死霊になってでも護りたかったもの
銀色に染まった直後、握りしめていた刀が奪われた。
『後は我らが引き継いだ!!』
「えっ、何?誰っ!」
目の前の忍びたちは、化け物でも見たように目を剥いて立ち竦んでいる。それの視線は菖蒲に向けられたものではない。
ゆっくりと視線を追って振り返る。
「霧雨!」
「はっ、くっ…はぁ、はぁ。あや…めっ、大丈夫か」
「霧雨、私は大丈夫。それより霧雨が」
『霧雨は大丈夫だ』
「誰!」
霧雨の背後に大きな影が四つ見えた。三つは人の形をしており、一つは獣のような形だ。
それがゆっくり重なり霧雨の背中に、入った!
「だめっ!」
菖蒲が叫んだ時にはもうその影はなく、同時に霧雨が叫んだ。
「甲賀の忍びよ!今夜が最後だ!真田幸村殿の愛刀で全てを終わりとする。覚悟はよいかぁぁ!!」
それは霧雨の声では無かった。複数の声が混じり合ったもの。
その中に聞き覚えのある声がした。
「・・・ハク殿!?」
先ほどまで淡い光を放っていた月が雲に隠れ始める。風は止まり、夜の闇が辺りを覆う。
甲賀の忍びたちはジリジリと地を擦るように体制を整え始めた。
霧雨の気配は感じたことのないほどに大きく、何よりも殺気が強大だ。
「待って、どういうこと?ハク殿じゃないの?あとの三人は・・・誰っ!」
『菖蒲、しばらく霧雨の身体を借りる』
「え!」
霧雨は地を蹴ると高く飛び上がり、目の前に居た忍び数名をあっという間に切裂いた。
そう斬るではない、無数の太刀が一瞬のうちに何度も忍びの身体を往復していたのだ。
不思議と血が飛び散るこてはなかった。
人を斬ったその刀は先ほどよりも怪しく光る。
血を吸っている!!
まるで化け物を見ているようだった。声を発する暇もなく男たちはバタバタと倒れた。
そして残るは一人。
「お主、まさか・・・霧牙」
『そう名乗っていた時があったかもしれんな』
「死んだものが何故この世に戻ってくる」
『我らは里から去り平穏に暮らすはずだった。甲賀も伊賀も関係なく平民として誰にも迷惑をかけずに。しかし、我が里(甲賀)は運命を受け入れることなく天下を奪還しようとしていた」
「だからなんだ、甲賀の幸村殿の敵を討つのがなにが悪い!」
『幸村殿は望んでいない。あの戦いで敗れた時に全ては終わったのだ。全ての力を持っても徳川には勝てなかった。それをあの方は受け入れた』
「死人に口なしというのに何故分かる!我ら甲賀が天下を手に入れねば誰がこの世を護るのだ」
『・・・なぜこの村正が妖刀と呼ばれているか知らぬのか』
「・・・」
『何故、ずっと眠り続けていたこの村正が蘇り我の手にあるのか』
「何が言いたい」
『甲賀の謀を消せ、という意味だ。もし、甲賀に天下を取らせたいのならお主が手にしていただろう。しかしこの刀は死んだ我らの魂を呼び起こした。獣の姿でな!』
男が口を開く間もなく、霧雨の身体を借りたハクジは地を蹴りその男を斬った。
獣の姿をしていなければ冷酷にはなれなかった。
自分が生まれ育ったこの里は殆どの者が忍びの道を捨て、平民として生きている。
その平穏を壊したくなかった。霧雨や菖蒲にこの美しい里を残してやりたかった。
天下は統一され、戦国の世は幕を閉じた。
いづれ忍びの仕事は消えるだろう。それぞれの新たな道を生きなければならないのだ。
過去の輝かしい繁栄された時代ばかりを見てはいけない。
進まなければならないのだ、残念ながら甲賀に残された忍びたちは受け入れられなかった。
「ハク殿!」
『菖蒲、こんなことにお前たちを巻き込んでしまって悪かった。霧雨の身体を借りてこのような残酷な事をしてすまなかった。お前たちには己の意志で将来を選んでほしいのだ。その瞳が枷になるかもしれんが、お前たちならば乗り越えられるだろう」
霧雨の身体を借りたハクジは力強く菖蒲を抱きしめた。
あ・・・父さま、母さま・・・
『菖蒲、美しい娘になりましたね。母は嬉しいです』
『菖蒲、父はお前と霧雨を誇りに思っている。幸せになるのだ、私たちの分も』
「父さま!母さま!」
『菖蒲、霧雨の事は頼んだぞ。こいつはまだまだ青いからな』
「ハク殿」
菖蒲の身体から腕が離れると、淡い光が霧雨の身体を包み込んだ。
『さらばだ、菖蒲』
光の筋が天高く伸び、空へ散った。
ドサッ・・・
「霧雨っ!!」
菖蒲は地面に倒れ込んだ霧雨を抱きかかえ、いつまでも天を見つめていた。