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企画作品集  作者: つるめぐみ
~ 世奇妙SSコンテスト作品~
1/7

はじめまして

アマチュア作家である自分を指導する、そんな師匠の秘めた想いとは。

これは、プロになろうと必死で執筆する主人公と、誰よりも不器用なプロ作家の物語。


【この作品の企画で提示された制約】

・日常に起こりそうな奇妙なお話を書く。

・8000字以内。下限は無し。

こちらの作品は、2012年の10月に投稿した作品です。

 紙の香りが充満した室内に、文字を打ちこむキーの音だけが響く。この部屋に余計なものは一切ない。ただ、二つの机と資料を入れた小さな本棚があるだけだ。

 ストイックに活動する自分の師は、時間を知るのも嫌うため壁掛け時計もない。書くと決めたら命懸け。締め切りまで、一心不乱に綴るのだ。

 自分はアマチュア小説家だ。師と出会ったのは二年前。師のホームページがあることを知った自分は、熱烈なファンであると書きこんだ。どうやらそれが目に留まったようだ。

 師は検索で自分が登録している小説サイトをつきとめ、全ての作品を読んでくれた。ありえない奇跡的な出会い。アマチュア作家の自分は憧れの作家に感想をもらって興奮した。

 有頂天になり、「弟子にしてください」と手紙に書いて送ったのだ。そして、願いが叶った。

 こうして隣同士、肩を並べて執筆しているのだが――。

「どうだね、今日は。どれくらい書けたかな?」

 自分の原稿を取りあげた師が目を通しはじめる。この静かな時が一番緊張する。

「この作品の冒頭では、登場人物の説明が入るのは蛇足ではないかな。この背景描写は漸層法のほうが印象に残るだろう。心理描写に至るまでの行動描写が極端に少ないから、加筆したほうがいい」

「はい、修正を考えておきます」

 さすがに自分にもプライドがあるので、毎日、師にここまで指摘されるのは嫌になってきていた。

 冒頭で登場人物の説明が入るのは、最終部で主人公に繋がる人物の存在を含ませるためだ。背景描写や行動描写に関しても意図があり、全ての説明がつく。

「すぐに改稿したほうがいい。そのほうが忘れずにすむ」

 が、説明をする時間は与えてもらえない。つまり、修正するしかないのだ。

 修正し終えると師は満面の笑みを浮かべる。今まで指摘されたのが嘘のように賛美の感想をいう。そのため、嫌なのに心地よいという混在した気持ちの循環をもたらすのだ。


 ――そんな過去を振り返るのも今日まで。自分は師の葬儀を終えて、ひとり書斎に入室していた。

 師の奥さんに、「気軽に部屋を使って」と言われ、甘えることにしたのだ。

 そう、自分はこの書斎で執筆期間の大半を過ごしている。そのため、スランプになってしまうのではないかという不安が先にきて、離れるのが怖かった。

 ただ、いつまでも師の思い出に浸っているわけにはいかない。だから振り返るのも今日までなのだ。

「さて、資料集めからするか」

 本棚に向かい目的の本を出す。その時、紙の束が落ちた。

 ダブルクリップでとめられたものは印刷された原稿に違いない。表紙には名前がない。タイトルには見覚えがないので、未発表の作品だと思われた。

 何故だかわからない。無意識ともいえるような想いの中で、誰も入室できないように内鍵をかけてから、原稿を開いた。

 硬質でありながらも淀みなく読める文体。この美しい描写に憧れて弟子になったのだ。

 ところが読み進めるうちに違和感を覚えた。どこかで読んだような作品だったのだ。

「これは、師匠に添削してもらった作品じゃないか……」

 文体は師のもの。しかし、登場人物や物語の内容は全て自分の作品だ。

「盗作するつもりだったのか?」

 愕然とした。尊敬していた人が作家としての道をはずれていたことに衝撃を受け、続いて耐えがたい怒りがこみあげてきた。

 被害に遭ったのは自分の作品だ。血石を吐くような悩みとともに生み出した我が子とも思える作品を、許可なく改編されて奪い取られかけていたことは、作家にとって誹謗中傷される以上の怒りがある。

