広報映像と作られた英雄
春の架空戦記創作大会参加作品です、オリジナル戦記ですが今回は架空の世界で魔法が中心となるのでハイファンタジーとしました。
広報映像と作られた英雄
『諸君!我ら古代アルカディス帝国の正統な継承国家であるアルカディス王国は、今日まで幾度と無く自らを正統なる後継者と称する叛徒であり、我が国への侵略を試みる周辺国の尖兵であるアルカディス帝国を僭称する者たちと戦いを続けてきた!』
魔素に反応して映像を映す魔装スクリーンには、男の人が映されていました。素人の私から見ても判るきれいに仕立てられた王国軍の制服着て作りものの笑みを浮かべて喋るその姿は戦場には酷く異質で胡散臭い存在に見えました。
声は聴覚へ直接響く認識拡張型の術式でしょうか?スクリーンから離れているのにも関わらず明瞭にその音声は頭の中へ響いて来ました。
映像は敵方の王国のものですが、内容は解ります、と言うか百年前までは同じ国でしたから言語も文字も同じなのですから解って当然でしょう。
しかし、何時見ても思うのですが、戦意高揚を目的として作られたこうした広報映像は何故すべて似通って見えるのでしょうか?
それには帝国も王国も関係ないように見えました。
『王国と叛徒との闘いは今日に至るまで、百年に亘る戦の中で多くの王国民の命が失われ財産が失われた。
しかし!我ら王国民は決して屈することは無かった!
そして、今日また不逞なる叛徒の一群が国境を越えて王国へと侵入しようとしている事を私は知った。
しかし、私は何の不安を持たない、何故ならば不屈の精神を持つ王国民と精強にして忠実なる王国軍がこれに今回も備えているからだ。
見るがよい、我らの精鋭を!』
「どうした?コーノ銃兵。」
広場の片隅に突っ立って、スクリーンの広報映像に見入っていた私に声を掛ける人がしました、私が所属する1023銃兵隊の長である、カサンドラ・マシュド百兵長です。
未だ20代半ばという彼は、帝国南部の少数民族であるナ-サ人特有の浅黒い肌と逞しい体躯とは対照的な丸顔で童顔が特徴のベテラン銃兵でした。
百兵長は私と私が見つめるスクリーンを交互に訝しげに眺めていましたが、やがて自身も手にしていた魔装銃・アーケリスを肩に掛けると同じようにスクリーンに視線を向けました。
こうして居る間にも、スクリーンの中では男が喋り続け、時折戦場とそこで勇敢に戦う兵士たちの姿が流されました。
「この広報映像がどうかしたのかね?」
改めて、しかし、今度はより細密な質問を百兵長は私に問い質してきます。
「いえ、どこの国が作っても広報映像の中の英雄の描き方は同じだな、と思いまして。」
私は、スクリーンへ向けた視線をそのままにそう答えました。
「そうだな、確かに・・。」
マシュド百兵長も、視線をそのままにして一言そういった後、何か考えているようでしたが言葉を続けました。
「映像の中の兵は、皆勇敢で清廉で無私、命令には忠実で命を惜しまない。
完璧な兵士、故に英雄だな・・。」
そう語る彼の言葉は皮肉気に響きましたが、その言葉を引き金に私の脳裏には目前の映像とは別の広報映像が流れました。
それは私の祖国、アルカディス帝国において流された広報映像の1シーンでした。
その中で、その人は白に近い銀髪を陽光に綺羅めかして剣を振りかざし、皆の先頭に立って敵陣に切り込んでい行きます、共に戦う仲間が倒れることを気にする様子もなく、自らの身体に突き立てられる刃をものともせず敵と切り結ぶ姿はまさしく護国の戦鬼、白銀の守護鬼と称される姿でした。
でもその鬼が、父キリア・コーノの名で呼ばれてことに言い知れない違和感を感じたのです。
「君の父上もそう呼ばれるのに相応しい方だと思うが?」
「父は英雄などでは在りません。」
マシュド百兵長の言葉に応えた私の声は自分が思っていたよりも大きく硬く感じられました。
何故なら、私の知る父は敵とはいえ人を殺める事を忌避し仲間や部下が失われることに心を痛め、そして何よりも自身の命が失われることを恐れる人だったからです。
「そうだな、実際の兵士は英雄ではない。
誰もが戦うことに悩み、己の命を惜しみ失われる命に涙を流す。
勿論君の御父上も例外ではない。
だがそれでも尚君のお父上、コーノ千兵長は英雄と呼ばれるに相応しい方だと思う。」
