終わりと始まりⅡ
ご無沙汰しています。
終わりと始まり Ⅱ
「よし、これで終わり。」
私がそう言って魔仗への魔力の供給を止めると、それに呼応するように魔仗の先端に展開されていた術式陣の燐光が消えた。
「さて、立てるかな?」
私が目の前に座る男性に問い掛けると、男性は何度か右足を曲げ伸ばししたあとで恐々と言った仕草で右足に力を入れるとゆっくりと立ち上がった。
「どう?痛む?」
私が驚愕の表情で立ち尽くす男性にそう問い掛けると、男性はその表情を改めて大きく首を横に振った。
どうやら痛みは無いらしい。
「はい、じゃあ行って良いけど無理に身体は動かさないようにね。
まだ身体は慣れていないから。」
私がそう言うと男性は、衛兵に伴われて数歩歩くと私の方へ振り返って大きく頭を下げ、天幕から出て行った。
「さて、これでお終いかな?」
私がそんな言葉を呟いて大きく伸びをしていると、背後から声が掛けられた。
「あっ、こちらも終わったみたいだね。」
聞き慣れた声の方を振り返ると天幕の入り口に、医療隊の制服である薄い緑色のローブを纏った少女が立って居た。
「お疲れ様、ガーネット。はい、差し入れだよ。」
柔らかそうな栗色の髪を後ろで纏めた少女は、私に歩み寄ると手にしていたカップの一つを差し出すと前の椅子に腰を掛けた。
彼女の名はリリーナ・ガランド、魔法学院の医療魔法士専科からの同期の友人で今も同じ班で医療任務に従事する医療魔法士だ。
「ありがとう。」
私がそう言って受け取ったカップの中には、魔力の回復を促進するという琥珀色の液体が満たされていた。
魔力回復に効果が有る薬草を煎じた一種の薬湯なのだが、これがすこぶる不味い。
「私、これ苦手なのよね。」
そう言ってリリーナは、苦みとえぐ味の強いその液体を口に含んだ。
「魔力の回復を早めてくれるって話だけどね。」
魔法士も医療魔法士も、特に野外での活動では世話になるお茶だが私も例外でなく苦手だった。
「でも、何か呆気なかったよね~。」
リリーナが魔力回復茶(仮称)の苦さに顔を顰めながら、唐突にそう言った。
「何が?」
「今回の戦闘のこと・・・!」
話に乗ってこない私の問いに、リリーナは不満げに口を尖らせてそう答えた。
「最終決戦!とか言って騒いでいたのに、蓋を開けてみたら戦闘はヴァンクリフ閣下の冒頭の魔法攻撃で敵は総崩れ。結局半日で済んじゃったじゃない。」
「長引いて死傷者が大量に出るよりは良いんじゃない?」
「抑々、連中(帝国軍)は一体何しに来たんだろうか?
たった3000程度の軍勢で!」
リリーナは私の言葉を無視して憤慨した様な表情でそう語ったが、彼女も別に何か派手な戦闘が有れば良いと言っているのではない。
私達王国軍が今回の戦闘に際してそれなりの備えと其れ相応の覚悟をもって戦場に来たのに対して、相対する相手(帝国軍)の余りに稚拙で無様なその様は驚愕を通り越して幻滅の域にあった、と言いたいのだ。
夢見のジル様を筆頭とした「塔」の先見の方々の予見で、凡そ一ヶ月前に今回の大規模侵攻を察知していた王国軍は、全軍が予見された侵攻に対する備を行っていた。
それは当然、支援部隊である私たちの医療隊も同様であって、消耗品である医薬品の確認と補充や医療用装備の点検と整備、更に医療用魔法の魔力保持の為に魔石への魔力の充填を交代で行う等、多くの時間をそうした作業に充てていた。
なのに敵軍はあの為体である。
帝国軍、と言うよりも軍を指揮していた帝国の貴族たちはただ漫然と三千の兵にモンテレイアを攻めさせた。
そこには一切の捻りも工夫も無く、況してや軍略や戦術など存在もしなかった。
ただ彼らに有ったのは『自分たちが選ばれた正統な権力者であるのだから、我々が責めれば相手(王国の事)は敗北し我々に平伏し許しを乞うのが当然である。』と言う、意味の解らない理屈であった。
勿論、我々にこの様な戯言に付き合う義務はない。
故に彼らは、矢を放つ直前の引き絞られた弓の如く準備万端整えた我が軍の前にその痴態を晒す結果と成り、三千の烏合の衆は頭である貴族軍と傭兵隊を刈り取られて事実上壊滅することと成ったわけである。
リリーナの言葉では無いが、正しく『呆気ない。』結末であった。
実際には彼らも流石に無策ではなく、計三万の軍を五ケ所の経路から同時多発的に侵攻させ、同時にそれを支援する為に領域外の帝国領から長距離砲による砲撃をする等策は一応存在はしていたのだ。