「だから添削していたのか。なんの抵抗もなく弟子にしたのか。作風が自分の好みに合っているという理由で……」

 しかし、頭ではそう思ってはいても、読み進めながら師の文体に呑みこまれていってしまう自分がいる。

 その時、何かが脳内で囁いた。

「もとは自分の作品なのだから、このまま編集に読ませてみろよ」と。

 師の原稿を取りに編集担当がくる時がある。その時に自分の作品も読んでもらっていた。

 人物、展開は魅力的なのですが、独り善がりと感じる文体です。と言われたことがある。

 これを総合的に考えると、師の手で推敲された自分の作品は出版の価値あり。売れる要素が十分にあるということではないだろうか。

 思いたったが吉日。表紙に自分の名前を書きこむ。そして、携帯電話で師の編集担当に連絡した。

「朝はやくすみません。自信作が書きあがったので、お願いしてよろしいでしょうか」

 電話越しの編集担当は乗り気ではなさそうな唸り声を出した。お前の作品は期待はずれであり、商品に値しないと言いたいのだろう。

 だが、違う。数々の出版作品を読んできた自分にはわかる。これは今までの自分の(しがらみ)を壊して生み出された作品であり最高傑作だと。


 二時間後にきた担当者に原稿を渡す。タイトルを見た時の担当の興味はゼロのようだった。しかし、ページを開いてから担当の表情が変わった。ページを捲る手が徐々にはやくなっていく。そして、序盤の場面切り替え部分で手をとめると、こちらを見た。

「おっしゃる通り、素晴らしい作品です。冒頭から惹きこまれました。文体も以前とは違い、受け入れられるものとなっています。この原稿を持ちかえり、出版を検討させていただいてもよろしいでしょうか?」

「えっ、結末まで読んでもいないのに? それは、気がはやいのではないでしょうか」

「先生の作品の構成力は自分も存じています。結末までは当然、読ませていただきますが、この冒頭なら出版化を検討する流れになるのも確実でしょう」

 手のひら返しというかなんというか。師の文体が担当は好きなだけだったのではないかと感じてしまう。

 しかし、この転がりこんできたチャンスを無駄にはできない。ふたつ返事で了解し、原稿を担当に任せた。

 原稿を渡してから出版化までの進行は早かった。初版はあっという間に売り切れた。

 亡くなったばかりの人気作家の弟子が書いた作品だ。注目度は高い。興味があるからというだけで師の作品の流れ客はくる。更に、作品はつかんだ客を離さなかった。評判が新たな客を生み、作風が似ていると気づいた読者が先生の再来と言って持てはやす。

