出逢いと離別 中編
予定通りに投稿が出来ました(汗
出逢いと離別 中編
俺には娘がいた。
唯一の家族、一人娘だ。
名前はアルメリア、アルメリア・ヴァンクリフ。
俺や家の者、親しい友人はリアと愛称で呼んでいた。
このアルメリア、リアがジルと始めて顔を合わせたのは今から6年前、ジルが8つ、リアが12の時だった。
そしてジル、ジュリアーナは有力伯爵家の庶子としてこの世に生を受けた少女であった。
ジルは、生まれて物心つくまではごく普通の平民の娘として育てられたが、4歳の時に母の死に伴い父であった伯爵に引き取られることになったと言う。
しかしながら伯爵の側に父としての愛情は無く、単に容貌が良く女児あったことから政略結婚の駒としての利用価値を認めた故の養育であった。
伯爵家に入った事でジルの生きる世界は大きく様変わりした。
当然戸惑いもあっただろうが、ジルはその様な様子を見せず従容としてその環境を受け入れた。
それは、自分を拾ってくれた父でもある伯爵の期待に応えようとした為であったかもしれない、或いは既にこの時から彼女の心は壊れ始めていたのかもしれない。
皮肉なことに彼女は聡明であり、幼い頃から貴族令息令嬢として教育を受けて来た兄や姉よりも物覚え良く優秀であった。
しかしながら、その聡明さが彼女を孤独にさせた。
幼さに不釣り合いな賢さと美しい容姿、其れとは対照的な感情がこもらない紋切り口調の言葉、故に伯爵の本妻とその子らはジルを毛嫌いし疎んだ。
それは彼女らの劣等感故の所業であったが、やがてジルは伯爵家の中で居ない存在として無視されるようになった。
だが、それでもジルはその状態を受け入れた、幼い自分にはここ以外に行く当てはなかったからである。
そして2年後の6歳の時、ジルは夢見の異能に目覚めた。
ジルはある日、夢にで見た義姉(正妻の娘)の死の予見を本人に告げた。
しかし、その姉はジルとは歳が近いが為に庶子と言う事でその存在を見くだしていた相手よりも出来が悪い事で強い劣等感を抱いていた。
だからジルが言うその予見には耳を傾けず、そのまま出かけて行った。
だがその予見は現実のものと成った。
この事から、ジルが夢見の異能を持つ「夢見」の異能者であることが発覚することとなった。
「死告げ」とも呼ばれる「先見」の異能持ちの存在は体面に何よりも気を遣う貴族にとっては汚点以外の何物でも無かった。
貴族の庶子から「死告げ」へと転落した少女は、それ故に、伯爵家にとって不都合な存在として父親の命によって2年以上も屋敷内の奥深くに軟禁される事と成った。
しかし、隠そうとすれば逆に広がるのが社交界の噂でもあった。
この「死告げ」令嬢の噂も一時社交界で話題と成り、「塔」の要員を求めていたエイムス・ノルンの耳にも入ることとなった。
結局、ジルの存在を突き止め辿り着いたエイムスは彼女を助け出す事が出来たが、この時のジルは肉体的にも精神的にも酷く衰弱した状態であった。
エイムスは、魔法士であると同時に自身も先見の異能を持っており、それが原因で生家の子爵家との関係が断絶されていた。
アルカス地方においては、古来より夢見や先見等の異能者は「死を告げ、死を招く不吉な存在」と疎まれ社会より排除され廃絶される存在であり弱者であった。
しかし、エイムスは先見たちの見る予見が扱いようによっては社会的・国家的に大きな力を持つ指針に成り得る可能性を見出し、彼らを組織し本来は断片的にしかもたらされない予見情報を精査統合する手法を編み出すことに成功した。
この業績により、彼ら先見たちを保護する為にエイムスが組織した「塔」はそのまま情報の収集と分析評価を行う諜報機関として国に認められ、エイムスにはその功績に伴い伯爵位と初代塔長の椅子が与えられたのである。
彼は自身の先見の能力はさほど高くは無かったものの、発想力と分析力、折衝力や人をチームで動かす能力に長けており、彼が居なければ諜報機関である「塔」は存在せず、先見たちも社会の片隅に追いやられ日が当てられることは無かったといわれている。
しかしながら、その一方で彼は私人としては決して幸福とは言えない生活を送っていた、子爵家の次男として生まれながら先見の能力ゆえにその存在は抹消され、唯一の理解者であった妻とも長男の死に対する予見が原因で離婚していた。