そういうマシュド百兵長の言葉には強い後悔と憧憬の念が込められていました。
「私がコーノ千兵長の下で戦ったのはさほど長い期間ではない。
だがそれで充分だった。
あの方は何時も共に戦う我々を気遣ってくださり、私たちが生きて故郷へ帰れるようにと腐心して下さったのだ。
戦力にすれば取るに足らない私たちをだ。
末端の兵を取るに足らない存在と見る指揮官が多い中、あの方は違った。」
それは若いながら冷静沈着なマシュド百兵長が見せた感情を露わにする姿だった。
「私は、この愚かしい戦場であってもあの方と一緒に戦えた事を誇りに思っている。」
「ありがとうございます。」
だから私はそう言って百兵長に向かって頭を下げたのです。
時を遡ること5年、私の父は帝国軍歩兵隊の千兵長として王国との戦に赴きました。
戦いそのものはそれまで通り意味も意義も無く、指揮官となった貴族の我欲に従って無意味に命が浪費されるだけのものでした。しかし、その戦いの最中に事件は起きました、帝国の至宝とも称えられる名将、イビチャ・カトラス将軍が麾下の部隊と共に敵軍の包囲下に捕らわれたのです。
それは功を焦って彼我の戦力差も考慮せずに突出した無能な指揮官を敵中から救い出す行動中の出来事でした、彼を救い出すために援軍に向かったカトラス将軍の軍は待ち構えていた敵軍に逆に包囲される事となったのです。
私の父は、カトラス将軍が敵中で孤立していると聞くと独断で部下を率いて将軍の救出へ向かい、辛うじて将軍は救い出したものの自身は力尽き敵中で命果てたとされています。
国家的英雄を己の命も顧みず助け出した功績に対して、帝国と軍はその栄誉を絶称えて英雄の称号を下賜しそう称賛してくれました。
残された私たちの意思は全く考慮せずにです。
それは何か、不都合なものを覆い隠すかのような不自然なものでした。
「さて、皆集まってきたようだな。」
未だ繰り返して流し続けられる広報映像から向き直ったマシュド百兵長は、辺りを見回してそう言いました。
彼は集まり始めている部下の元へ行こうとしましたが、私は映像に視線が釘付けになったまま動けませんでした。
いつの間にか映像の内容が変わっていました。
画面の向こうに立つのは六つの人影。簡素な軍用ローブを纏っていることから魔法士らしいことがわかりました。
やがて映像が一人の人物が大写にすると、突然その人物の周囲に魔法の起動式が浮かび上がりました。
サイズは人の掌大、しかし、その術式の密度と込められる魔力の量からそれが見た目と違い半端な術でないことが伺い知れました、そして映像がロングに成るとその人物の周囲に無数とも思える数の術式が浮かんでいたのです。
そしてその人物が構えていた杖を前方に(つまり此方へ)付きだすと、魔力を溜め込んだ術式が一斉に火を噴きました。
その術式は単体であれば第四類魔法(初級魔法)の火竜弾ですが、それに込められた魔力の密度と量から上級魔法並みの威力を持っていることが感じ取れました、しかもそれが極短期間に無数に放たれたのです。
映像ではカットが変わると的らしい敵兵、つまり私たち帝国兵に見立てた人形の群れを一瞬で焼き尽くしました。
シーンが変わり魔法士も変わります、次の人物は徐に杖を構え何やら唱え始めました。
するとその人物が持つ杖の周辺に起動式が浮かび上がり急速に魔力が集まり始めました、次の瞬間その人物が杖を薙ぐように振るうとその軌跡に沿うように水の蛇が現れ彼方に並ぶ標的の人形を薙ぎ払ってゆきました、それはサーペントウィップ(海蛇の鞭)と呼ばれる第三類(中級)魔法でしたが威力も攻撃範囲も常識外れのものでした。
その後も次々と出てくる魔法士たちは桁外れの威力の魔法を披露してくれました。
私は絶句した表情でその映像を食い入るように見つめていたのです。
彼らが見せてくれた魔法は、その術式一つ取ってもその巧緻さと言い無駄の無さ魔力を込めるタイミングも量も芸術的と言っても良いほど、美しく洗練されたものでした。
それはこの映像に映された魔法が、極めて高いレベルの魔法士によって行使されたものであることを示していました。
そしてその映像の最後に再び先ほどの胡散臭い笑みを浮かべた人物が現れて次に様に画面のこちらに語り掛けてきました。
『どうかね?帝国兵諸君。
王国の特一類魔法士団の技の威力は?
