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菖蒲の気持ち

どれくらい眠っただろうか、久しぶりに熟睡した。

普段ならあり得ないけれど霧雨が側に居てくれたから。

まだ外は暗く夜が明けるまでは時間がありそうだ。


熟睡したとはいえ一刻(2時間)ほどしか経っていない。

霧雨は柱を背に座り、寄り掛かったまま仮眠をしていた。

片膝を立て、右腕は膝に載せいつでも動ける態勢だ。


菖蒲は敢えて気配を殺している。

仮眠とは言え少しでも霧雨に休息を与えたかったからだ。

布団から静かに這い出すと、そっと霧雨に近づいた。

下から霧雨の顔を覗う。


「ふふっ、相変わらず睫毛が長いんだから。羨ましい」


キリリと整った眉、長い睫毛、しゅっとした顎の線、固く引き締まった肩の筋肉。軽々と自分を抱えてしまう腕はどれも自分のそれとは違う、男を感じさせるものだった。

いつの間にか霧雨は男になっていた。


「はぁ、霧雨ってこんなんだったっけ?」


この腕で刀を握り、狙った獲物は確実に仕留める一太刀はどんなに修行を重ねても女の自分には越えられなかった。

いつだって私を助けてくれたのは霧雨だ。


「私、忍びに向いてないのかなぁ」


膝に載せられた骨ばった長い指先にそっと触れれば、霧雨の温もりがじんわりと菖蒲に移ってくる。

胸の奥がギュンと締め付けられ、言い表しようのない気持ちが溢れて来るのがわかった。


「魅了の術、何回使ったの?」


そんな言葉が口から(こぼ)れていたのにも気づかない。

じっと霧雨の指を見つめていた。


あんまり見てたら流石に気づかれてしまう。

(とこ)に戻ろうとそっと背を向けると、背中に視線を感じた。


あっ、気づかれた・・・ゆっくりと振り向く。


バッチリと両目を開き、手に顎を置き自分を見つめる霧雨がいた。

気のせいか口元が笑っているように見える。


「あ、ごめん。起こした?(いつから起きていたの?)」

「いや。それより大丈夫なのか?」


霧雨はそっと掌を菖蒲の額にあてる。

思わずビクッと体が揺れ、何故か顔に熱が集中する。


「菖蒲、顔が赤いぞ。熱が出てきたのか?」

「え?そんな筈はないと思うけどっ」


霧雨は心配そうに眉を下げ、そのまま菖蒲を引き寄せた。


「へ?」

「冷えたのかもしれない、少し温めてやる」


霧雨の腕の中に閉じ込められた菖蒲は息を潜めてただじっとしていた。背中に霧雨の体温を感じるとドキドキと胸が鳴る。

野宿をする時はこうして互いを温め合った事がある。

なのにその時とは確実に違う。


「心配した」

「ごめん、ヘマしちゃった。これじゃ孝子様を護れないね」

「大丈夫だ、俺が護るから」

「そっか、霧雨なら家光様も孝子様も両方護れるね」

「違う」


霧雨は抱きしめる腕にギュっと力を込めた。


「俺は家光様も孝子様も、そして菖蒲も護ってみせる」

「私、も?」

「ああ」


肩口に霧雨の低く落ち着いた声が響く。

私のことも護ってくれるんだぁ、嬉しくて仕方がなかった。

ありがとうの代わりに霧雨の腕に自分の腕を絡めた。


「私も霧雨のこと護るよ」

「!?」


菖蒲のその言葉に霧雨はまるで好きだと告げられたような気持ちになった。そんな気持ちを誤魔化すように、


「頼りにしてる」


そう返した。


お互い寄り添ったまま朝を迎えた。

また、いつもの一日が始まる。


「昨夜の件、父上に文を飛ばしておいてくれ。何処かの忍びが大名に仕えている事も。かなり手強くなると思うから」

「うん、分かった」


日が昇り切る前に霧雨は大奥から出て行った。

菖蒲は身支度をし、義父である柳生に文を返した。


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