護りたい人がいるから私たちは此処にいる
気が付くと霧雨は手足を鎖で縛られ壁に貼り付けられていた。
足掻けどもジャリと重い鎖が音を奏でるだけ、手首は赤く擦り切れるだけ。
何を盛られたか分からないが体にはまだ痺れが残っている。
「くそっ」
そこへ頭領らしき男が入ってきた。
「菖蒲と言う女はなかなかそそる。いい眼をしている」
「おまえっ!菖蒲に手を出してみろ、ただじゃ済まない。髪の毛一本だってこの世に残しはしない!」
「この状態でよく言えたものだ。その枷を外してからほざけ」
男は冷たく笑った。
菖蒲は捕まってしまったのか、嫌な光景しか目に浮かばない。
自分もこの有り様なのだから菖蒲の手に負えるはずがない!
「あの女の肌は白いな。柔らかく艶がある、この手に吸い付くようだった」
「・・・」
「甘い匂いがしたぞ。忍びの中でもかなりいい、男を知らぬところがまた更に煽る」
「許さない!俺はお前たちを絶対に許さない!!」
霧雨の右眼がギラリと光った。反射するような月の明かりもここには届いていないはずだ。
思わず男は後ずさった。
霧雨は全身に力を込めた、こんなに気を高めたことはなかったかもしれない。
怒りが身体の奥底から止めどなく溢れ、火山のように噴出した。
「うああああ!」
バキンッ! バキンッ! と鎖が引き千切られた。
「なにっ!」
その音に気付いた他の忍びたちも入ってきた。霧雨の放つ気に絶句する。
まるで獣のようだった。
細身の身体を纏った青年は忍び装束がはち切れんばかりに大きくなっていた。
「なんだ、どういうことだ。憑き物か!」
霧雨の動きは速い、相手の腰に差してあった刀を素早く抜き取り、そのまま斬り倒した。
忍びたちは一歩下がり腰の刀を抜くと小屋の外に飛び出した。
すぐに後を追って霧雨も飛び出してくる。
男たちは霧雨を取り囲み布陣を敷いた。一対十二、霧雨を中心に男たちは回る。
一人が沈黙を破り暗器を霧雨に向けた放った。
ズサリ、霧雨の肩にそれが刺さる。何事もなかったようにそれを抜き取ると、投げた男に投げ返す。
シュンッ!!
「うぐぅ」 暗器は男の指を斬り落としたのだ。
忍びはどんな痛みでも声を挙げないのだが、わずかに漏れてしまう。
恐らくその暗記にはなにか薬でも塗ってあったのかもしれない。しかし霧雨は痛みさえも感じないほどになっており、もはや化け物だった。
一斉に男たちが霧雨に斬りかかる。何故か霧雨は避けることなく体全体で太刀を受けている。
「あやつは己の身体を操るまでに至っておらん!今だ心臓を貫けぇぇ!!」
男たちが霧雨の心臓めがけて踏み出した。
「死ね!」
「うわぁぁ」
叫んだのは、霧雨ではない。一番最初に飛び出した男だ。
そして・・・・ドタッ、倒れた。ピクリとも動かない。死んでいる。
それを見た男たちは体を反転して、後へ飛び退いた。
立ち尽くす霧雨の前に腰を屈め、刀を振りぬいた姿勢でこちらを睨む者。
菖蒲だ!
月が照らす淡い光の下で翡翠色に輝くその瞳は凍てつくような眼光を放っていた。
「おまえは」
「霧雨は死なせない」
「おまえが菖蒲、か」
菖蒲が手にしている刀を見て、更に男たちに戦慄が走った。
それはかつて真田幸村が手にしていたとされる【村正】だったからだ。
「なぜお前がそれを」
「この醜い計画を終わらせるため、幸村殿の刀をここに賜った。これ以上世を乱すようなことはやめてください!」
菖蒲は膝が震えていた、妖刀村正はかなりの体力と気力を使うようだ。
まだ忍びとしては未熟な菖蒲にはとうてい操れる代物ではなかった。ただ、霧雨を幕府をそして民たちの命を護りたいだけでここに立っている。
霧雨は菖蒲が目の前に居るにも関わらず未だ正気を取り戻す気配はない。
私がやらなければ・・・
しかし村正はどんどん重くなる。
刀身は下を向き、それを再び天に向けることが出来ない。
お願い、父様、母様・・・力を私に、力を貸して!
すると急に目の前が銀色に染まった。
菖蒲の手から刀がするりと何者かに奪い去られてしまった。
「えっ・・・!?」