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モンテレイアの街にて  作者: 雅夢
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カワルモノ と かわらないもの Ⅰ

カワルモノ と かわらないもの Ⅰ


 開け放たれた窓から吹き込む薫風が、新緑の香りと共に私の頬と淡い栗色の髪を撫ぜながら通りすぎて行きます。

 私はその風の悪戯な所業に少し微笑むと手にしていたペンを置いて、長らくの書類作業で凝り固まった肩をほぐす様に一度大きく伸びをすることにしました。

 私の使う書斎には北向きの窓があって、そこから邸内の木立越しの彼方に王国の北の国境地帯でもある山々の連なりが見えます。少し前までは残雪の白い冠を頂いていた急峻な峰々も邸内の木立と同様に装いを改めて今はその冠を外して命の息吹が滴る新緑のローブを纏っている様に見えます。

 それはアルカディス王国の北部に位置するヴァンクリフ侯爵領が、初夏を迎えようとしてるの証でもありました。

 私は、気を取り直す様にもう一度伸びをしてペンを手に取り、書類の決裁作業に戻りました。


 改めて思い返せば、早いものです。この夏で、あのモンテレイアでの戦いから20年の歳月が流れた事になります。

 それはつまり内戦の終結と、帝国の崩壊から20年が過ぎたと言うことでもありました。

 

 あの日、時の皇帝ネリウスとその側近たちが『帝国史上最大の壮挙』であると大言壮語した大規模侵攻作戦は、王国領へ侵攻した帝国の侵攻した部隊が特筆すべき戦果を挙げることなく僅か一日で壊滅たことによって潰えました。

 私たちが配属されていた軍団も例外ではなく、作戦開始の段階でモンテレイアの攻略には成功しましたが無人の街の占領に気を良くした貴族たちが、周囲への警戒を疎かにしたまま進軍を強行したところで待ち構えて居た王国軍に捕捉されて殲滅されています。

 貴族が率いて来た部隊は領民軍と傭兵隊の区別なく魔法攻撃の標的にされて一掃され、王国軍の銃兵に包囲された臣民兵は投降、私も王国軍魔法士団のヴァンクリフ副士団長との一騎討ちに敗れて投降しています。

 こうして、帝国軍の侵攻部隊5個軍団3万は、多少の違いは有っても大体はこの様な形で戦力を崩壊させて消滅して行きました。

 そして、結果としてこの後に反攻として帝国領へと兵を進めた王国中央軍8個師団8万の将兵は大きな抵抗も無く帝国領を解放して行くことと成ったのです。

 これは、本来ならば特権の代償として貴族が防戦の義務を負っていたのですが、先の侵攻作戦で多くの貴族が当主或いは次期当主を帯同した精鋭部隊と共に失っていたことと、残る貴族も大半が窮状を察知して逃亡を図った為でした。

 なお、本来為すべき義務を放棄して逃亡を図った貴族の筆頭は皇帝ネリウスその人で、他の貴族や帝国の官吏、彼らに取り入って私腹を肥やしていた御用商人たちがそれに追随する形で帝都からの脱出を図っています。彼らは金品財宝を懐に家族や身近な使用人だけを連れて内戦に於いて帝国を支援して来た周辺国を目指しましたが、多くが民衆の手に捕らえられ国境を越えられたのはごく少数だと言われ、周辺国迄の逃走経路上付近には埋葬者不明の墓地が多数残されていると言われています。また、真っ先に逃亡を図ろうとした皇帝はその行為に激昂した近衛兵によって斬殺されたと伝えられています


 結局、80年続いた内戦は帝国の大規模侵攻の失敗から僅か一週間で終結することと成りました。

 大規模侵攻の失敗による侵攻部隊の喪失から崩壊した帝国に対して、王国の大規模侵攻に於ける人的喪失は数は極めて少ないものに終わりました、しかしながら、その質に於いてその喪失は決して小さなものではありませんでした。

