出逢いと離別 前編
お待たせ?しました。
久しぶりの更新です。
出逢いと離別 前編
その日、俺、アルトゥーロ・ヴァンクリフは王都ハルメルクでは行われた国防に関する極秘の会議へ招集されていた。
招集されたのは、国軍・魔法士団・諜報機関の「塔」の上層部に軍務省の官僚、更に王室関係者と言う錚々たるの面々だ。
俺は魔法士団副団長ではあるが魔法士団のトップとして参加した、これは魔法士団長のロディック殿下が今回は病床のエドワルド陛下の名代である王太子として王室側で列席したためであった。
その極秘会議の舞台と成ったのは、近年王都近郊へ移った国軍総司令部、その奥の院とも呼ばれる参謀本部会議室であった。
ここは元は王都守備隊の練兵場であったが、内戦の進展による軍組織の拡大と戦術の変化に対応する為の組織改編に伴い、王城内の軍司令部設備が手狭と成った結果の移転拡張であった。
この時代、王国軍は旧来の封臣貴族による領民兵の寄せ集めから、一般国民つまり平民から幅広く登用(徴用)した兵士から成る国民軍と平民魔法士、更に工兵や砲兵等の専門職の常設の雇用兵=職業軍人の採用による熟練技能集団へ変貌していた。
この新しい形の軍は、旧態依然の封建的軍組織から脱却できていない叛徒勢力軍に対してあらゆる面で寡兵でありながら凌駕する水準に迄その戦闘力を高めていたが、同時に後方に於いてより綿密で高度な支援能力を要求した。
此れに応える形で、輜重(補給)・作戦・情報偵察の各分野が増強されたが、結果として後方の支援関連組織に於いて処理すべき事務量が大幅に増える事態と成った。
王宮内より王都近郊の守備隊練兵場へ王国軍総司令部が移転し拡張されたのは、それら物理的限界に対する為、それが理由であった。
会議が始まると今回の会議の招集者である、国軍総司令官カール・クラウス・フォンシュミット大将より、叛徒勢力軍による王国領内への大規模侵攻が予見されたことが告げられた。
続いて登壇したのは、「塔」の長であるロベルト・フォルクスであった。
彼は参加者の手元に2冊の資料が配布さるのを待って、今回の予見に関する説明を開始した。
手元に配られた資料の双方の表紙には『極秘』の文字が記されており、その一つのは叛徒勢力軍の作戦開始の日時、攻略目標、侵攻ルート、投入戦力、指揮官の氏名などの謂わば敵勢力の作戦実施要綱であり、「塔」の先見たちの予見情報と叛徒勢力内へ潜り込ませた間諜や情報提供者からの諜報情報を基に総司令部の参謀たちがまとめ上げた力作であった。
「ほ~っ、こいつは・・・・。」
資料に目を通した参加者の中から溜息と言葉が漏れた。
それは一つでは無く、大同小異の言葉が会議室のあちらこちらで上がった。
「しかし、叛徒連中も哀れなものだな。」
「確かに・・・。
作戦開始のひと月も前から敵に作戦内容を把握されているのだからな。」
「これでは、カードゲームで自分の手札を見せながらプレーするのと同じですよ。」
それは敵に対する同情と憐れみであり、ここまで資料をまとめ上げた「塔」と参謀本部に対する賛辞言葉でもあった。
それは俺も同様だった。
「然しながら塔長、この内容は極めて確定的に書かれているがどこまで確実なのか?」
それでも、よく出来た資料故に万が一の確率で予見が外れた時を想定して危険性を感じ取り声を上げる者も居た。
故に、騎馬隊の徽章を付けた気真面目そうな士官がそう問い質した。
「心配無い。」
その問いに答えるのは、幼さの残った声だった。
「連中は極く単純。
答えは一つしか無い。
だから予見も簡単。」
抑揚のない声で答えたのは塔長フォルクスの横に座った小柄な少女であった。
「成程、聖女ジル様がそうおっしゃられるのなら問題はないですね。」
本心から問題だと思っていなかったのか、その騎馬隊士官はジルの答えにアッサリと前言を翻して納得した。
「聖女は止めて、恥ずかしい。」
納得顔の士官とは対照的に、ジルは赤面した顔を俯き気味にして隠しながら頬を膨らませた。
その照れる姿に俺は、彼女が未だ少女と言える年齢であったことを再認識させた。
3年前にその予見能力を見出されて夢見と成った少女ジュリアーナ・ノルン、愛称ジル。
今年14歳になった彼女は、その儚げな容貌と「聖女」と言う肩書とは対照的に大人、それも目上の人間にも遠慮なく毒舌を利かした口を利く傑物だった。
但し、それが可能なのは彼女の夢見の情報が極めて正確であり、有用であるからであったが、先代の塔長であるエイムス・ノルンに引き取られた6年前を知る俺たちからするともう少し子供らしい顔を見せてもらいたとは思うのが本心だった。
まあ、ジルのことはそれで良い。
そう思って、俺はもう一つの資料を手に取った、こちらは我が軍の作戦要綱だ。
先に目を通した予見情報資料、つまり敵の作戦要綱によれば、叛徒勢力は南北を結ぶ5つの主要街道沿いに南下、ルート上の村々を襲いながら最終的には王都ハルメルクを目指すと予見されていたが、先ずは境界を越えて直ぐの五つの街の占領を第一目標とすると記されていた。
敵は初期の侵攻に於いて各ルートに一個軍団を投入すると記されていた、対して我が軍の作戦要綱に拠れば、こちらは大隊に上級魔法士を中心とした100名程の魔法士隊を支援に付けた増強大隊を8個投入する予定であった。
もし敵に、嘗ての帝国に範を取るだけの力が有ったら、一個軍団5000、総数25000の兵力を8個大隊5000で相手をしなければならない所だが、幸いにも叛徒勢力の軍団は多くても3000、最近は2000に満たないのが普通で今回もその例に漏れていないと予見されていた。
しかも、その半数は戦場ではあまり役に立たない傭兵隊だった。
しかし、そこまで読み進んで何かしらの引っ掛かりを覚えたる。
敵の作戦があまりにも単純過ぎるのだ。
この戦力では、王国の上級を含む強力な魔法士の前では無力であるのは敵も理解している筈であった。
故に、先代のカトン帝は戦力を消耗させるだけの大規模な侵攻は止め、ガス抜き程度に貴族が希望する小規模侵攻を行うに止めて来たのだ。
では何故、この様に簡単に戦力を消耗させる様な侵攻を行うのか?
