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モンテレイアの街にて  作者: 雅夢
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終わりと始まりⅣ

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

終わりと始まりⅣ


 この日、私達医療隊は三台の馬車を連ねて医療巡回の目的地であるカイラギへ移動中だった。

 カイラギへ派遣されたのは5名編成の班が3個の15名、各一班がそれぞれ一台の馬車を使用する形なので一見すると贅沢な処遇に見えるが5名の人員以外に巡回時に使用する医薬品や医療用の魔法具の他、カイラギへ運ぶ物資も載せている状態では然程余裕が有るわけは無くどちらかと言えば荷物の間に身を置くと言った方が表現としては正しくはあった。

 この馬車隊が5騎の騎馬兵の護衛の下、王国北部、帝国との境界線地帯の東端にあるカイラギを目指していたのだが、これが盗賊の襲撃を受けたのである。

 

 目的地のカイラギを目の前にして、渡河予定の橋が喪失していたことで立ち往生していた医療隊の背後に現れたのは一見すると酷く雑多な集団だった。

 形式も仕様も不揃いな甲冑に、多種多様な剣や槍と弓で武装した集団だ。

 勿論、友好的でないのは遭遇した騎馬兵が矢を射かけられ数名が矢傷を負った事から判った。

 盗賊の数は30人程、我々を川の方へ追い込むように単純な横陣で接近して来ていた。

 医療隊であれば全員が女性で戦闘魔法が使えない、と仮定してほぼ無警戒での襲撃だった。

 こちらは15名、護衛の騎馬兵を含めても20名であったから、彼らの前提が正しければこちらに勝ち目は無かったが、それが誤りであった。

 何故ならば医療隊15名の内、約半数の7名は火竜弾かそれ以上に強力な攻撃魔法を習得し実際に使う事ができたのだから。

 しかしながら、問題も有った。

 何分、攻撃魔法を習得した医療魔法士は数が少なく、実戦の機会も無かったことからその運用上の問題点は未消化まま残されていたのだ。

 その最たるものが、貴重な魔法戦力を有効に使う指揮者が居ない点であり、医療魔法士に魔法戦での実戦経験が無いことであった。

 それでも幸いな事に危機的状況を目の前にして、指揮を買って出る人物がいて最悪な状態は回避する事が出来た。

 我々の指揮を執る事になったのは、今回の派遣隊のまとめ役であるメリア・ラッセル班長だった。上級医療魔法士であるメリア班長には、部隊を指揮した経験もなく魔法戦闘に対する知識も乏しかったが、それでも周囲は彼女を適任と見なした。

 それは彼女が、現在は結婚してラッセルの姓を名乗っているがその出自はアルスレイ家と同様に辺土騎士から男爵位をえた新貴族で武門として名を知られたローガン家であったからである。

 マリア班長は指揮を任されると、乗って来た馬車を盾になる様に横に並べて即席の陣地として、その陰から合図と同時に無照準でも構わないから全力で放射系魔法を放つように指示した。

 彼女の想定した距離は150メートル、本来であるなら確実を期して100メートル以内に入ってから攻撃ずるべきだろうが、攻撃魔法による実践が初めての我々医療魔法士では相手の顔がハッキリと見える距離まで来たら躊躇してしまって攻撃は不能と判断しての指示だった。

 実はこの策は、私がメリア班長に提示したモノだった。

 指揮を執ることが決まるとメリア班長は同じ新貴族として親交があった私を呼んだ、その時彼女の口から出たのは立場上引き受けたが、同じ辺土騎士の末裔であっても戦闘指揮の経験は無く自身も攻撃魔法は使えないのでどうしたら良いか?と言う問い掛けの言葉だった。

 だから私は、自分が指揮を執る場合を想定して考えてあった方策を彼女に耳打ちし、上記の策を授けたのだ。

 私は、アルスレイ家と言う武門の家系に生まれたが故に、自然と軍略や戦術の知識を得ていて、戦場に於いて小集団を率いて戦闘を行う為の初歩的なイロハを学ぶ機会も与えられていたのだ。

 故に、実戦経験は持たないとは言え、弱者に数でもって襲い掛かろうとする僅か30名程度の賊に後れを取ることは無かった。


 やがてメリア班長の号令で闇雲に放たれた放射系魔法であったが、無警戒に密集して接近して来る盗賊たちには充分有効であった、火竜弾や風刃弾、水流牙などがの放射系魔法が着弾と同時に盗賊の三分の一程が重傷以上の傷を受けてその場に倒れ伏した、更に数度の火竜弾の斉射が続けられその数を半数以下に迄減らされた盗賊たちはここで初めて自分たちの見込み違いに気付いて逃亡を図ったが、既に退路を読んで陣地を抜け出して背後に潜んでいた私の待ち伏せ攻撃で全滅する事と成ったのだ。