この為にジルを引き取った当時40歳のエイムス・ノルン伯爵は独り身であり、未だに「塔」の一角の宿泊施設に寝泊まりする身であった。
そんな彼は、心を閉ざした少女を抱えて途方に暮れる事と成ったのである。
しかしながら、こうした二人の窮状に手を差し伸べる人物がいた。
それが、我が娘アルメリアであった。
リアは5歳の時に母親を亡くし、仕事に忙しい父親、つまり俺が戦時中でもあった事から家を空ける事が多かったことから孤独を実感していた。
確かにヴァンクリフ家の王都屋敷には多くの使用人がおり、彼女には養育係のウェルズ夫人を始め親身に世話を焼いてくれる人は居た。
だがそれは、肉親の愛情とは違っていた。
だからリアは俺からジルの苦境を聞くと、直ぐに行動を起こしてエイムスからジルを取り上げて我が家へ連れて来た。
以後彼女は甲斐甲斐しくジルの世話を焼き、その生活を支える事に多くの時間を費やした。
そして、ジルは家族に捨てられた自分を暖かく包んでくれる存在を徐々に受け入れ、固く閉じていたその心を少しずつではあったが解きほぐし笑顔を見せてくれるまでになった。
やがて、ジルはアルメリアを『リア姉』と呼び、恰も雛鳥が親鳥の後を追う様に行動を共にするようになっていった。
それはリアにとっても喜びであった、これまでヴァンクリフ侯爵家令嬢として周囲の者から世話を焼かれるだけの存在を脱し、自分も誰か他者の支えに成れた事の実感は彼女を大きく成長させたと思う。
しかしながらである。
俺から見れば、朝の起きてから夜寝るまで、いや寝てからもジルの世話を焼くリアの姿は正しく母そのものであった。
「リアは、まるでジルのママだな。」
ある時、俺はリアにそう言った。
当然であるが、それはやや度を越した献身に対する警句の意味もあったのだが、本人は真っ当に賞賛の言葉と受け取ったのか、
「そうお父様に仰って頂けると頑張った甲斐がありました。」
と、リアはその満面の笑みを浮かべて答えた、がその直後に何か考える様な表情に代えると真顔のままこう言った。
「では私が母親でしたら、お父様はお爺様と言う事に成りますね。
ヴァン爺御様ですね。」
そう言い終えるとリアは破顔して可笑しそうに笑いだした、それに釣られる様にジルも笑いだし、『ヴァン爺』『ヴァン爺』と繰り返した。
俺も最初は、『止めなさい。』と言って止めようとしたが、娘たちの勢いに呑まれて仕舞いには一緒になって笑い出して、屋敷には三人の笑い声が響くこととなった。
思えばあれは俺の、いや我が家にとって唯一と言って良い幸せな時だったと思う。
しかし、時は確実に過ぎて行く、そして幸せと感じているのなら尚更その時間は短く感じる。
ジルが我が家に来て2年、ここで二人は別々の道を歩むこととなる。
ジルが10歳、リアが14歳であった。
この年、リアはこれまでの就学先である王立学院初期高等科から王立魔法学園へ移る事となった。
初期高等科を後一年残した飛び級での進学であるが、これは学院内での魔法適性検査において高い魔法適性を示したためで、学院側からは医術魔法士専科への就学を勧められていた。
戦時下である現時点に於いて、王国の重要な戦力である魔法士の育成は急務であった、特に医術系の魔法士は、魔法士適性者の多くが戦闘魔法士として育成される為に常に不足気味だった。
基本的にアルカディス王国では女性が攻撃魔法を習得することはない、叛徒勢力側の様に法的に禁止されている訳では無いが慣習的に女性の戦闘魔法の習得は禁忌とされていた。
従って王国には女性の魔法士は公式には存在しないことに成る。
これは、王国では魔法とは攻撃用の魔法を指し、それ以外の治癒魔法や結界魔法、念話や先見等は一般魔法とされ、攻撃用の魔法とは別扱いとされてきた為であった。
故に魔法士としての適性を持ちながら女性には魔法士への門戸が開かれることは無かく、その一方で前記の通り戦闘魔法士以外の魔法士、所謂一般魔法士は常時不足していた事から、魔法適性を持った女性の多くがそちらへ流れる結果と成り、一般魔法士に於いては質と量の両面で女性が主役と成っていた。
