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菖蒲の危機

目の前の男は薄ら笑いを作り、黙って立っている。

音もなく夜風が菖蒲の頬を撫でた。


(この臭い、何処かで・・・)


ただの侍ではない、ただ立っているだけでこれだけの殺気を放つ者。

菖蒲は男の気に張り付けられたように動くことが出来なかった。

下手に動けばられるかもしれない。


「どこの忍びだ、ほとんど気配を感じられなかった。普通ならお前の気配を感じる事は出来なかっただろうがな」

「・・・(男も忍び?)」


すると突然、男は懐に手を入れた。


「はっ!」


早い、手を入れた瞬間には暗器がくうを斬り菖蒲の喉に一直線に飛んできた。

首を傾け皮一枚のところで避けた。


ズサッ! 木の幹にくい込む音が聞こえた。

パサリ、と口元を覆っていた布が落ちる。どうやら掠って切れてしまったようだ。


「ほう。俺の投剣を()けるヤツは初めて見た」


菖蒲は腰の刀に手を添え、目に力を入れれば男の背に黒い影が見えた。

そこからとめどなく溢れ出る気は今まで感じた事がないものだった。


「化け物?」

「ふははっ、化け物か。ではその化け物に殺されるがいい」


男は突如、間合いを詰めてきた。

菖蒲は素早く抜いた刀で男の刀を受け止める。

が、しかし・・・


「はははっ、掠っておったか。残念だったな自由が利くまい。あれには毒が仕込んである」

「くっ」


指先から力が抜けそうだ、ぶるぶると震える腕は自分の意志ではどうにもならない。

ぐいぐいと押され、木の幹に押しつけられる。

腕だけではない、膝ももう震え始めている。時間の問題だった。

菖蒲はぐっと左目に力をこめ男の瞳を睨んだ。


「はっ、こ、これはっ」


辺りが眩い光に包まれると男は荒野にたたずんでいた。


「幻の術かっ!」


気がふれたように刀を振り回し、その術を解こうとしているようだ。

菖蒲は膝から崩れ落ちた。逃げなければいずれ男の刀に討たれる。

しかし、体は動いてくれない。


「油断したぁ・・・」


そんな時に浮かぶのは霧雨の顔。


「霧雨、ごめん。先に逝くかもしれない」


男は徐々に菖蒲に近づいて来る、力強いあの一刀(ひとたち)を浴びれば終わりだ。

覚悟を決め固く目を瞑った。


「死ねっ!」


ドカッ!! 「うぅっ」 キーン、ザザザッ、ズザッ! 

「んああ!!」


鈍い音の後、低いうめき声がし直ぐに金属音がした。

生々しく切り裂く音がし、男の叫び声が聞こえたかと思うと血の臭いだけが残った。

ゆっくりと目を開けると・・・


自分に背を向け、男を成敗した者が一人と一匹、いや一頭と言うべきか其処に立っていた。


「菖蒲『菖蒲』!」


同時に菖蒲と名を呼び駆け寄る姿を見ると、不謹慎にも笑みが漏れる。

来てくれた、喜びと安堵が菖蒲を包み込む。


「大丈夫か、何処をヤられた?」


霧雨は菖蒲を抱え起こすと、今にも泣きそうな顔で覗き込む。

菖蒲はゆっくりと首を傾け傷を見せた。

首筋には浅く細い傷があり、血が僅かに滲んだ程度だった。


『毒にやられたか』

「毒?」

『そこに暗器がひとつ刺さっているだろう。その剣先に塗ってある』

「菖蒲、そうなのか?」


菖蒲はコクリと頷く。舌も痺れて話せないからだ。


「どうしたらいい?吸えばいいのか」

『ばかかっ。お前まで毒が回るだろう!』

「じゃぁどうしたらっ」

『どけ』


ハクジは菖蒲の首筋に口先を寄せると、ベロリと舐めた。

菖蒲は反射的にピクリと反応する。


「おい!なに舐めてるんだっ!」


その後、またベロリ、ペロ、ペロと何度か舐めるとズッと吸った。


「な、な、な、な、・・・・!?」


霧雨はもう言葉が出ない。

この狼の死霊は何て事をしてくれたっ!


『ふむ、命に関わる毒ではなかった。よかったな』

「あり・・・が、と」

『まだ喋るな、もとに戻るまでは暫くかかる。霧雨、菖蒲を』


霧雨は菖蒲を支えたまま、わなわなとしている。

今は闇で見えないが、恐らく顔は真っ赤で腹は煮えくり返っているだろう。


『霧雨め、これしきの事で取り乱しおって。この間の任務の時は得意の魅了の術で女子を手玉にとっ・・・』

「だあー!それ以上は喋るなっ!」


霧雨は菖蒲をそっと背負うと「帰るぞっ!」と不機嫌に歩き出した。


「霧雨?」

「ん?」

「ありがと」

「おっ!ああ気にすんな」


耳のすぐ隣で、囁くように言われればお手上げだ。

何はともあれ、間に合ってよかった。

心の底から安堵した霧雨だった。



ハクジは毒をなめても大丈夫。

だって死霊ですから・・・


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