 あの日、私も見た天を流れる狂星の群れ、カリタ老師の放った戦略魔法はその目論見通り王都に聳える王城クロンボーグに降り注いだのです。

 王城には周囲の人々の退避の懇願を拒んだ国王エドワルド陛下が残って居られたました。

 重い病を患い死期を悟った国王は、慣れ親しみ愛した王城と運命を共にすることで早世した最愛の后様の元へ旅立たれる事を選び、時の宰相エミール・ルンシュテット閣下や侍従長を始めとした国王陛下に近しい人々が運命を共にしました。

 ヴァン様にとってエドワルド陛下は主君である以上に、ルンシュテット閣下やフォンシュミット大将、ノルン様と共に幼き日より一緒に苦楽を共にしながら育った所謂竹馬の友と呼べる存在でした。この近しい人々を二人も同時に失う悲しみは如何ほどのものであったでしょうか?実は、私がこの事実を知ったのは更に時を経てからの事でした。

 何故ならば、内戦は終わっても戦争そのものは終わってはいなかったのです。


 私が帝国降伏と内戦終結の報を聞いたのは、モンテレイアから街道を南へ下った商業都市カラールの市庁舎の一室でした。

 カラールには今回の反攻作戦を行う為の作戦本部と兵站基地が置かれてて、多くの兵員や武器や食料などの集積されていて、反攻に伴って帝国領へ進軍する将兵たちには食料を満載した輜重隊の荷馬車や薄い緑色のローブを纏った人たちが乗る馬車が随行して行きました。

 薄い緑色のローブを纏っているのは医療隊の医療魔法士だと、私の護衛と世話役をしてくれていたガーネットさんが教えてくれました。

 前述の様にモンテレイア近郊でヴァン様との一騎討ちの後に捕虜にされた、ヴァン様は捕虜にしたのではなく保護したと言っていましたが、私はそのまま馬車に押し込まれてその日のうちにカラールへ連れてこられて以来、市庁舎の一室に事実上軟禁状態に有ったのです。

 私が居たのは、貴族や上流階級の人たちが公務でこの街に滞在される時に使われる所謂貴賓室で、市庁舎とは別棟の建物の丸々一階層分を使って上質な調度品が備わった居間や食堂やサロンに加えて複数の寝室が設けれていました。

 もっとも、生まれも育ちも臣民=平民でパン屋の孫娘であった私には不釣り合いに豪華なその部屋は当時の私にはその贅沢を堪能する余力も無く、極度の緊張と困惑の中で萎縮した生活を余儀なくされたのです。

 しかしながら、貴賓室に滞在して七日目の夕刻、私をここへ押し込んで以降顔を合わせなかったヴァン様とクリム様が夕食の席に顔を出し、その席で私はヴァン様より帝国の降伏と内戦の終結を伝えられたのです。

 そして、内戦が終結しても戦争は終わらないことも・・・。


 それは私にも十分予期できる事柄でした。

 帝国と貴族たちは内戦を戦うに当たって、周辺諸国から食糧から戦費や武器などに至るまで様々な支援を受けていました、簡単に言えば借金を重ねながら内戦を戦っていたと言う訳です。

 勿論これらの支援は好意で行われた訳ではありません。周辺諸国が目論んだのは王国と帝国の内戦を長引かせて双方の国力を削り、共倒れさせることでした。

 最初、帝国への友誼と言う名目で始まった支援は多岐にわたり、次第に帝国と貴族たちはその支援に依存を強めやがて帝国は周辺諸国の傀儡と成り下がり、彼らの命じるままに戦闘を繰り返し消耗していったのです。

 つまり、支援は内戦を長引かせる為の帝国に対する手綱であり軛だったのです。

 当然ですが周辺諸国のその様な露骨なやり方から目論見に気付く者も居ました。先帝のカトン帝はそれに気づいて周辺諸国の支配を弱めるために戦闘を控えて支援の量を減らして国力の回復に努めました、がそれ故に廃される結果と成り、回復させた帝国と王国双方の国力を削ぐ目的で行われたのが今回の大規模侵攻作戦だったのです。

 ですから、王国が帝国を亡ぼして内戦を終わらせるのは彼らの書いた筋書きでは最も都合の悪いものでは無かったでしょうか?