また、こうした事情から医術魔法士の適性を持つ者が、魔法学院の医術魔法専科へ進むことに拒む余地はないのであるが、リアには一応要請と言う形で話が来た。
これはリアが魔法士団の副士団長の娘であり、侯爵令嬢である事を考慮、或いは配慮してのことであろう、勿論拒否する事は俺の立場も上出来ないがリアも医術魔法士への道を望んでいたから問題なく決まった。
問題が有るとすれば、ジルの方であった。
王立魔法学園は全寮制であるため、例え家が王都に有っても自宅から通うことは出来ない。
これは王家関係者であっても変わらない鉄則であった。
実際に就学当時、第一王子であった王太子のロディックも寮生活を謳歌している(本人曰く「人生で最も自由な生活を日々であった。」)。
しかし、寮生活となればジルとは一緒の生活は不可能となると。
従って、俺は「さてどうジルを説得しようか」と頭を悩ませていたが、そこは杞憂に終わった。
「大丈夫、ジルはエイムスの所で夢見に成る。」
恐る恐るリアの事を切り出した俺に、ジルはアッサリとそう言ってのけた。
「良いのか?」
リアの事とは別にそれはそれで懸念が有った、ジルは自身が家族から拒否される原因となった夢見を恐れ、眠ること、夢を見る事を忌避していたのだ。
最近はリアの献身的な世話が癒しと成り一緒であれば眠れるようになっていた、しかし、それ故に一人に戻れば再発も懸念されていた。
「ジルは、リア姉やヴァン爺、クリム兄さんを夢見で応援する。」
そう語った、ジルの目はその決意の強さを物語っていた。
「それに、ロディ兄やエディおじさんの為に働きたい。
大丈夫、ジルもヴァンクリフ家の娘だから。」
無理もしているであろうに、笑顔を作ったジルはそう言って胸を張った。
『ジルもヴァンクリフ家の娘だから。』
その言葉は嬉しかった。
俺も、リアとジル、二人の娘に変わりない愛情を注いできたつもりだった、それが報われた気がしたのだ。
しかしながら、王太子をロディ兄、国王をエディおじさんと呼ぶのはどうかと思うが、彼女も国王と王太子が何かにつけて気を掛けてくれていたことを感謝しており、その恩返しをしたいと望んでいたのだ。
やがて、リアの魔法学院への進学に伴い、ジルもエイムスに連れられて「塔」の予見者育成所へ旅立って行った。
そあいて、気が付くと俺は屋敷に一人だった。
正確には、我が家の執事や使用人たちも居るので一人では無いが、そう言う話では無い・・・。
「急に、静かに成ってしまいましたね。」
古い付き合いの執事が空になったカップに紅茶を注ぎながらそう言いった。
彼、執事のサラザール・マクダフの一族は我ヴァンクリフ侯爵家に代々仕え優秀な執事長や女中頭を輩出して来た一族で、彼もまた俺にとっては頼れる存在であり、アルメリアとジュリアーナを可愛がった一人だった。
「サラ、お前さんも寂しそうだな。」
「そうでございますね、リア様もジル様も接していて飽きる事が有りませんでしたから。
孫も独り立ちしました故、失礼ながらこの爺の寂しさを慰めて下さいました。」
マクダフは手にしたポットをワゴンへ戻すと、物音が消えた居間を見回してそう答えた。
二人の娘が巣立ち、俺は、嫌我が家は寂しくなった。
それでも幸いな事に、リアは筆まめであったらしく学校での新しい生活を頻繁に手紙に書いて知らせてよこしてくれた。
学校での出来事、寮の生活や友人との付き合いなどの日々の身の回りに起こった事や、医術魔法についてなど将来や魔法に関する考察などを四季折々の風物を交えて伝えてくれた。
そして、学校の長期休みにはリアはジルと示し合わせて王都屋敷に返って来た。
成長した二人が語る会話は、以前に増して華やかでにぎやかで、その時だけは我が屋敷は賑やかくなった。
そんな生活が終焉を迎えたのは2年前、リア16歳、ジル12歳の時であった。
この年の9月、叛徒軍が境界線を越え王国領内へ侵攻した。
予告通りに中編をお送りしました。
この話は、殆ど描写のない王国側を掘り下げようと考えたのですが予想通り思ったよりも長く成ってしまいました。
後編は水曜日か木曜日に投稿する予定です。
では、誤字脱字が有りましたらご一報ください。




