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絶対に死なせない!

日も落ち、菖蒲は孝子を部屋へ送る。

不思議な事に今日孝子は薬湯を口にしていない。

そういえばあの女中の姿も見かけない。何故…


「孝子様?そう言えばいつもの薬湯はお飲みにならなくてよいのですか?女中の方も見当たりませんけど」

「そうなのよ、どうしたのかしら。薬湯は一日飲まなくとも支障はありませんから気にしていないのだけど」


菖蒲は嫌な予感がした。もしや気づかれたのでは?

孝子の部屋はいつもと変わりなく、いつもの香が焚かれ褥の準備が整っていた。夜のお供も見慣れた顔の女中だ。

菖蒲は鼻が利く為、仮に何者かが女中に化けていてもすぐに分かる。

ここは大丈夫のようだ。


「では私はこれで」

「ありがとう」


菖蒲は孝子の部屋を後にした。

廊下を歩きながらも鼻に集中させる。僅かでも匂いに違いがあってはならない。

そして、自室まで戻って来た、

障子に手を掛けようとした瞬間に異変を感じた。


「なにっ?この血の臭いは!」


廊下を見渡しても血が落ちている様子はない、血の臭いは菖蒲の部屋の中からしているのは間違いなかった。

しかも、ただの血ではない。

何かが混じっており、鼻の奥で危険を察知した。

素早く左の眼帯を外した。


そして、障子に掛けた手に再び力を入れた。

ササーッと障子を滑らせる。

室内の視界が徐々に広がり、目に飛び込んできたのは・・・


「え!霧雨っ?」


後ろ手で障子を閉め、霧雨の側に駆け寄る。

霧雨は顔を歪めたまま目を閉じ、呼吸は早く浅かった。

あの血の臭いは霧雨!


「霧雨!霧雨!」

「ううっ…」


反応とは言えない苦しむ声が口から漏れている。

揺すった時に右手にぬるりと感じた液体は血そのもので、その血は霧雨の肩から流れている。

菖蒲は手についた血を嗅いだ。毒!?


「霧雨っ、どうしたの!霧雨っ。ハク殿!ハク殿はおられますか?」


菖蒲は左眼に力を込め部屋を巡察した。

部屋の端に丸まるようにハクジが横たわっていた。

いつもならこんなに集中しなくとも見えるハクジが、気を入れないと見えない程にぼやけていた。


「ハク殿!」

『菖蒲、すまん。霧雨に解毒薬を・・・霧雨をここまで運ぶのにかなりの霊力を消耗してしまった。俺は当分役にたたん』


人に気づかれないよう霧雨の姿を隠し、背負って菖蒲の部屋に来たという。かなり切羽詰まった状態だったと言える。

菖蒲は霧雨に向き直り、まず忍び装束の上部だけ脱がし上半身を露わにした。傷の確認だ。

後ろ肩に二箇所の刺し傷。これは忍びの暗器を受けた証。

そこが既に膿始めていた。やはり毒剣か。


「霧雨、ごめん。少し我慢して」


傷口を指で挟み、絞り出すようにして膿を出す。

どろっとした血が溢れ出る。

血がさらさらになるまで繰り返す必要があった。

その前に解毒薬を飲ませなければ、この毒はかなり濃い。

湯に解毒薬を混ぜ霧雨の顎を掴み口を割る。

ゆっくり流すがなかなか嚥下しない。


「霧雨お願い、飲んで」


霧雨の上半身を起こし立膝で霧雨を支え肩に腕を回し、もう一度口に流し込む。

横から流れてしまう。上手くいかないっ!


「霧雨、お願い飲んで。でないと死んじゃう。霧雨っ」


菖蒲は気づいていなが瞳からは涙が流れていた。

霧雨、私を置いて行かないで死なないで。


菖蒲は薬湯を口に含むと、霧雨の口に自らの唇を当て片方の手で霧雨の顎を引き口を割る。そこに舌を忍び込ませそれに伝わせるように薬湯をゆっくりと流し込んだ。


んっクッ! 飲んだ。


何度かそれを繰り返し湯のみは殻になった。

今度は霧雨をうつ伏せに寝かせると、先ほどやりかけていた毒抜きを再開した。

涙で視界が歪む、けれど手は止めることはなかった。

血からどろりとした物が無くなった。

それを確認すると、菖蒲は霧雨の肩に唇を当てる。

今度は吸い出すのだ。

吸っては吐き、吸っては吐きを繰り返す。

舌を刺すような痺れは消えた。


「毒はこれでだいぶ抜けたはず」


霧雨を仰向けにさせると、表情が幾分か緩んだ気がした。

しかしまだ気は抜けない。 

解毒薬が効果を表すまでの半刻は何が起きるか分からない。


「霧雨っ」


菖蒲は霧雨の頬を両手で触れると体温が少し低く感じた。

体温低下がり始めた。霧雨は毒と闘っている。

少しでも体温を上げなければ。


「絶対に死なせないから!」


身に着けていた着物をバサバサと脱ぎ捨てる。

襦袢さえも躊躇うことなく。

腰巻き一枚で霧雨を抱き寄せ布団に入った。


私の体温を受け取って。

絶対に死なせない、霧雨は私の唯一の(ひと)

神にだって渡しはしない!

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