招来
原因不明の頭痛に悩まされる主人公。
そして巷では、ある携帯着信音が流行していた。
そんな中で、主人公は刺殺事件に遭遇する。
謎を解いていくうちに、主人公がたどり着いた真実とは?
この恐怖から助かる方法はあるのか?
【この作品の企画で提示された制約】
・指定ジャンル:ホラー
・構成指定:起承転転
・2000文字~5000文字
こちらの作品は、2012年の4月21日19時に投稿した作品です。
朝の駅構内は、通勤通学中の会社員と学生で混雑している。
電車が到着する予告アナウンスやブレーキ音。携帯電話の着信音や話声も聞こえてくる。普通に過ごしていたら、なんのこともない生活音だろう。
しかし、俺にとってはすべてが耳触りでため息が出てしまう。
この喧騒から逃れる場所はないものだろうかと視線をめぐらすと、端に設置されたベンチが見えた。腰をおろして息を吐く。
どうして、こんな体調になってしまったのだろうか。
自分の身に降りかかった災難に頭を抱えた。
何故か、この時間になると激しい頭痛に襲われるのだ。徐々に強くなっている症状をどうにかしたいと医者に行ったが原因は不明。もう七日目となっていた。
「おはよう。大丈夫か。また頭痛かよ?」
顔をあげると親友の晴樹と目が合った。話しかけられただけでも脳味噌をかき回されたような痛みが走るので、首を振って応えるしかなかった。
「ひどいなら学校休めよ。成績いいから勉強遅れることはないだろ」
「それが授業中は治るんだよ。頭痛がするのは朝と休憩時間だけ。家でも痛みだす時がある。だから授業に出るほうが楽なんだよ」
「へえ、それは勉強熱心なことですな」
冗談のつもりなのだろうが、今の俺には皮肉にしか聞こえない。
頭痛がまた激しくなってきたと思うと、携帯片手にクラスメイトの美由紀がくるのが見えた。
「おはよう。また頭痛?」
同じ質問に答えるのは億劫だ。そう思うと、晴樹が首を縦に振って答えてくれた。
「薬も効かないって言ってたよね。じゃあさ、着信メロディで元気づけてあげる」
小物のほうが重そうな携帯を取り出した美由紀が曲を流す。
それは最近、人気になっている着信音だった。冒頭は軽快なリズム。そして高音質に切り替わる。
変わった曲という感じはしないのだが、この曲には友達と仲直りできるとか、幸運になれるとか、都市伝説のような話がある。
確か妹と母さんもこの曲にしていたな。占い好きな女子高生だけが夢中になるのならわかるが、この人気は異常だ。流行ものが嫌いな俺は反抗して違う曲にしていたりする。
「その曲、俺は嫌いなんだよな。出だしから受けつけないというか……」
男は設定しないだろうしと思っていたら、晴樹も携帯を取り出した。
「俺もそれにしてるよ。妹に流行遅れとか言われてさ。する気にならなかったんだけど、これ何故か耳に残るんだよな」
ふたりの会話を横に俺の頭痛は更に激しくなってきた。
家に帰ろうかな。そう思った時、
「変なこと言わないで!」
女性の声が聞こえたかと思うと、いくつもの悲鳴があがった。
「おい、やばいんじゃないか。あれ……」
晴樹が震える声で美由紀に言う。
俺は頭痛と格闘中なので、晴樹の視線を追うだけで精一杯だ。
すると晴樹の視線の先に、隣の私立高校の制服を着た女子が倒れているのが見えた。
女子高生はかろうじて意識はあるのか、伸ばした手の指先を動かしている。近くにはデコレーションされた携帯が落ちていた。
そして、倒れた女子高生を見下ろしている女子高生の姿。手には鮮血で濡れた刃物が握られていた。
「持っている刃物を置きなさい!」
駆けつけてきた駅員が声をかけると同時に、女子高生は脱力したように刃物を落した。不条理な金属音が事の終焉を知らせる。それでも女子高生は唇を歪めて笑っていた。
その顔が機械仕掛けの人形のように、断続的に動きながら俺に向けられる。
「ねえ、そんなに私の曲を嫌わないでよ……」
はっきりと聞こえてしまった。何故、目を合わせてしまったのだろう。声だけではない。彼女の蒼白い顔と血走った眼球は俺の脳内に刻みこまれた。
代わりに激しい頭痛は嘘のように消えていた。
学校に着いても晴樹と美由紀の興奮は冷めなかった。クラスメイトに囲まれ、輪の中心で得意げに事件のことを話し続けた。
言いたいのもわかるが、人が重傷を負っているのは事実だ。俺は感心できずに遠目で眺めていた。
「そういえば、お前を見ていたよな。あの女」
晴樹から話題を振られてドキッとする。せっかく忘れかけていたのに、思い出してしまった。クラスメイトの注目も俺に変わっている。
「なあ、何か話しかけられたろ。なんて言ってたんだ?」
訊かれたら答えないわけにもいかない。
「ねえ、そんなに私の曲を嫌わないでよ……だったかな」
言って妙なことに気づく。おかしい。俺よりも晴樹のほうが近くにいたはずだ。俺に聞こえて晴樹が聞こえなかったなんて、ありえるのだろうか。
「なあ、美由紀は聞こえなかったのか?」
不安になって、事件の時に隣にいた美由紀にも訊く。彼女は首を横に振って応えた。
まじかよ。俺だけが聞こえた?
