霧雨と菖蒲と柳生のオヤジ
霧雨と菖蒲は幼馴染であり、柳生宗矩が師である。
柳生は血を分けた父親でなはい。ある日、この二人を貰い受けたのだ。
霧雨が一歳、菖蒲はまだ歩きもしない七、八か月頃だったと記憶している。
剣の道を極めるべく、就業に励んでいた頃の話。
ザザザーと木の葉が揺れ、崖を滑るようにドサドサと何かが落ちてきた。
夜が明けようとしていた頃だった。
「なんだ」
目を凝らすとここに黒い影が三つ。
大きな影は黒装束の男で脇に幼子が二人抱えられていた。
男は忍びの者だろう。
「おい」
「・・・」
「おいっ!」
揺らすと蚊が泣くほどの息しかしていないのが分かった。
こいつ死ぬな・・・そう悟った。
「わーん、うわーん」
男の子が泣くと
「ふぎゃー」
女の子が泣く
「生きているのかっ」
思わず、男は二人の子を抱き上げた。
朝日が昇り始め、辺りを煌々と照らし始めるとその姿がはっきりと浮かび上がる。
「こ、これはっ」
男は息を呑んだ。
二人の幼子の片方の瞳があまりにも美しかったからだ。
男の子は右目が群青色、女の子は左目が翡翠色をしていた。
倒れていた忍びの男が最後の力を振り絞り、こう言った。
「伊賀の、忍びっ・・・から隠しって、くれ」
「隠すってどういう事だ、この二人は兄妹か?」
「血の繋がりは、な、い。たの・・・む」
「おい!」
何の因果か柳生はその日、二人の父親になった。
この二人、どういう血筋か不明だが、とてつもない身体能力を持っていた。
運動神経は恐ろしく優れており、剣術も柔術も飛び道具さえも言葉だけでモノにした。
そして不思議な力も備えていた。
霧雨は聴覚が優れ、菖蒲は嗅覚が秀でそして二人の特殊な瞳が開いている間は普通の者には見えないものが見えるようだった。
所謂、物の怪が見えるらしい。
「父さまぁ、霧雨兄たんが大きなお犬さん連れてきたぁ」
「犬?何処にも見当たらんが・・・」
「ほら、そこそこ。キャハハ」
「・・・霧雨、お前何を連れてきた」
「勝手についてきた」
「それは悪さをせんだろうな・・・わしには見えぬ故」
「大丈夫だよ父さま、ふふふ。ふわふわぁ」
「そ、そうか・・・まあ、子どもたちを宜しく頼む」
柳生は此処だろうと見当をつけてその犬に挨拶をした。
(これはわしの手に負えるのだろうか・・・幸い二人とも気立てはよいが)
後で分かったのだが、犬ではなく狼が憑いていたらしい。
銀色の毛並で灰色の瞳、日本の狼とは思えぬほど大きな体をしているそうだ。
と言うのもわしには見えん、本当に狼なのかも分からん。
三つの時から今に至るまで憑いているし、二人とも病気一つもせずにいるのじゃから守護霊だと思うことにした。
その後、家康の代からの稼業である護衛をこの二人にさせることにした。この二人にはもってこいの仕事だ。
それに天下を統一した徳川の下なら二人の身分も隠せる。
特に三代目家光とは歳も近く、ひどく二人を可愛がってくれる。
まあ、変わり者同時じゃからよかろう。
二人は忍びだ、わしのような武士とは根が違う。
独学で学んだ各地の忍術を本にし授けると、あっという間に習得しおった。
その中で唯一わしも暗示だけ習得した。
容姿端麗な霧雨は諜報活動において度々、魅了の術を使う。
相手を意のままに操ることが出来る術だ。
その術が間違っても菖蒲にかからないよう、わしが暗示を施した。
菖蒲も美しい女子に育った。幻の術を得意とする。
またその幻の術に霧雨がかからぬよう暗示をかけた。
しかし、それも二十歳までしか効かぬ。
その頃になれば二人ともわしの助けなど必要なくなる。
「おい、霧雨に菖蒲や」
「はい、父上」
「もう第一線で動くのは疲れたわい。何かあればこの隼が知らせる、あとは宜しくやってくれい」
「承知した」
そう言って、霧雨はにんまりと笑い、菖蒲はふわりと笑う。
よい拾い物をしたもんだ。
いずれ、わしの手を離れ独り立ちして行く。
頼もしくもあり、寂しくある。
わしは二人に出来るだけ迷惑を掛けぬよう死にたいものだ。
父親とはこういう感情を持つのだろうか。
後は、あの二人を暗き闇が覆わぬよう祈るのみとなった。