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 拓馬の予想外の反応に、私は少し戸惑った。

 子供の頃からガサツで空気の読めない男だった拓馬が、私の話を神妙に聞いて、同情してくれるなんて・・・。

 月日の流れとはなんて偉大な力であることか。


 何気に気まずくなった車内で、今更、別の話題を作るのも面倒だった。

 拓馬もこれ以上の墓穴を掘りたくないのか、再び前を向いて運転に集中している。

 墓穴を掘りたくないのは私も同じだったので、3年ぶりに見る生まれ故郷の風景を黙って眺める事にした。

 小さな駅の周辺は、半径500m程の規模の繁華街だ。

 学校帰りに友達と寄ったハンバーガーショップやドーナツ屋さんが、変わらぬ姿で並んでいる。

 細い車道の両サイドにはポプラの並木が続いていて、鮮やかな黄緑色のアーケードを作っていた。

 田舎の街は3年経ったくらいでは、大した変化はない。

 高校まで過ごしたこの街には、あちこちに甘酸っぱい思い出が沢山残っている。

 昔から変わらない景色を見て、懐かしさと共に、帰ってきた安堵感を覚えた。

 

 小さいけど、こんなに綺麗な街だったんだ。

 どうして私はこの街を出てしまったんだろう・・・。

  

 拓馬が運転するワンボックスは、やがて、国道に出た。

 帰省ラッシュは大分落ち着いていて、拓馬はスイスイと車線変更をして追い越していく。

 8月の夕暮れは遅くて、乾いたアスファルトに強烈な西日が照り返しているが、時刻は既に5時を回っていた。


「なあ、今からちょっとドライブしねえ?」


 運転席で前を見たまま、拓馬は突然、そう言った。

 私の返事を聞く前に進路は郊外に向かっていて、既にドライブは始まっている。

 でも、無骨な感じの拓馬が一応、私の意見を聞いてくるなんて意外だった。

 やはり彼も大人になったんだろう。

 勿論、私には用事もないし、断る理由もなかった。


「いいよ。どうせ、何にも予定ないしね。どっか案内してくれるの?」

「そうだな・・・海行こうか」


 それを聞いて、私は思わず吹き出した。

 

「何それ?拓馬ってそんなにロマンチストだったっけ?」

「何だよ、悪いか?」

「夕日に向かってバカヤローって叫びたいの?」

「うるせえ、バカにしてんのか?」


 拓馬は前を向いたまま舌打ちした。

 その頬が少し赤くなっていて、照れているのが分かる。


「冗談だよ。どこでもいいよ。でも、お母さんに連絡しなくちゃ」

「大丈夫、遅くなるってメールしてあるから心配すんな」 

「・・・なんであんたがうちのお母さんとメールしてんのよ?」

「だって、お前の母ちゃん、いっつもうちに遊びに来るんだぜ。娘がいなくなってから寂しかったんじゃないの?まあ、今では家族ぐるみの付き合いだし、俺もよく会うから」

「・・・」


 お母さん、寂しかったんだ・・・。

 何気なく言った拓馬の言葉が、私の胸に突き刺さった。

 私が子供の頃に離婚した母は女友達みたいな存在だった。

 早過ぎる結婚に踏み切った理由の一つは、早く結婚して、母を経済的に助けたいという思いがあったからだった。

 結婚には賛成してくれた母も、本当は一人残されて寂しかったんだろう。

 でも、まさか拓馬の家に入り浸って、メール交換する仲になっているとは知らなかった。

 黙ってしまった私を、拓馬はずらしたサングラスから横目で見てクスクス笑った。


「心配すんなよ。俺、年上には興味ないから」

「な、何気持ち悪い事言ってんのよ!あんたとうちのお母さんが変な事になる訳ないでしょ!」

「何で?お前の母ちゃん、まだ若くて綺麗じゃん。俺、別にいけるけど」

「やだ、気持ち悪い事言わないでよ!あんたがそういう事言うのってすっごく違和感!」

「なんで?」


 なんでと言われても・・・。

 理由を上手く説明できなくて、私は黙るしかなかった。

 だって、あの性悪なガキ大将だった拓馬が、普通の男みたいにそういう発想をするなんて・・・。

 そんなあんたにどうしようもなく生理的嫌悪感を感じるって、言ったらさすがの拓馬でも怒るだろうか?


「萌絵はガキだな」


 クスクス笑いながら、拓馬は言った。

 心の内を見透かされたような気がしてカチンときた。


「失礼ね!23歳にして既にバツ一の私がどうしてガキなのよ!?」

「だって、俺の事、まだ高校生だって思ってんだろ?」

「それは・・・」

「俺、もう大人だよ?」

「・・・」


 拓馬の言った『大人』という言葉にどれほどの意味が込められているのかは、想像するしかなかった。

 社会人だという事なのか、選挙権があるという事なのか、もう女を知ってるという自己アピールなのか・・・。

 自信に溢れた彼の横顔を見ていると、確かにもう子供の頃の拓馬ではなくって・・・。

 でも、それを認めるのは何だかちょっと悔しくて、私は黙って窓の外を眺めていた。

 



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