背筋に寒気が走ると同時に、美由紀が微かに笑った。
「ひとりだけ聞こえたなんて変だね。祟られていたりして」
「生きている人間が祟るかよ。趣味の悪い冗談を言うな!」
自分でも驚くくらいの大きな声が出た。
皆が俺に注目したと同時に扉が開く。
「なんの騒ぎだ。チャイムは鳴っているぞ。はやく席に着け」
授業開始のチャイムが鳴っているのにも気づかなかった。慌てて席に着く。
その途端、激しい頭痛が襲いかかってきた。頭痛に悩まされて七日間。その中でも一番の激痛だ。
このままだと意識が保てない。いや、命を落としてしまうのではという恐怖に襲われる。
頭を抱えて唸っている俺を見て、美由紀が卒倒しそうな顔をしている。何故?
「ねえ、聞こえていたんでしょ……」
背後で声が聞こえた。生温かい息遣いも感じるほど近く感じた。振り返ったら駄目だという防衛本能が働く。
「ねえ、私のつくった曲いいでしょ……」
あの女の声に間違いない。消えてくれ。お願いだから、消えてくれよ。
遠くで携帯の着信音が聞こえた。軽快なリズム――そして高音質。
授業中だ。誰かがかけているはずがない。これは幻聴だと自分に言い聞かせるしかない。
「私が友達にあげた曲……」
その言葉を最後に気配が消えた。曲も頭痛も嘘のように――。
恐る恐る声がしたほうを見ると、机の端には手形が残っていた。
俺は授業が終わると、激しい頭痛を理由に早退した。
教室を出た時の不安そうな美由紀の顔が気になったが、今はあの女のことが知りたい。
両親は共働きなので、この時間はいない。
パソコンの電源を入れて人気着信音で検索する。すぐに検索結果が出た。その中から着信音の作成者情報を捜す。
あった――女子高生。いじめで飛び降り自殺。
えっ、いじめで飛び降り自殺?
話がつながらずに混乱した。俺に話しかけてきた女子高生は生きていたはずだ。じゃあ、授業中に聞いた声はなんだ。この自殺した女子高生か?
更に書きこみがあるのでスクロールすると、引っ越し前日に親友にプレゼントした曲とあった。その引っ越し先でいじめに遭い、最終的に自殺したらしい。
その後、いじめの加害者たちが事故や原因不明の病気になっているとも書いてあった。
美由紀が言った「祟られていたりして」を思い出す。
「まさか。嘘だろ……じゃあ、傷害事件をおこした女って」
無意識に声が出た。そして脳内で文字が紡がれた「祟られていたのか?」。
だとしたら着信音が原因に違いない。それじゃあ、あの曲を着信音にしているのって、まずいんじゃないか。
クラス中の皆や家族が気に入ったと言っている。俺は選んでいないが、ぞっとした。最後に気が狂って人を殺してしまうのではないかと。
「ただいまー! お兄ちゃん。帰ってるの?」
学校から帰ってきたのだろう。妹の声が聞こえた。階段を駆けあがる音とともに、曲が聞こえてくる。高音質だ。
その途端、俺はまた激しい頭痛に襲われた。それでも体を動かす。
とんでもないことがおきる前に、曲を変えさせないといけない。
「その曲を、とめろ!」
俺の剣幕に妹が曲をとめる。そして、不機嫌そうに俺を睨んだ。
「何よ。急に……聴くと勉強の効率があがるって、脳波を研究している大学教授が言っていたから、そうしたのに」
「朝、駅構内で刺殺事件があったの聞いたか? 俺、現場を見たんだ」
「えっ、携帯のニュースで見たけど、その時間だったの!」
驚いた妹だが、すぐに「それが曲となんの関係が?」といった表情で動きをとめる。
「刺殺事件をおこした女が妙なことを言っていたから調べたんだ。これ見ろよ」
俺の説明で妹はのりだすようにパソコン画面を見た。画面をスクロールさせていくにつれて顔色が悪くなっていく。
「この曲って、いじめに遭っていた子が友達にプレゼントしたものってこと?」