 アマチュア作家だった自分が一気に人気作家となる。嬉しい反面、恐ろしいと感じた。

 次回作はきっと前作に勝るものに違いないという読者の期待に押し潰されそうになる。

 執筆がこれほど面白くないものだと感じたのははじめてだ。しかし、筆をとめるわけにはいかないので机に座り、原稿用紙を睨み続ける。

 アイデアは溢れんばかりにある。それなのに、文体が独り善がりと言われていたことがチラついて筆が動かせない。完全なスランプ状態に陥ってしまった。

「そろそろ新作を書きはじめないと、読者に愛想を尽かされるぞ」

 その時、どこからか声が聞こえた。扉には内鍵をかけている。入れるはずがない。聞き覚えのある声だと気づき、どっと嫌な汗をかいた。

「やれやれ、言ったことを守らないから苦労することになるんだ。手伝う報酬は、わたしの作品を世に出すということでいいから、筆を取りなさい」

 この声は師に間違いなかった。周囲を見るが姿はない。だが、幻聴とは思えないほど鮮明に聞こえる。

「信じられないのも無理はない。意識を入れ替えようか。君は仮眠するといい」

 二度目の声で幻聴ではないと悟った。強烈な睡魔が襲いかかってきたためだ。得体の知れない力に恐怖を覚えながらも、このまま楽になるのならと身を委ねる。

 そして、次に目が覚めたのは朝五時。原稿用紙三十枚。長編の起と思われる部分が書き終わっていた。


 その日から、見えない師と体を交換しあっての執筆活動がはじまった。

 起きている時は自作を文体関係なしに勢いで書き綴る。師の声が聞こえた時に交代。起きたら添削された自作と師の作品の原稿数枚が置いてあるという流れだ。

 編集担当からは速筆だと言われた。当たり前である。ふたりで執筆しているようなものなのだから。

 執筆が急に楽しくなった。スランプの悩みなしに書き綴ることができる。いざという時は、師が脱稿した作品もあるからだ。そのため、文体は似ていても、ジャンルは違う作品を書き分ける魔術師作家と称賛されるようになった。

 ところが、それからしばらく経った頃、担当が顔面蒼白状態で話しかけてきた。

「先生、まともに寝ておられますか? それと食事は摂っていますか?」

「しっかりと寝ているよ。食事も多すぎるくらいだ」

 実際は師に体を貸しているのだから仮眠ぐらいなのだろうが、眠く感じることはないので睡眠はとっているのだろう。食事も美味しく食べることができている。

「それならいいのですが、急に痩せられたように見えるので」

「体重を計ったが変わりはないよ。それとも、そう感じる理由でもあるのか?」

 人気作家になったため、担当に強気な態度で言えるようになっていた。

「そうですか、顔色が悪いように見えますが……」

 担当の言葉を意識していないわけではない。霊界の住民である師と体を交換して執筆している。そんなことは誰だって異常だと感じるはずだ。

 体を乗っ取られるのではないかとか、呪い殺されるのではないかとか不安を持つだろう。

 しかし、自分も馬鹿ではない。師がどれだけストイックに執筆していたのか。自分は知っているのだ。

 自分が死ぬこと。それはつまり、師の意志を継ぐ者がいなくなるということだ。だから師は、この体を壊すことはない。乗っ取ることもないだろう。

「そろそろ交代の時間かな。担当の彼を退室させようか」

 聞こえてきた師の声に頭の中で返事をする。

「原稿は明日まではできるはずだから、午後に取りにきてくれ。今は執筆に集中したい」

 ここまで作家に言われたら、担当も引きさがるしかないだろう。担当を玄関まで送ると、師と交代するために自分は意識を閉じた。微かな意識の中で師の妻とすれ違う。

「丁度良かった。この後、お客さんがくるので、茶葉をいただいてもいいですか?」

 自分の口を借りた師の問いかけに、師の妻が「遠慮せずにどうぞ」と答える。

 部屋を借りているので家賃も払っている。時には手土産も渡す。そのためか、ずうずうしい居候にも師の妻は優しかった。

「どんな、お客さんなの?」

「作家希望のアマチュアの書き手です。ファンで弟子になりたいというので手ほどきをね」

 意識を手放す直前に聞こえた師の言葉に衝撃を受けた。

 ファンで弟子になりたい? それは以前の自分と同じじゃないか。

 師に裏切られるのではないかと不安を感じながら意識は切り離されていた。


 どれくらい時間が経ったのだろうか。誰かの声が聞こえた。体を揺さぶられているような感覚を知って、自分が覚醒していることに気づく。どうやら、師と体を交代する時間に達したようだ。もしかしたら裏切られるのではとも心配したが、それは無用だったらしい。

