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11 過去につながる糸

「何やってるんだ、このフリムン(馬鹿野郎)が」


 大笑いしながらコウジは軽トラックから降りるなり、そういい放った。なぜか嬉しそうにしてやがる。

 幸いにも、ガス欠で立ち往生した場所から少し坂を下ったあたりでスマホが電波圏内になったので、おれはコウジに連絡を取り、GPS機能で現在地を確認してヤツの軽トラックでピックアップしてもらったのだ。

 今やすっかり無用の長物となってしまったスクーターを荷台に積み込み、厳重にロープで固定し終えると、おれはトラックの助手席に乗り込んだ。運転席からにやけ顔のコウジがいった。


「ガス欠おこして獲物に逃げられるなんて、こんな間抜けな探偵は今まで読んだ小説では出てきたことがないぞ」


 大いに反論したかったが、現に借りを作っている身だったので「悪かったな」と不貞くされるだけにした。


「ところで、この道はどこにむかっているんだ」


 おれがコウジにたずねると、ヤツは考える素振りも見せずに「市内方面に抜けることができる林道だ。何ならこのまま林道を抜けてみるか? ヒメコの足どりをたどれるぜ」といったが、おれはその提案を断わり、逆にコウジを待っている間に考えていたことをヤツにきいてみた。


「なあ、ハブキチさんってなんで生活保護を受けているんだ?」

「それは俺の口からはいえん。個人の情報だしな。でも、どうしても知る必要があるなら、今からハブキチさんの家に行ってみるか? なんならおれも付き合うぜ」

「そうだな。じゃあ、手間をかけて悪いけど、付き合ってくれ。確認したいことがあるんだ」

「この手伝い賃は高く付くぜぇ」


 コウジは意地悪な笑みをはり付けたまま、車をUターンさせて県道方面にむかった。日はすっかり暮れて、県道を行きかう車のヘッドライトが、ついさっきまでの林道とはまるで別世界のように眩しかった。


 土生さんの自宅は市内のはずれにある文化住宅の一角にあった。近くに車を止めて彼の家をたずねる。突然訪れたコウジの顔を見て「まあ、どうぞ」といって土生さんはおれたちを招き入れると、台所の小さなダイニングテーブルにむかい合って座った。


「土生さん。先日、おれに依頼もらった件なんだけど……」


 そうおれが切り出すと、土生さんは少し難しい顔をして、首を捻った。


「すみません。実は、物覚えが悪くて……あなたは、どちらさんだったかね?」

「どちらさんって、つい昨日おれの事務所に依頼にきたじゃないですか? 娘さんのことで」

「ああ、そのことで。いや、物忘れもひどいんで」


 ひどいというレベルの話か? とおれは首をひねる。土生さんがおれの事務所をたずねてきたのは昨日の朝、それも彼の方からやってきたのに、おれの名前も思い出せないというのはちょっと異常だ。


「それで、土生さん。あんたが探してほしいと依頼してきた娘さんのことだけど、一応見つけることはできたんだ。ただ、まだ彼女の居所までは確定できていない。それと、あんたが心配していた犯罪に手を染めるようなことはしていないとも思う。だけど、危険なことをしていることは間違いない。彼女は今ハブハンターをしているみたいなんだ」

「ハブハンター、ですか?」


 要領を得ない様子で土生さんはオウム返しにいった。おれはうなずいて続ける。


「ヒメコには二回、自宅に戻るように説得しようとして、まあ結果としては両方とも失敗した。ただ、彼女が頑なにここに戻ることを拒否するのは、なにかここを出るきっかけとか、そういうことはあるのか? 例えば彼女といい争ったとか」

「わかりません。我慢強い子でしたから、私が知らない内に心の中に何かを溜め込んでいたかもしれません」


 さっきの記憶力の悪さでは仕方がないか。と、おれは質問の仕方を変えてみることにした。


「あんたが生活保護を受けるようになったのはいつ頃だった?」


 土生さんに問いかけると、彼はコウジを見やって「いつだったかな?」とたずねる。コウジはふっと短い息をひとつついていった。


「二年前だよ。奥さんを病気でなくしてからだ」

「ああ、そうだった」

「奥さんの入院やらの治療費がかさんだ上に、ハブキチさんも脳卒中で倒れて仕事ができなくなったんだ。生活保護申請に来たのはその後だ」


 コウジの言葉におれの中に、おれは一瞬言葉をのんだ。コウジを見遣ると、つい口調を強めてきいた。


「土生さん、脳卒中で倒れたことがあるのか? どの程度のものだったんだ?」

「程度か? 医者からあまり重労働はしてはいけないという程度にはいわれていたようだけど? 割と復帰は早かったんだ。けれど、結局、しばらく仕事できなくて結局勤めていた会社を退職して、おれのところに保護申請に来たんだよ。おれが申請を受理したからよく覚えてる」


 そのとき、おれの中にぽつりぽつりと浮かんでいた小さな点が、まるで手と手を結んで線を引くようにつながっていくように、一本の糸となりつながり始めた。それは、おれの心の奥底にしまい込まれた過去にむかって伸びていき、鮮やかな色を伴って、しかし、どこか重く苦しい空気をまとって古い記憶を蘇らせた。


「土生さん。もしかしたら、娘さんはあなたのことを嫌がって出ていったんじゃないかもしれない。むしろ彼女は、罪の意識に苛まれているのかもしれない」

「罪の、意識?」


 土生さんとコウジの声が揃う。おれはうなずきながら、あの日、おれが受けた言葉を思い出していた。




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