 この時私が使ったのは、日々の修練の中で身に着けた身体強化魔法と風魔法の同時使用であった。

 身体強化魔法で筋力を強化して速度と行動量を増し、風魔法の応用による風の刃を魔仗に纏わせて剣を形成して敵に襲いかかったのだ。

 戦闘は一瞬で方が付いた。

 ただでさえ戦意を喪失し逃亡を図る盗賊たちは感覚を魔力で強化していた私には、演習用の的も同然だったのだ。

 私が最後の盗賊を切り捨て、魔杖に纏わせていた風の刃を解除して仲間たちの元へ戻ると、そこで見たのは盗賊以上に恐怖の眼差しを私に向ける同僚たちであった。

 このとき私は初めて、自分の姿に気がついた。

 私はこの時、医療士のトレードマークである薄い緑色のローブを鮮血に染め、初の実戦で我を忘れて身体強化の限界を超えて使用した結果、思うように動かない身体を引き摺るように歩み寄ってきていたのだ。

 その姿はどう考えても血染めの幽鬼であった。

 この直後、限界を超えていた私は意識を失い、目的地であったカイラギの医療施設へ収容されたが、一週間後に目が覚めた時この戦いの様子は朧気にしか覚えていなかった。

 やがて事後処理が終わって医療隊に復帰した私を待ち構えていたのは、畏怖と尊敬の籠もった2つの眼差しと件の『血塗れの天使』と言う有難くない二つ名だった。

 因みにこの場合の『天使』とは医療士である女性を意味する愛称である。

 私はこの二つ名に困惑したが家族、特に父は『我が家の誉!』と大いに喜んでくれたらしい、ただ対象的に母は『嫁の貰い手が無くなる。』と嘆いていたらしいが・・・・。


「そう言えば、今回の帝国軍には❝オルテシアの銀❞の御印持ちが居るって話だったけど、どうなったんだろう?」

と、またしても唐突にリリーナは話題を変えて来た。

 その噂話にも近い情報は、私の耳にも入っていた。

 帝国軍の切り札である、当代のオルテシアの銀の御印持ちはうら若き女性という噂で❝白銀の乙女❞と敵味方に呼ばれている、と聞いていた。

 ❝白銀の乙女❞と言われれば、銀糸を思わせる白銀の髪に赤みを帯びた流麗な瞳、冷徹で冷やかな笑みを浮かべた美しき女性の思い浮かべるだろう。

 しかしながら、美しく可憐な呼び名とは裏腹に❝白い死神❞の異名で知られている様に、御印持ちは例外なく一騎当千の魔法士で、ただ一人で万の軍と互角以上に戦えると言われるその異能の存在には私も恐怖を抱く以外に何も無かった。

 が、これまでのところ戦場で相まみえたとの話は聞こえて来なかった。

「誰も、姿を見なかったってことは、

 最初から居なかったのかもね。」

 結局、リリーナはそう結論付けた。

 御印持ちを、我が軍が討ち取っていれば相当な騒ぎに成っている筈だからそれは無いだろう。

「でさ、ガーネット。

 もし戦場で、御印持ちに遭ったら貴女ならどうする?」

 などと、リリーナが口走った所で私は人の気配を感じて天幕の入り口の方へ視線を走らると慌てて立ち上がった。

 そこに立って居たのは、やや長めの癖のある金髪にラピスラズリを思わせる瑠璃色の瞳を持った長身の美丈夫、魔法士団副士団長であるヴァンクリフ閣下の副官である、クリムト・ロス少将閣下だった。

 見てくれの良さもさることながら、ロス伯爵家の嫡男でありながら穏やかで偉ぶることのない気さくな人柄、更に独身と言う事も有って地位を問わず多くの女性に人気が有る人物であった。

「こちらにアルスレイ准尉は居るかな?」

「はい、居ます。」

 ロス少将の問い掛けに思わずそう叫んで私は、彼に向かって敬礼をした。

「やあ、准尉。

 休んでいるところをすまないが副士団長が君を呼んでいます、付いてきなさい。」

 小さく答礼すると、彼はそう言って私の返事を待たずに彼はモスグリーンの魔法士団のローブを翻して歩き始めた。

「ごめん、リリーナ。

 後お願い。」

 私は、カップをリリーナへ返しながら後を頼んで急いでロス少将の後を追った。

 私が処置に使っていた天幕の周辺には同じような天幕が幾つも立ち並んでいた、それらの天幕は各兵科色に染められていてどこの兵科が使用しているか判る様に成っていた、当然私が使っていた天幕は薄い緑色の兵科色でこれは着ているローブと統一されていた。

 その医療隊の天幕から出たロス少将は、張られた天幕の間を素早い身のこなしで縫う様に歩を進めて行いくので、私も彼を見失わない様に後を追って行く。

「すまんね、寛いでいたところを。」

「いえ、閣下。」

 私が特に何か言った訳では無いが、先を歩くロス少将が済まなそうな声でそう話しかけてきたのでそう答えると、彼は少し歩を緩めて振り向くと少し困った様な笑みを浮かべて言葉を続けた。

