はじまり
毎回、ジャンル設定で悩んでおりますが…
たぶん今回は恋愛でよいかなぁと。史実に沿わないので歴史とは言い難いです。どうぞ宜しくお願い致しますm(_ _)m
里の夜は暗い、星一つない真っ黒な闇。
その中を走る影が四つ、そして後を追う影は無数。
「このままでは殺られる」
「私たちが囮になります、この娘を」
逃げる者は二組の夫婦だった。
彼らは幼い子を抱えて走っていたのだ。
「必ず彼らから隠す、安心してくれ。我々も直ぐに後を追う」
「頼んだ」
囮となる夫婦は娘を託し、来た道を引き返した。
腰には刀を差し、懐には暗器を潜ませて。
彼らは伊賀の里に暮らす、忍びの子孫である。
そして、追う無数の者たちも同じ里の者だった。
キン、キン、ズサっ…、…グハッァァ
無駄のない動き、狙った獲物を逃がすことはない。
彼らは暗殺者、世間では【忍者】または【隠密】と呼ばれる。
自らの意志で動くことは少なく、長の命または自分が仕える君主の命にのみ動く。
黒装束は闇に紛れる時のみで、普段は忍びと誰も分からない。
ある時は武士であり、ある時は農民と変幻自在だ。
「ちっ、邪魔しよって。早く二人の幼子を探せ!そして消せ!我が里の繁栄の為に」
「御意!」
囮となった夫婦は抵抗する間もなく、殺された。
もう一組の夫婦を追うため、忍びたちは闇夜に散らばった。
ササササッー 風が草を撫でるよに走る。
幼子を二人抱え走るのは、普段よりも速さに劣る。
「来るぞっ」
そう言った時、ズサっと耳の後ろで音がした。
「はうっ」
「っ!」
逃げられない事は十も承知だ、里でも選びぬかれた精鋭たちが後を追ってくるのだから。
しかしこの子たちは逃さねば。
女は預かった娘を夫に渡す。
背には暗器の一つである毒剣が刺さっている。
これを受けて助かった者はいない。
男は無言で娘を受け取り、女の頬をひと撫ですると目の前にある谷に飛び込んだ。
「あなた…先に参ります」
男の背を見送った女は息を引き取った。
トサっ、トサ、トサっ 数名の忍びが舞い降りた。
女の動脈に触れ、息が切れている事を確かめる。
「此処から落ちたのか」
「恐らく…」
一人の忍びが谷底を覗き込んだ。
カラカラと落ちる石の音を暫く聞くと、
「もうよい、生きて帰るなど無理な話。帰るぞ」
「はっ」
女の亡骸を谷に蹴り込むと、再び闇に消えた。
時は江戸時代も初め、徳川家康が天下を統一し世の流れが平定し始めた頃だった。