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6 もうひとつの依頼

『よう』


 電話口の男は陽気にそういった。コウジは市役所の職員の割にはどうもノリが軽すぎる。まあ、それは俺の偏見なのかもしれない。役所としてはハードワークで有名な保護課のケースワーカーとして働いているというのに、まったく悲観的な様子を見せないのはヤツの性格からなのか、それともその仕事がヤツの天職なのか、とにかくいつ会っても気楽な男だ。


「おう、なんだかどこかで見ていたようなタイミングだな」

『なにが?』

「さっき市役所に行ってきたところだ。お前、今日は外勤だろ? 電話大丈夫なのか?」

『ああ、外勤だからこそ自由にできるんじゃないか。それよりも、アキオ。明日時間作れないか?』

「あした?」とおれは声のトーンを一段あげた。

『おう、ほら。去年もやっただろ? 里山さんの畑で草刈りの仕事』


 コウジの声におれは、ああ、とやる気のない相槌をうった。市内から原付で三十分ほどいった集落にある畑の草刈りの仕事を手伝ったことがある。梅雨のこの時期は雨が多く、草木の成長も早い。余計な草は早めに刈っておかないと、活動期に入ったハブの恰好の隠れ家となるのだ。


「あれ、途中から草刈りじゃなくてハブ捕りじゃねぇか!」

『今年は手伝い料も弾むからってよ。捕まえたハブは全部くれるってよ』


 嬉しそうにコウジはいう。この島は危険生物であるハブの防除対策の一環として、生きたハブを捕獲し、保健所に持ち込むと、一匹当たり三千円の報奨金が出るのだ。ちなみに、以前は四千円だったが財政圧迫のおり、値下げが実施されている。


「全部つったって、何匹捕れるかなんてわかんねえだろうが!?」

『いなけりゃ、それに越したことはねぇよ! 悪い話じゃねぇだろ。頼むよ、俺の顔を立てると思ってさ』

「お前、市役所の上司にばれたら怒られるんじゃねぇの? 人に仕事の斡旋しやがって」

『アキオがいえた立場かよ!』電話口のコウジの声が大きくなる『別に俺だって遊んでるんじゃねぇよ。ケースワーカーってのは、こうした日々のコミュニケーションが大事なんだよ。それより、予定空いてねえか? ちゅうか、空いてるだろう?』

「悪いが、今日仕事を受けたんだよ。三日間で。だから木曜日以降にしてもらえないか?」


 おれはたいして悪びれることもなくいった。おれの仕事は事実だ。


『仕事? 三日間もなにするんだ?』

「そうだった。お前に少しききたかったんだが、土生吉助って人、知っているか?」

『ハブキチさん? ああ、知ってるもなにも、俺の担当区域だぜ』

「なんだと!?」


 おれはスマホにむかって叫ぶようにいった。受話器のむこうで「のわっ!」と小さな悲鳴が上がる。


「それ、本当か?」

『大きな声を出すなよ! それで、ハブキチさんがどうしたんだよ?』


 ああ、やはり持つべきものは友人だな。「雲をつかむ思い」が、「藁にもすがる思い程度」に緩和されたような気がして、おれはその藁に手を伸ばしたのだ。

 溺れるものは藁をもつかむ、とはよくいったもので、おれはまさにその深みにはまりかけている愚かな男なのだ。


「そのハブキチさんが今朝おれに依頼をしてきたんだ。娘さんがここ数日帰ってきていないらしい。それで、おれのところに探してほしいと依頼に来たんだ」

「娘さんって姫子さんがか? でも、それならなんで警察じゃないんだろうな?」


 コウジは土生の娘の名前も知っているようだった。そしてヤツの口にした疑問ももっともだった。実際、おれも同じことを土生に伝えている。そして彼はおれの問いに首を振ってこういったのだ。


「もしかしたら娘のヒメコさんが、何かの犯罪に手を染めているのではないか、ということを土生さんは心配しているんだ」

「犯罪に?」

「ああ」おれは電話口でうなずき、ついさっき事務所での土生の言葉を口にする。「ヒメコさんは高校に入って一か月ほどで学校に行かなくなったらしい。いつも昼間は寝ていて、夜になると家を抜け出すようにしてどこかに行ってしまうんだそうだ。それで……」


 おれは少し口ごもる。土生やその娘の姫子のことを知っているコウジに依頼人の相談内容を漏らすようで、多少は良心が咎めたのだ。しかし、悠長なことをいっていられる状態ではないと、思い切ってコウジには打ち明けることにした。ヤツはノリは軽いが、信用できない男じゃない。


「ハブキチさんが娘さんの部屋で、注射器のようなものを見かけたといっていたんだ。それで、夜出歩いてはそういう悪い人たちと交流をしているのではないかと気にしている。一刻も早く真相を突き止めたいが、下手に警察のご厄介になって、娘の経歴に傷をつけるのを恐れているんだ」

『なるほどな。夜中に出歩く……か。おい、アキオ。案外簡単に解決するかもしれないぜ』


 おれにはまだ事件の全体像すら見えていないというのに、ヤツには心当たりがあるのか、随分と自信ありげにコウジはそういい切った。おれは再び、声のボリュームを一段あげて問いただす。


「どういうことだ? なにか心当たりがあるってのか?」

『ああ、見かけたからな。ヒメコのこと』

「見かけただと!?」


 なんということだ。藁にもすがる思いが、地獄に仏、大海に木片、いや、渡りに船だ。ヒメコを探すという依頼がものの数十分で解決の糸口が見つかるとは、やはり持つべきものは友なのか。


「いつ、どこで見かけたんだ!?」


 そう問い詰めるおれに、余裕をかましながらもったいぶったように、コウジはたっぷり時間をかけて、『そうだなぁ』とうそぶく。このとき、おれは見えないはずのヤツの口元が、ぐにゃりと歪むさまをありありと想像することができた。


『アキオ、明日の予定ってどうなっていたっけ?』


 渡りに船と思っていた船は、どうやらカチカチ山の泥船だったようだ。


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