底辺から身を立て古代帝国の歴史の上でも五指に入ると言われる名将として知られるまで成り上がった人物として有名です。
彼はそれ故に勇猛であったが同時に極めて慎重な人物でもあったといわれ、更に幕僚に多数いた貴族出身の士官をも魅了するカリスマ性が有ったと帝国の記録には記されています。
彼は進行ルートに常識的な主な峠を通る三つのルートを指示しました、これは不必要に奇をてらったルートで兵員を消耗することを恐れた結果と言われています。
その一方で、対魔法士に備えて友好民族で魔法士を多数輩出していたサマラ族に支援を求め魔法士の派遣と対魔法戦用の装備の供与を受け、更に多数の弓兵、特に山岳部族出身で弓の扱いに長けた兵を軍団に編入して魔法士の不足による遠射攻撃能力の欠如を補う工夫もしたとヒルデスハイム文書は記しています。
帝歴211年7月、準備の開始から半年の後、遠征軍は国境を越え三つのルートからオルテシア王国、王都オルテスを目指しました。
帰還後、遠征軍指揮官のクラウシュ将軍は元老院へ提出した報告書にその様子を次のように記しています。
「我々は、三個軍団で三方向より峠を越えオルテシア王国に雪崩れ込みましたが、予想に反して抵抗は有りませんでした。
それどころか、オルテシア王国の領内のどこにも人の姿が見当たらなかったのです。
目的地である王都への道すがら見えたのは耕作する者の姿が見えない耕地と人の姿が消えた街並みだけでした。
私たちは我々はサマラ族から提供を受けた対魔法の防御術式が表面に刻まれた大楯を手にした盾兵を先頭に並べて待ち伏せや罠の存在に注意しながら慎重に王都への道を進みました。
不思議なのは姿が見えないのは住人だけで、鳥や野の獣はごく普通に居ましたし、畑には作物や雑草が生えていた居たことから生き物が全て消えたわけでは無いようでした。
『妙ですね、この国へ入った途端魔力が希薄になりました。』
そう訝し気な声を上げたのは派遣されたサマラ族の魔法士を束ねるオイゲン・カーラットでした。彼は魔法の使い手が多いサマラ族の中でも若くして頭角を現した逸材で私の古くからの友人の一人でもありました。
『魔法士が数多くいる国になのに、周囲の魔力が少ないのは異常です。』
彼の説明によれば、魔法を使えば消費される以上に周辺の魔素を魔力へと変換するので普通は魔法士が居る場所では自然に存在するよりも多い魔力が残留しているはずだと言うのです。
やはり。この国では何かが起こっているようです。
やがて住民の姿が見えな理由が解りました。
気が付いたのは進軍先を先行して下見していた騎馬兵の偵察隊でした。
今回、山間地を戦場と考えていた都合上、騎馬兵の活用は難しくこちらも魔法士同様に帝国では数が限られていたことから、進軍前方や周辺への斥候偵察と各部隊の連絡用として参加は百騎程に限定されていました。
それでも彼らは精力的に我々の本隊が行軍する道筋の安全を確認するために先行して偵察行を行っていました。その中の一人、オーガン十騎兵も又先行偵察任務に従事していましたが、馬を走らせながら微かにする死臭に気が付きました、彼は最初気のせいかと思いましたが念のために臭いの元を手繰ることにしたと報告しています。
行きついた先は小さな集落の中央に建てられた教会、と言うより礼拝所の規模の施設だったと彼は言っていました。
臭いの元は確かに礼拝所でした。
恐る恐る彼が中を除くと、そこには折り重なるように息絶えた住人の姿が有ったと報告しています。
『集団自決?なぜ今この段階で?』
偵察隊の方向を聞いた私の部下たちからそのような疑問の声が上がりましたが、疑問は尤もなところです、過去には確かにそう言った例もありましたがそれは戦争のに負けた族長や王族がアルカディス帝国への恭順を拒否して行う例が殆どでした。
今回は、先ず話し合いと言う段階で戦端が開かれてもいないのです、死ぬ理由が有りません。
しかしながらこの後、我々が王都へ進軍の道中にはこの様な集団自決は各所であり、戦闘以上に私たちを消耗させてゆきました、もしこれが王国側の策であるなら見事ともいえるものかもしれません。」
「やがて王都オルテス近郊で合流した遠征軍は、第三軍団を先頭に王都内へ進軍を開始しました。
王都オルテスは街は全体的に質素ながら静謐な感じがしましたが、同時に生活感が感じられない不思議な街でした。
街中央には王宮と聞いていた白亜の建物が有り私たちはそこへ向かいました、実際にそこへ踏み込むとそこは王城と言うよりも、どちらかと言えば神殿に近い雰囲気を持っていました。」
「王城内にはある意味予想通りに、多くのオルテシア人と思われる人々が、老若男女を問わず整然と祈るような姿で息絶えていたのです。」
「場内はどこも同じ様子でした、しかし、ここまで来て急にカーラットが警報を発しました。