「ああ、そして自殺している。刺殺事件をおこした女が言っていたんだ。私の曲を嫌わないでよって。あの声は人の声じゃなかった。腹の奥底から絞り出された呪いのような」
「それって……」
「加害者は曲を聴いたせいで、霊に操られたんじゃないかと思う」
「わかった。違う曲にする。けれど曲をつくった人、かわいそうだね。人気の曲の裏にそんな話があったなんて」
「うーん、どうかな。霊になって怨むのもどうかと思うけど。人気の曲だということも理由があるのかもしれないな。一種の言霊みたいな呪いかもしれない」
妹に忠告した後は、友達全員にメールで警告する。
自殺をした女子高生が恨みでと考えたら、こうしたほうがいい。
携帯の電源を消してほっと息を吐いた。
そして、妹と話しているうちに、いつの間にか頭痛が消えているのに気づいた。
考えてみると、頭痛は着信音とつながりがあったのかもしれない。頭痛がしなかったのは授業中だけ。曲を聴くことがない時間帯だからだ。
「ねえ、そんなに私の曲を嫌わないでよ」が思い出されたが、関わりがなくなったことで安心した。
翌朝、俺はいつもの頭痛に悩まされることなく駅構内で電車を待っていた。
まずベンチに座っていない俺を見て、晴樹が驚いた顔をする。今日は手も振って挨拶することができるほどだ。憑きものが取れたような清々しさがあった。
「あ、着信音変えたよ。まさか怨念をこめた曲だとはね。俺も何人かに教えといた」
「怨念というか、私怨だろうな。昨日の事件を思い出してぞっとしたよ」
晴樹に話すと、向こうから美由紀が駆けてくるのが見えた。携帯を片手にしている。近づいてきても頭痛はしない。曲も変えられていた。
「メール見て驚いちゃった。これが人気っていうのも変だって感じたし変えたよ。それにしても、自殺して呪いでって……いじめられるほうにも原因があるって感じだね」
「それあるかもしれないな。友人って生きているのかな。霊にとり殺されていたりして」
「いわく付きのものはよく聞くよね。ある絵画を持っていたら火事になるとか、ある宝石を身につけたら不幸になるとか」
美由紀の話を聞いて恐怖を感じた。そんなことまで考えていなかったからだ。物品なら特定の人物だけ被害に遭うが、着信音は別だ。不特定多数が被害に遭う危険があるのだから怖い。
「そういえば頭痛治ったのか? 今日は元気そうだよな」
晴樹が俺を見て言う。頭痛が携帯の着信音と関係があったのなら、もしかするとと思う。
騒ぎも収まりほっとした俺は、あることを思い出した。
「なあ、そういえば美由紀さ。昨日、授業前に――」
卒倒しそうになっていた美由紀の顔。あれが忘れられなかったのだ。
そして今も、美由紀の顔が蒼白になっているのに気づいた。
「私の曲を嫌わないでよ……」
どこからか声が聞こえた。あの女の声だ。途端に激しい頭痛がしはじめる。
なんでだ。曲は鳴っていないのに。
が、遠くで携帯の着信音が鳴っているのに気づいた。通勤中のオーエルの携帯だ。
「ねえ、私の作った曲。いいでしょ……」
晴樹も体を震わせながら後退りしていく。そして叫んだ。
「変なこと言うなよ!」
変なことって、なんだ?
頭痛で意識が朦朧とする中で考えようとするが、思考が回らない。
しかし、手だけは動いている。それも俺の意思に反して。学生カバンを開けて何かを取り出す。
「ねえ、そんなに私の曲を嫌わないでよ……」
途中でようやくわかった。これは俺の口から出ている声なのだと。
脳内で流れている軽快なリズムが高音質に切り替わる。生温かい息遣いを背後に感じた。
振り返ってはいけない。絶対に。
その意思に反して体が動いてしまう。
嫌だ。やめてくれ。
目の前に蒼白い顔と血走った眼球があった。
頭痛はひどくなり俺の手が動く。包みから刃物が取り出されたところで何も見えなくなった。
闇の中で晴樹と美由紀の悲鳴が聞こえ、右手には嫌な感触が伝わっていた。