しかしながら、既に予見によって相手の手の内を知る我が軍に効果は無く、逆に分散した戦力を各個に撃破され侵攻軍は侵攻後半日を経ずして早々に壊滅したと言う訳である。
更に辛辣なのが、彼らが相対した戦力が五〇〇名の守備隊と二〇名の魔法士の一個混成大隊の寡兵であった事である、勿論この数の中には私達医療魔法士五〇名は入っていない。
これが六個、総兵員数三〇〇〇の兵が帝国軍を迎え撃っていた訳である。
対する帝国軍はモンテレイア方面でも三〇〇〇、総計は前述通りの三万の兵であったから十倍の戦力差が有った事に成る。
この戦力差を以て、彼らは歴上稀に見る惨敗を喫した訳である。
これが、帝国貴族は戦のイロハを知らず、狩りと戦争の違いも判らない無知蒙昧の徒、との評価されるに至る所以であった。
序でながら言えば、守備隊の後背には後詰として敵の三倍超にもなる中央軍、通称打撃軍が万が一に備えて控えていたのだから、最初から敵に勝ち目は無かったと訳だ・・・・。
その一方で敵味方共に戦力の損耗が防げたのは僥倖と言えた (帝国貴族とその取り巻きや傭兵は除く)、何しろ打撃軍はこの後の帝国領への逆侵攻に於いては主力であり、他の部隊もこの先の戦いを考えれば無為に損なう訳には行かなかったのだから。
「まあ、御かげで私達が戦う最悪な事態は避けられたし、戦傷者の数も少なかったから助かったけどね。」
リリーナはそう本音を口にした。
それは私も同感だ。
我々医療隊の仕事は戦闘による負傷者、戦傷者の治療と治癒だ、そして処置する対象は王国兵だけでなく帝国の兵も含まれる。(当然、処置完了後に我が軍の捕虜と成るが・・・。)
因みに処置を行うのは兵士だけ、貴族には特別に指示が無い限り止血と機能止め程度の応急処置で留めるが当然痛みはそのままで放置される、責任を問い処刑されるまでに死なれない為だけの処置だからそれで充分なのだ。
今回も同様の処置を行ったが、帝国兵の処置を行いながら気が付くことが有った。
「さっき、足の悪い帝国兵の治療したんだけど。
右膝が悪くて歩くのに大変なのに、有無を言わさず徴兵されたらしい・・・。」
「私の方も似たような人を治療しているよ。
何か、根こそぎって感じだよね。」
「人的資源の枯渇か・・。」
私は、いや医療士の多くが処置した帝国兵を見て、彼らが満足に戦えない状態である事に気づいていた、此れまでの徴兵で不適合として除外された人、年齢的に無理がある人が多く見受けられたからだ。
加えて栄養状態の悪さも目立った。
「貴族の連中は、弾避けだって言ってたらしいよ。
兵隊さんたちの事。」
「はあっ?
あいつ等、最低!」
私は思わず語気を粗くした。
「小麦を育てる農民が居なくて、どうやってパンを食べるつもりなんだ?」
正直、その様な帝国貴族どもの考えか方は私の理解の外に有った。
「なるほど、なるほど、貴族のご令嬢のガーネット様にも解らないか・・。」
「解りません!」
正直、帝国の貴族の連中と同列に扱われる事には抵抗があった。
「でも、残念だったな・・・。」
これまでの真面目な話の内容から一転する事を宣言する様に、リリーナの口調が変わった、勿論表情もだ。
「何?」
「ガーネット様の出番が無かったじゃない。」
「うん?
私も、50人は治療したけど。」
私はリリーナの言う言葉の真意を測りかねて、真面目にそう答えた、が・・・。
「いやいや~っ、『血濡れの天使』の出番がね・・。」
私は、リリーナが言い終わる前に腰に差していた魔仗を引き抜くと素早く彼女の鼻面にそれを向けた。
「ちょうどいいわ、今回は出番が無かったからその顔、切り裂かせてもらって良い?」
「ええ!冗談、冗談、ジョウダン!
お願い止めて!!」
私が笑顔を浮かべながら魔力を魔仗に集中させて術式を起動させる素振りを見せると、リリーナはそれまでのふざけた口調と態度から、一転して助命の嘆願を始めた。
勿論、私も冗談以上の事はするつもりも無いので、直ぐ魔力は散らせて起動を止めた。
「どうして医療魔法士なのに、戦闘用魔法の使い手が居るのかしら。」
リリーナは、一瞬にして自分の命を刈り取る事も可能な魔仗が鼻先から外されたことに安堵して鼻を押さえながら、そう愚痴った。
「それは、贖罪?
いや、呪い・・・・かな。」
私が、愚痴るリリーナへそう小さく呟くと、彼女はハッとした表情をして俯いた。
「ごめん・・・。」
先の投稿から半年近く開いてしまいました。これまでもずっと書いていたのですが中々納得いく内容が書けず時間が掛かってしまいました。
今回中途半端の内容ですので続きも成るべく早く投稿するつもりです。