敵はこの事を理解できないのか?或いは、知って、消耗を承知で行っても充分な勝算がある手が隠されているのか?
一瞬俺は、「戦略魔法」と言う文言が脳裏に浮かんだが、瞬時にそれを否定した。
戦略魔法の使用はガーネ協約により互いに禁止していた、もしこれを叛徒側が破れば王国は協約を破棄して一気に戦略魔法により叛徒勢力を殲滅することが可能と成る。
そう、ガーネ協約で守られているのは叛徒勢力の方なのだ、それをわざわざ破棄することは無い。
そう結論付けて思考を打ち切った俺は、ふと視線に気付き資料から顔を上げ向けられたその視線を辿った。
その先に居たのはジルだった。
彼女は会議室中央に置かれた長大で重厚な造りのテーブルの向こうで塔長のフォルクスの影に隠れる様に座り、俺が視線に気が付いたのを知ると慌てて視線を逸らせた。
俺はジルのその態度に感じるものがあった、❝あれはジルが何か隠し事をしている時の行動パターンだ❞と。
「ちょっといいか?」
直接ジルと話す機会が欲しくて珍しく発言する俺に皆の視線が向けられた。
「俺の担当が『モンテレイア』に成っているが、そこで良いのか?
戦略級魔法士を宛がうにしては獲物が小さ過ぎるが。?」
我が軍の作戦要綱によれば俺が担当するのは境界線帯の中央部に位置する都市モンテレイア、地政学的に見ても重要なのは理解できたが、そこへ侵攻して来る敵が問題だった。
先の資料によれば、指揮官はルーメット侯爵家の嫡男であるアーガン・ルーメット、彼と彼と共に進軍して来る取り巻きは何れも軍の指揮の経験が皆無であるか有っても僅か、数は2000名近い兵が来るらしいがその半分以上は俺たちが「コソ泥軍」と呼ぶ傭兵隊だ。
どう考えても、戦略級魔法士を俺を含めて5人も投入すべき戦場ではない、例え敵の指揮官が先代の「白銀の守護鬼」オシュア・ルーメットの孫であってもだ。
「ヴァンの疑問はもっともだが、お前さんの件はジルのご指名の決定事項だ。
理由は悪いが個別に聞いてくれ。」
付き合いの長いカールはそう言って話を終わらせた、後はジルに任せたと、と言って。
これで所期の目的を果たした俺は軽く頷いてこの話を終わりにした。
その後、幾つか質疑が有ったがそれも終わり、そこで会議は散会と成った。
皆が資料を手に何やら語り合いながら会議室から出て行くのを見ながら、俺は随伴して来た副官のクリムトら魔法士団の面々に一足先に士団の本部へ戻る様に告げるとジルの元へと歩み寄った。
「さてと、聖女さま。
聞かせてくれるかな?」
努めて平穏に話しかけたが、何故かフォルクスには「暴力はいけませんよ。」と忠告されてしまった。
「するかよ。」と、心の中で毒づくとフォルクスは側近たちと会議室を出て行った。
会議室に残ったのは俺とジルの二人だけと成っていた。
俺はジュリアーナへ歩み寄ると、そっと手を彼女の頭の上に置きそのまま胸へ抱き寄せて頭を撫ぜた。
「お疲れ様、今回も良い仕事をしたな。」
「うん、頑張った、ヴァン爺。」
そう労いの言葉を掛けると、今回も先見の中心となった『夢見の聖女』ジルは、そう言うと俺の腕の中でまだ薄い胸を張った。
「だからヴァン爺は止めろ、ヴァン爺は。」
それは懐かしい、家族同様の間柄でのいつも通りの会話だった。
だからその答えもいつも通りだった。
「駄目、ヴァン爺はヴァン爺なの。」
そう言って彼女はいつも通りに微笑んだが次の瞬間表情を変えた、嫌、表情だけでな纏う空気も変わっていた。
「ヴァン爺。
ヴァン爺の中のリア姉は未だ泣いているの?」
艶やかな黒髪と紫水晶を思わせる瞳の少女は、その眠たげな瞳の中に真剣な光を浮かべて俺を見上げながらそう言った。
一瞬、刻が、鼓動が止まった気がした。
実は、月曜日(26日)に予約投稿したのですが、何故か投稿されなかったのでもう一度です。
今回、少し時系列的に遡って王国側のキャラ、アルトゥーロ・ヴァンクリフを主役に3話ほどの番外編を間章として挟んでみました。
この3話の後で完結の予定です。中編は日曜日に投稿予定です。
ではいつもと同じですが誤字脱字が有りましたらご一報ください。感想、ご意見もお待ちしています。