もし諸君らが身の程も弁えずに王国に侵入すればこの魔法を受けるのは諸君ら自身だ。
諸君らも命が惜しいのだろ?』
ここまで映像を見て私は唖然としました、何故ならこの広報映像は侵攻してくる私たち帝国軍へ向けてのものだったからです。そして、その事実に気が付いて硬直する私を他所に胡散臭い笑みを浮かべた人物はそこまで語って、一度言葉を切りその笑みをますます濃くして言葉を続けました。
『君たちに選択肢を上げよう。』
私はその笑みがひどく質の悪いものに見えてきました。
『一つ目は、このまま降参する。勿論命は保障しよう。
続いては二番目、このまま故郷に帰る。今なら帰らしてあげるよ。
そして、最後の選択は・・・。』
その人物は三番目の選択肢を口にしようとしたとこで再び言葉を切った、そして感情が一切窺えない表情でその先を告げました。
『最後の選択は、我々の魔法士団の法撃を受けて殲滅される事だ。
彼ら六人は、王国の誇る戦略級魔法士だ、お望みなら骨も残さず跡形もなく消し飛ばしてあげよう。
さあ、どちらが良い?考えたまえ。』
選択の余地が有るのでしょうか?
どう考えても此方に勝ち目は有りません、それほど戦略級魔法士と呼ばれる人たちの技量は卓越してるのです。
そう思って周りを見回すと、集合場所の中央広場には他の部隊や貴族とその領民軍の姿も見えましたが、スクリーンの向こうの人物の言うことを真剣に聞いている人は少ないように見えました。
「フン!
そんな虚仮脅しを!」
私のすぐ横でそんな声がすると魔力の集中を感じました。
驚いてそちらを振り向くと馬上の人物が、杖を魔装スクリーンへ向けていました。
詠唱に従って術式が浮かび上がりましたが、先ほどの映像の術式とは対照的に人の背丈ほどもある術式は中身はスカスカで少ない魔法式も構文が雑で造りこみが出来ていない非効率でお粗末な代物でした。
ですから、そこから放たれた火竜弾は辛うじてスクリーンまで飛んで破壊したという稚拙なレベルのものでした。
「やはり居たか、穢れた血。
我が一族の栄光を汚したドブネズミ。」
法撃を放って得意げな表情のその人物は、周囲を睥睨する途中に私の存在に気が付いてその蒸しパンの様な顔に侮蔑の表情を浮かべると、態々騎馬を私の前まで進めてそんな言葉を投げつけて来ました。
「この様な所で油を売るとは、職務を弁えぬ俗兵らしいこと。
亡き祖父様は嘆いていることよの。」
散々好きなように私を嬲っていましたが、その私から何の反応が無いこと無視された思ったのかその人物は急に語気を強めました。
「貴様ら俗兵の働きが悪くて、行軍が遅れモンテレイアの王国軍を捕縛が叶わなかった。
この不始末の代償は貴様らの戦場での働きで贖させるから覚悟しておくが良い。」
それでも尚私は、その言葉に反応す事もなく一切の感情を浮かべない顔をその男に向けちました。
変に感情を表せば返って私を罵倒する口実を与えて喜ばせるだけと判っていたからです。
その男は上下左右も定かでない程に膨張した肉体を特注の煌びやかな儀礼用の軍服で包み魔石の嵌め込まれた魔装具である魔杖を片手に体格の良い軍馬に跨っていました(但しその馬はその荷物の重さに辟易としている様でした)。
得意げに魔仗を振り回す男の名はアーガン・ルーメット、今回の遠征軍の一隊を率いる千兵長で現ルーメット子爵の第二子でもありました。
そして、彼同様に私も認めたくない事ですが、私と彼には血縁上の繋がりが有ったのです。
今回も大会期間ギリギリの投稿になってしまいました。
今回は前書きに書いたように架空の世界で話ですのでファンタジーですが内容的にはこれまでの私の作品と大きくは変わっていないと思います。
3~4話で完結の予定です。