 帝国が無くなってしまえば、彼らから得られる利権は無くなり貸し付けた借金も戻っては来ません、彼らにとっても80年の間に帝国に注ぎ込んだ金品は膨大なものであった訳で、このまま泣き寝入りが出来る訳もありません、と成れば実力で取り返すしかないわけでこれまでは名目上の所有権で有ったものを実質なものに変える必要が有った訳です。

 従ってそれを認めない王国との間に何も起こらないと言う訳にはいかない、と言うのは過去に聞いた祖父や父たちの話から推測は出来たのです。

 ですが、ヴァン様が言う取り返すべき代価の、それもかなり上位に私の存在が有ると言うのは想定外な話でした。

「私が、・・・ですか?」

 私はその言葉を俄には理解できず、呆けたような表情でそう問い返しました。

「あまりこんなことは言いたくないんだが、お前さんは❝女❞だろ?」

「勿論そうです、何ならここで脱いで見せますか?」

 心外な問い掛けにやや突っかかる感じでそう答えましたが、ヴァン様は少し苦笑を受かべながら落ち着くように手ぶりで示して言葉を続けました。

「女性は子を産むことが出来る、と言うか子供は女性にしか産めない。」

「当り前じゃないですか。」

 余りに当然な言葉に更に言葉に棘が含まれましたが、ヴァン様はその事には気にしない様子で話を続けました。

「お前さんは、前例のない女性の❝オルテシアの銀❞の御印持ちだ。」

「・・・・。」

「つまりお前さんからは、高い確率で御印持ちの子が生まれる可能性が高い、もしそうでなくても普通より魔法士としての高い資質を持った子が生まれるかもしれない、そうなれば魔法士戦力では王国は疎か帝国にも後れを取っている周辺諸国にとっては垂涎の的と言う訳だ。」

 ヴァン様のその言葉に幼い頃、祖母に聞いたある女の子の話を思い出しました。

『その子は平民であったのに魔法が使えた、だからそれを知った貴族に養女として迎えられやがて次期当主の妻と成った、月日が経って子が生まれるとその女性は夫から離縁を宣告された、夫と成った次期当主もその父親も必要だったのは魔法士としての資質の高い子供でその女性当人では無かったのだ、夫は妻を他の貴族に譲り元々妻と成る予定の女性と結婚した。その一方で他の貴族に譲渡された女性はそこでも何にか子供を産むと他の貴族に譲渡されたという。』

 祖母はその話をすると、必ず『人前で魔法を使ってはいけないよ。』と私に釘を刺したのです。つまり、ヴァン様が語って見せた可能性はそう言った未来の話だったのです。

「師匠、脅かし過ぎですよ。」

 ヴァン様の言葉に青ざめた表情で黙りこくった私の哀れに思ったのか、クリム様が師匠を諫めてくれました。

「すまん、脅かすつもりではなかったのだが・・。」

「・・・えっ?」

 そう言ったヴァン様は、ポンと俯く私の頭に手を置くと、そのままそっと頭を撫ぜてくれたのです。

「安心しろ、お前さんは俺が護る。」

「えっ?」

「だから、お前さんはヴァンクリフ侯爵家が護る、と言っている。」

 私は言われた言葉の意味が判らずに顔を上げて正面に座るヴァン様を見ました、彼は少し照れたような表情を浮かべていましたがしかしハッキリと次の様に言ったのです。

「君は、侯爵家うちで面倒を見る。

 ヴァンクリフの娘として。」


遅くなりました、今回で完結の予定でしたが思いのほか文章が膨らんだので分割して投稿しました。

後編である『カワルモノ と かわらないもの Ⅱ』も出来るだけ早く投稿の予定です。


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