 唸り声をあげながらまぶたを開けると、妙なものが視界に飛びこんできた。自分の目の前にいる女性。思いがけない展開に息を呑む。一体、誰なのだろうか。

「大丈夫ですか、先生。ずっと伏せたままだったので心配しました」

 第一声がまともな話だったので安心した。あのストイックに執筆に励むような師が、この体で女性と無茶をすることはないか。時間を見ると、交代して二時間も経っていない。

 手元にお茶があるので、女性を出迎えてから雑談していたということだろう。

 しかし、とんでもない状況で体を交代してくれたものだ。これでは場をつなげるのに苦労しそうだ。

「彼女は君のファンだよ。ミステリを書いているらしい。わたしは文学専門だから、トリックや伏線は苦手分野でね。教えるのは君に任せたいんだ」

 悩んでいると師の声が脳内に響いた。女性を呼び出した理由は、話したかっただけなのかと呆れてしまう。途中で丸投げとはいかにも師らしい。そんな愚痴も言いたかったが、まんざらでもない女性の容姿に見惚れてしまったのは事実だ。

 しかし、人に教えるなんて考えたこともない。自分にできるだろうかという不安がある。

「人に教えられる自信がないです」

 女性がいるので、脳内の意識下にいる師にむかって語りかける。

「いや、わたしの役目は今回で全て終わったよ。君は自覚していないだけだ」

 理解不能なことを告げた師の意識が遠ざかっていくのがわかった。教わりたいことも、これからのことも不安で仕方がないのに役目が終わったなんて言って消えないでくれ。

 そう叫びたいのに、室内には小説家のタマゴの彼女がいるので脳内で願うだけ――。

「先生、大丈夫ですか?」

 彼女に声をかけられて我に返る。何故だろう。情けないことに涙を流していたらしい。

 大嫌いな師だったのに、自己中心的な師に振り回されていただけだったのに。葬儀でも出なかった涙がここで出るなんて、なんて皮肉なんだろう。

「ごめん、大丈夫。ちょっと感極まって……師のことを思い出したんだ」

 なんとなくだが気づいていた。師が添削している部分が少なくなってきていたことを。

 だから、師に頼れないと思って必死になって勉強した。独り善がりの文体では駄目だ。人に読んでいただくのだから、読者さまの気持ちにならなければと。

 一日中、執筆活動をしている自分は人との付き合いも苦手だった。師が与えてくれた彼女との出会いはそういうことなのだろう。同じミステリ作家なら話も合う。

 机の上にはダブルクリップでとめられた原稿があった。それは自分の作品ではなく、師が自分の体を借りて残した原稿だ。表紙には自分の名前がある。

 思いたったが吉日。自分の名前がある表紙を破り捨て、師の名前にしたものに代える。

 そして、携帯電話で師の編集担当に連絡した。

「亡くなった師の作品が本棚から見つかりました。かなりの大作です。お願いしていいでしょうか?」

 もう自分は執筆で迷うことはないのだろう。書くことに苦労しても、それは自信と楽しさに繋がるはずだ。不器用で自己中心的で自分が大嫌いだった師が教えてくれたことは、無駄にはなっていない。

「君の原稿を見せてもらってもいいかな」

 見せてもらった女性の作品の文体はかなり荒削りで独り善がり。けれど展開や人物、心理描写は申し分ないくらい面白い。まるで昔の自分だと思う。

 師は霊となって教えてくれたが自分は違う。自分が嫌だったのだから、音をあげるような指摘もしたくない。彼女は優しく導こう。自然と書き方を見直す方向へ。

 執筆の友は多いほうが楽しいものだ。互いに切磋琢磨していく仲もいい。

「君が登録しているサイトって、企画があるんだな」

「はい、わたしも参加させていただく時があります」

 自分もアマチュアのネット小説家だった。師に憧れ、ファンだと告げ、自分の作品を読んでもらえた。そこから、はじまった交流と師弟関係。

 せっかくなので、登録して読むことにする。画面の向こうに新たな出会いがあるのだ。

 さあ、感想を書こうか。画面向こうの君へ。『はじめまして、作品を読ませていただきました』と。

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