忍び 対 忍び
菖蒲はハクジに言われたように、孝子の女中に目を光らせていた。
どうして今まで気が付かなかったのだろう。
足の運びや視線の送り方、人を避ける時の動作、気配と感情の気の流れは注意を払えば自分と同じではないか。
菖蒲は忍びの里で育ったわけではない、実際に忍びと交えだ事もないのだから無理もない。
もし左眼を隠すことなく過ごしていたら、すぐに気づいただろう。
また、薬草を煎じている。
「あの、わたし暇だから孝子様にお持ちしましょうか?」
「えっ、でも」
「ついでてすから」
にこりと女中に笑いかければ、女中ら目元を緩ませ
「では、お願い致します」
「はいっ」
警戒することなくその薬湯は菖蒲の手に渡った。
忍びの里で育たなかったからこそ、女中はまさか菖蒲も忍びだとは思っていないのだ。
人懐こい笑顔と口調は愛情を受けながら育った証でもある。
「孝子様、いつものお茶をお持ちしました」
「あら菖蒲が?ありがとう」
それをコクコクと飲み干す孝子。
菖蒲は途中で効能を消す粉を薬湯に混ぜたのだ。
もともと毒味をする際に使う万が一の解毒剤である。
無味無臭のそれはいつものお茶と全く変わりはなかった。
しかし、毎回それを入れるのは難しい。
三日は効能が持つはずだ、その間に霧雨が何か証拠を掴めば。
その頃、霧雨は鷹司家に潜んでいた。
正に忍びの得意とする床下や屋根裏を移動しながら。
右眼の眼帯は外している。
この方が気配により鋭くなるからだ。
『霧雨』
「ああ」
『菖蒲が孝子様の女中を忍びだと確信した』
「あの女中は孝子様が十歳の時にこの家に来た。たしか一つ年上だと聞いている」
『十年前・・・』
霧雨が七つ、菖蒲が六つの時か。
まさかあの計画が実行されたのかっ!
その時、薬売りがやって来た。
背中の籠には様々な薬草が積まれてあり、使用人が慣れた手つきで薬草を買う。
『あれだ!』
「あれが例のヤツか」
『そうだ』
「ちっ、後を追うっ」
『霧雨っ、油断するな!』
霧雨は薬売りの後をつけた。
薬売りは途中、何件かの家や商人を訪ね売りさばいた。
しかし、例の薬草は鷹司家以外では売らなかった。
否、持ち合わせが無いために売れなかったのだ。
(あの薬草は鷹司家だけの為か)
町を外れ、次の町に行くのかそれとも家路につくのか。
薬売りが山道へ入ったのを見て、霧雨は気配を消し後を追った。
四半刻ほど歩くと男は突然歩みを止めた。
(ん?)
その瞬間!!
「うわっ!!」
キーン、シュシュッーー。
暗器を投げて来た、間一髪で避けた霧雨は目を見開いた。
気配を消していたのにも関わらず、迷いなく放ったのだ。
間違いなく、その男も忍びだ。
「ふん、この俺の後をつけるとは。お前何者だ!」
籠を投げるように背中から落としたかと思うと、どこに隠していたか刀を素早く抜いた。
「お前、忍びだろっ」
霧雨も腰の刀を抜き、構える。
「そう言うお前も忍びだろう」
男は含み笑いを見せるほどに余裕があるようだ。
日も落ち始めている為、男は霧雨の右眼に気づかない。
相手の出方を見ながらジリジリと間合いを詰める。
どちらからともなく、地を蹴った。
速いっ!互いが風を斬るように刀を振るう。
キンキンッーー、キンッ!
霧雨は男の背を捉えた瞬間、ズシュッ…
「ふぐっ」
男の背中を斬った。勿論その傷は浅く、且つ動きが鈍る程度のだ。
薬草の出処と企みを吐かせる為に。
「お前っ、何処の忍びだっ。はぁぁ、師は誰だ」
男の息は荒い。
「お前が正体を明かすなら、教えてやる」
霧雨は右の目を見開き、男の顔を掴み自分に向けた。
魅力の術をかけようと。
「はっ、お前はっ!生きていたのかっ」
「なんだと?」
「伊賀と甲賀の・・・真田っ、グハッ!」
そう言いかけた所で男は絶命した。
「なにっ!?」
ジューン、ブシュ!!!
「ぐっ」
霧雨は肩に何かを受けた。
『霧雨っ!!引け!』
ハクジの声がした。
霧雨は高く跳躍すると、森の中に消えた。
「まさか、生きていたとは・・・」
別の男が霧雨が去った方をじっと見ていた。
はぁ、はぁ、はぁ、まずい。肩の血が止まらい。
毒が仕込まれていたのかっ。
『霧雨っ』
「しくじった・・・」
だんだん視界が薄らいで行く。
思考も停止寸前だ、そんな時に浮かぶのは菖蒲の笑顔だった。
「くそっ」
霧雨は力尽きた。