交差する気持ち
菖蒲は霧雨を抱き締めたまま朝を迎えようとしていた。
お互いの体温で温まり、菖蒲もいつの間にか眠っていた。
「んっ、くっ!はぁ、はぁ」
霧雨が目を覚ました。
呼吸を整えながら自分はどうしたのかを考えていた。
俺は薬売りの後をつけた、あいつは忍びだった。
気配を消していたにも関わらず、俺に気づいて暗器を投げてきたんだ。
俺は背を浅く斬りつけ、企みを履かせようと魅了の術をかけようとしたら「生きていたのか」と言われた。
男は何かを言いかけて、別の忍びに消された。
俺はそいつに肩を・・・途中で気を失った。
それからどうなった?ハクジが確か近くにいて・・・
右肩を浮かすと痛みが走った。
「俺は生きてるんだな」
そう言って身体を反対側に捩った。
「わっ!あ、菖蒲っ」
叫びそうになったが手で口を押さえ、なんとか踏みとどまった。
(なんで、菖蒲が?)
霧雨が少し身体をずらすと眠っているはずの菖蒲が、ぎゅっと抱きついてくるのだ。
しかも今頃だが気づいてしまった。
その抱きつかれた時の肌の感覚はまさに素肌そのもの。
(まさか、な)
霧雨はそっと掛けられた布団をめくって見た。
自分に抱きついている為、全てが見えた訳ではないが菖蒲は生まれたままの姿だった。
(ちょっと待て!俺はっ、菖蒲を・・・!?嘘だろ!いくら忍びでも気を失ってたんだから。けど、瀕死の状態で本能的に子孫を残そうと身体が動いていたりしたら・・・くそっ、思い出せっ!)
「霧雨?」
顔を横に向けると、目覚めた菖蒲が俺の顔を覗き込んでいた。
「あ、菖蒲。俺っ」
「霧雨っ、良かった。助かったのね」
菖蒲は再び霧雨を今度は、ぎゅうぎゅうと抱き締めて来た。
いまいち理解できていない霧雨は目を白黒させている。
「菖蒲っ、それよりお前の恰好なんだけど」
「え?・・・ひやっ!」
菖蒲は再び布団に入ってしまった。
ますます混乱する霧雨は痛む身体をおして起き上がる。
「菖蒲。もしかしてだけど俺、お前に酷いことしたか?」
「酷いこと?」
菖蒲は考えた、そしてはっとして霧雨に昨夜のことを話した。
毒を抜くために解毒薬を飲ませ、体温が落ちてきたのを暖めるために自分が裸になった事など。
今更ながら恥ずかしくなったのか真っ赤にして顔を隠している。
「なんだ良かった。俺てっきりお前を襲ってしまったのかと思って。菖蒲、ありがとう。俺の事を助けてくれて」
霧雨は菖蒲が自分の身を呈して助けてくれたことが嬉しかった。
無意識に菖蒲に手を掛けたりしてない事に心底ほっとした。
しかし、菖蒲は悲しい気持ちになっていた。
そんなに安堵しなくてもいいのに。
やっぱり霧雨はもっと大人っぽい女性が好きなんだ。
「俺こっち向いてるから、着物着ろよ」
菖蒲は霧雨の背中を見ながら、黙って着物を身に着けた。
自分の知らない誰かが霧雨に抱かれる事を想像しただけで抑えきれない怒りと悲しみが込み上げてきた。
嫌!霧雨は誰にもあげない!
「っ!菖蒲?」
菖蒲は霧雨の背中に抱きついて泣いていたのだ。
「お願い、嫌わないで。あんな淫らな姿で霧雨を・・・」
「菖蒲。どうしたんだ」
霧雨は体を菖蒲の方へ向け、下から顔を除きこんだ。
翡翠色の瞳が涙できらきらと光って見えた。
そっと顎を掬い上げ、自分にその顔を向かせる。
意識などしていなかった、右眼が菖蒲の左目を捕らえて離そうとしない。群青色の瞳がゆらゆらと揺れる。
まるで互いが互いの術に掛かったように引き寄せられる。
「き、霧雨っ」
「ん?」
互いの唇がゆっくりと重なった瞬間だった。
「霧雨、どうして?」
「どうして、だろうな」
目を細めて菖蒲を見つめるその眼差しは自分だけの物と思いたい。
「俺は、お前に惚れてるんだろ」
「なにそれ」
「お前の事、嫌いになる理由はないんだよ。瀕死の俺が子孫残したいがために無理やりお前を手に掛けたのかと思って焦った。でも違った」
「うん・・・」
「やっぱり、意識がちゃんとある時にシタいだろ?」
「は?」
「無意識とか嫌なんだよ。お前の事は大事にしたいからな」
霧雨が言いたい事が分かったのか、再び赤面する。
とんでもない事を宣言された気がする。
霧雨は余裕のある笑みで菖蒲を見つめると、
「良かった。菖蒲も俺の事を好いているんだろ?」
と、言ってきた。
「何よっ!昨夜まで死にそうな顔してたくせに。偉そうにっ!」
「はははっ、怒んなよ」
霧雨が菖蒲を正面から抱き締める。
ずっと一緒にいたのに、いつから互いを男として女として見るようになったのだろうか。
そんな事はもうどうでもいい。
同じ気持ちだった事に二人は心から喜んだ。