「もういつも通りで良いよ、ガーネット。

 元気そうだね。」

「先輩も相変わらずですね。」

「すまんが、師匠せんせいが力を借りたいそうだ。」

「私の?」

「君のだよ、 ❝血濡れの天使❞殿。」

 ロス少将、いやロス先輩は悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った。

 実は、私の戦闘魔法の修練を指導してくれたのはクリムト・ロス閣下だった。最初はただの生徒だったのだが筋が良いということで、彼の師匠であるヴァンクリフ閣下に紹介されて更に修練を続けて最終的にはその門下に加えられていた。

 現在も指導を受ける身ではあったが、ヴァン閣下が多忙なため実際の修練の相手はロス先輩が行ってくれる場合が多く、結果的に私にとってロス少将は兄弟子であると同時に実質的な師匠でもある、と言う間柄であった。

 しかし、この人たちにも例の二つ名が知られていたとは恥ずかしい限りであった。

「そう言えば・・・。」

「はい?」

 私がそんな羞恥の感情に苛まれている間に、ロス先輩が話題を変えて話しかけて来たので私は思わず裏返って声で返事をした。

「先ほど、『戦場でオルテシアの銀の御印持ちと相対したらどうする?』と話していたと思うが。」

「はい。」

 ロス先輩はどうやら、先程のリリーナとの会話を聞いていたらしくそんな事を口にしたが、私は真意を掴めないまま返事をした。

「実際君ならどうすかな?」

 問いかけは簡潔だったが、その表情はひどく真剣な物であった。

 だから私は、あの時答えるはずだった答えを口にした。

「勿論、逃げます。」

 それはひどく単純だったが、心底思っている答えだった。

 ロス先輩はその答えに一瞬、その丹精な顔に呆気にとられた様な表情を浮かべ次の瞬間、今度はそれを崩して笑い始めた。

「逃げる、そうか逃げるか。」

 言葉だけを記せば彼の言葉は一見すると私の答えを嘲笑っている様に見えるが、意表をつく答えを面白がっているように見えた。

「私ごときの力で、御印持ちに相対せると思うほど自惚れてはいないですから。

 それが例え『血塗れの天使』であってもです。」

「なるほど、それは確かに賢明な判断だ。」

 笑いを納めたロス先輩は、そう言うと足を止めて私を振り返った。

「ここだ。」

 ロス先輩が視線で示したのは、少し離れたところに張られた天幕の前だった、その天幕は魔法士団の兵科色であるモスグリーンに染められており、掲げられていた記章は司令部を意味していた。

 そして、そこには私を呼び出した張本人が安堵の表情を浮かべて立って居た。

「お久しぶりです、師匠せんせい。」

 私がそう言って敬礼すると、ヴァン閣下は気さくな笑みを浮かべて答礼をし口を開いた。

「ここに、お前さんが居てくれたのは天祐だな。

 俺は再びアルスレイに助けられた事になる。」

 ヴァン閣下には嘗て祖父に現王陛下と共に助け出された経験が有った、その縁も有って私を門下に加えてくれたのだが、今回は私が必要とはどのような用事であろうか?

「スマンが、お前さんにさる人物の世話を頼みたい。」

「・・・世話、ですか?」

 意外な内容に私は思わず聞き返した。

「そうだ、『世話』だ。」

「私が、ですか?」

「君でなければ無理だ、

 少なくとも私や師匠せんせいでは。」

 ロス先輩も同調する様にそう言うが、何か腑に落ちない。

 師匠たちであれば命令一つで『世話』をする人材は揃えられるのに私に話を持ってくる意図が読めないのだ。

 だがその疑問は、師匠せんせいの次の行動で一気に明らかにされた。

「とにかく会ってくれ、但し以降他言無用で頼む。」

 師匠せんせいそう言って天幕の入り口を開けると、私を中へ招き入れた。

「紹介しよう、アリシリア・コーノ嬢だ。」


 天幕の中には椅子が一つあって、そこには小柄な人影が有った。

 その姿を見て私の心臓の鼓動が跳ね上がった。

 その人物は、銀糸を思わせる銀髪と赤味の強い琥珀色の瞳を持つ化け物、そう❝白い死神❞と綽名される少女であった。である筈だったが、そこに有ったのは戦塵に塗れてくすんだ銀髪と心細げな表情を琥珀色の瞳に浮かべた少女の姿だった。

 私にはその姿が酷く脆く儚く見えた。


年末は仕事上色々あったのと、他の作品を書いていたので投稿が遅くなってしまいました。

この話も後2話ほどで完結する予定ですのでもう少しお付き合いください。


またいつも通りですが、誤字脱字、表現のおかしな点は指摘していだくと助かります。

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