『将軍、気を付けて下さい。
この先に魔力が集中しています。息苦しくなりそうな濃い魔力です。』
彼はその顔を青くしながら私にこう忠告します、彼に同行する魔法士は何れも同様の様子でした。」
「やがて私たちは広間に達しました。ここもも同じ状態でしたが広間の中央は空いていて床には何やら奇妙な模様が同心円状に彫られていて、その中央の数段高く作られた所に置かれた王座と思われる椅子には、一人の老人が座っていて私たちの到着を待っていました。」
「老人は、細身の酷く痩せた姿でしたが白に近い長い銀髪と赤に近い琥珀色の瞳を持つ印持ち、オルテンシアの王でした。
王は近づく私たちに警戒する様子もなく、と言うよりも興味が無さそうな表情で私たちに眼差しを向けてきました。」
『ようこそ、我が仮初めの王都へ。』
「オルテシア王の声は、おそらくこの国へ入って初めて聞いたオルテシア人の声だと思います。
枯れて声は小さいもののハッキリとした口調で老人はそう言ったのです。」
『そして、昇魂の儀へようこそ。』
『昇魂の儀?なんだそれは?』
「そう問うたのは、第二大隊の千兵長だったと思います。
それを聞いた王は初めて勝ち誇ったような感情を浮かべてその問いに答えました。」
『我らの魂を、穢れた地上より解き放ち神の頂へ至るための聖なる儀式だ。』
『神の頂?』
『そう、この術式陣は魂を老いと死から逃れることが出来ない不自由な肉体を捨て、自由な魂となり未来永劫に生きるための昇華魔法の術式陣だ。』
『ここに死んでいる者たちもそうなのか?』
『いや、彼らは術式起動の為の贄となってもらった。』
『贄?』
「私たちは、広間を見渡しましたが、ここで一つ気が付いたことが有りました、半数近い人間が剣や短剣で刺されて絶命していたのです。
それが贄の意味でした。王は楽しそうにその事実に気が付いた私たちを見ながら、いえ嬉しそうに笑みを浮かべながらその心の内を言葉にしました。」
『そうだ、神に至るのは術式には多くの魔力が必要なのだ、
幸いお主たちが来てくれたのでな魔力を供出させるのに都合がよかった。
礼を言おう。』
『殺す必要があったのか?』
『国民全ての魔力を根こそぎ注いでも術式は完全には起動しないのだよ。』
「ここで私は、この王の目論見に気が付きました。」
『この術式は、肉体から魂を切り離す為のもの、
そして、我々の来訪とは直接関係ない。
つまり貴方は、自分が神の頂に昇るために全国民を犠牲にした。
我々はその口実に利用された。』
それが私が行き着いた結論でした。」
『その通り、頂へ昇るのは神に近い余一人で良いのだ。』
「そう言って笑う王の顔は神よりも、狂人に見えました。
やがて、王は立ち上がると手にしていた杖の先端を床に打ち付けました。
すると床に刻まれた術式陣が発光を始めました。
昇華魔法の術式が発動したのです。」
『見よ、この魔力の輝き!
我が国民の真の力だ‼』
「そう言ってオルテシア王は銀の髪を振り乱して狂喜しますが、国民の命の代償である術式陣の輝きに私たちは言葉が出ませんでした。
突然、私の身体が巨大な力で押し潰されるようにして床に押し付けられました。
周りを見渡すと他の兵たちも同様でした」
『なっ、何だ⁉』
『折角来てくれたのだ、諸君らの命も魔力に代えて使わせてもらおう。
下賤な者たちだが背に腹は代えられないからのう。
何、共に神の頂へ行くのだ名誉と思うが良い。』
「そう言って、私たちの命も魔力に代えそれを術式に注ぎ込むと王は宣告したのです。
しかし次の瞬間、絶頂の中で高笑していた王の表情が変わりました。
彼は突然その身を折り曲げて苦しみだしたのです。」
『どう言う事だ!何故だ、何故術式が魔力が途切れたのだ!』
「よく見ると、同心円に描かれた術式陣に従って最初は中央の王に向かって流れていた魔力が途中で止まり、やがて空中に霧散し始めました。」
『おのれ!誰だ余の崇高な術式を乱すのは!』
「その先は予想通りの展開でした。術式起動に必要な魔力が途絶えると術式は光を失い作動が止まりました。そこで私たちの身体も自由となり立ち上がって武器を手に王へと迫ろうとしましたが、既に狂った王の想いは終焉を迎えようとしつつありました。」
「王は、そのまま王座に倒れ込む、やがてその肉体は塵になって消えてゆきました。
王が消え去った後、周りを見渡すと床に刻まれた術式陣の一部が削り取られていることに気が付きました、後の調査によれば贄として殺された侍女の一人が死の間際に床の術式を削り取って魔法の発動を阻止していたとの事でした。」
およそ一ヶ月の遠征の後、帝国の軍団は帝都ハルメルクへ帰還しましたが、この時、帝国軍はオルテシアの魔法士たちが残した研究資料と、山中に隠れていて生き延びたオルテシアの民一万を連れて帰りこの人々が後の古代アルカディス帝国の魔法士軍団の祖となったと言うのがヒルデスハイム文章の顛末でした。
私は父からこのヒルデスハイム文章の内容を抜粋ながら知ったのは10歳に時、父が戦死する直前のことでした。
私はこの時始めてオルテシアの王の象徴の印であるはずの「銀」が狂気に変わってしまった事実を知りました。
そしてそれは他人事ではなかったのです。
前述の通り、父は「白銀の守護鬼」と呼ばれていましたが、それはその頭髪が白に近い銀髪であったこと、そしてその瞳は赤の強い琥珀色でした。
それは嘗て「オルテシアの銀」と呼ばれた王の印、そして現在では狂気の印でした。
そして、その印は父の父、つまり祖父から受け継がれ、子である私も受け継ぐ印でもありました。
父の父、祖父の名はオシュア・ルーメット。先代の白鬼の英雄でした。
貧しい騎士爵の生まれの祖父は、若い頃より魔法の才能に優れ軍へ入ってから軍功を重ねて男爵の地位を手に入れた人物でした。
しかし、男爵への陞爵は祖父から自由な人生を奪いました。
彼には結婚を誓った平民の幼馴染が居ましたが、底辺の騎士爵ならともかく、男爵と成れば結婚相手としては不釣り合いな身分差となってしまったのです。
結局、祖父の妻の座を奪ったのはグランスポール侯爵家の息女アマーリエでした。
グランスポール侯爵家は新帝国建国以来の譜代の家臣として、また武門の要としても名を知られた名家でしたが、当時すでに魔法士としての力は衰え祖父との結婚に起死回生の道を求めていたのです。
要は、「オルテシアの銀」と呼ばれる力を受け継ぐ印が欲しかったのです。
しかしながら、その皮算用は見事に外れることになります。
祖父は、既に幼馴染との結婚を前提に事実上の夫婦として帝都ヒルデスハイムで暮らしていました。グランスポール侯爵家とその腰巾着たちに無理やりアマーリエを妻に捻じ込まれたその時には、既に幼馴染のお腹の中には新しい命が育まれていたのです。
祖父はその事実を知ると急ぎ故郷へ帰って姿を隠すように言いました。祖父はお腹の子が印を受け継ぐと直感したと言っていました。
それを印を継ぐことだけに固執しているアマーリエが知れば母子共に危険が及ぶと考えたのです。やがて月が満ちて幼馴染は祖父の予感通り銀髪の男の子を出産しました。
それが私の父、キリア・コーノでした、そしてその後生まれ故郷のシャルケメルでパン屋を営みながら父を産み育てたのがオシュア・ルーメットの幼馴染で元婚約者のカラ・コーノ、私の祖母でした。
一方、グランスポール侯爵家再建の切り札として祖父の元へ送り込まれた息女のアマーリエは息子のイルケ以下息子と娘、合わせて四人を生みましたがその何れも印は受け継がれず、逆に嘗ての幼馴染との間に印持ちが生まれたことに失望し酷く怒って一度ならず刺客を送り込みましたが全て祖父の手で阻止されたと聞いています。
その後、正妻であるはずのアマーリエは子供たちとも引き離され領地の外れの小さな屋敷に軟禁されることとなり父と祖母への怨嗟の言葉を口にしながら廃人のようになって余生を過ごしたと父から聞かされています。
『我が一族より「銀」の印を奪ったドブネズミ。
穢れた血。』
それがルーメット家の人間(勿論祖父は除きます)が、私たちコーノの者を指して言う言葉でした。
それ程、オルテシアの銀が欲しいのでしょうか?
私にとって、いえ祖父や父にとってもその印はまるで過去からの呪縛、呪いのようでした。
祖父はその印のお陰で愛する人と共に生きることが出来ませんでした、父は祖父の庇護が有りましたが貴族にとって邪魔な存在として謀殺され、私もまたその印を持つがゆえ普通の一般臣民として生きることが許されませんでした。
それでも父は私が生き延びれるように、通常ならば禁止されいる魔法の習得をさせてくれました。父も同じように祖父から魔法を習ったと言います。
故に私は平民である一般臣民ながら魔法の使用に長け、僅か13歳でアーケリスの射手となることが出来たのです
当然ですが、例のヒルデスハイム文書も祖父の手から父へ渡り、そして私へと引き継がれましたが。
父もまたそれにより「オルテシアの銀」に纏わる話を知ったと言います。私も父の死後にその写本を読み私の身体に流れる旧き狂気の血の存在を知ったのです。
「よかったな、ドブネズミ仕事だ。」
いくら罵倒しても反応が無い私の態度にイラついていたアーガン・ルーメット千兵長は、駆け寄った伝令と思われる騎馬兵の言葉に笑みを浮かべてそう言い残すと配下の兵の元へ、騎乗のまま戻っていきました、あの重量に喘ぐ彼の愛馬には気の毒ではあったが。
「王国軍を見つけた。
これより追撃戦を行う。」
周りの兵にそう告げると、彼自身も直属の部下たち戦闘の準備を命じたのです。
前書きに書きましたがギリギリで投稿です。
誤字脱字ご容赦願います。
説明回はこれで終了です。