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 日本中の高速道路が盆休みの帰省ラッシュでひしめき合っている。

 電車を使って良かった・・・と、ケータイのトップページのニュースを見て、私はため息をついた。

 生きているだけで暑苦しいこの時期に遠出をするのは憚られたのだが、今回だけは動かざるを得なかった。

 8月1日をもって離婚した私は、文字通り、この街に出戻って来る羽目になったのだから。

 

 

 今更どうでもいいけど、元夫は短大の時に付き合い始めた公務員で、15歳も年の離れた男だった。

 年齢的にもギリギリで結婚を焦っていた彼は、私が卒業するのと同時に半ば強引に結婚に踏み切ったのだが、僅か1年で終止符を打つ結果となった。

 直接的な理由は、彼に他の女ができた事。

 だけど、過失の度合いを考えると、悪いのは私だろう。

「他に女を作っても仕方がない状況に追い詰められていた」というのが、彼の言い分だった。

 離婚に関してはこちらも全く異存はなかったので、慰謝料という名の手切れ金300万円を受け取って、あっさり離婚届けに押印した。

 さすがの私も離婚してからいつまでも彼のマンションに入り浸ることは憚られて、さっさと荷物を纏めて地元に戻って来る事にしたのだ。

 

萌絵もえはどうして僕と結婚したんだ?」


 結婚していた1年の間、耳にタコができるくらい聞かされた言葉だ。

 だけど、私はとうとう一度も返事をする事ができなかった。

 そもそも、最初から愛とか恋とか、そんな感情があって結婚した訳ではなかった。

 彼に対して悪い事をしてしまったと、申し訳ない気持ちさえある。

 ただ、もう一緒にはいられない。

 理屈ではなく、本能の赴くままに動いた結果、ごく自然の成り行きで離婚まで至ってしまった。

 

 好きだったけど、愛せなかった。

 結局、そういうことだったんだろう。


 小さな駅のプラットホームに下りると、物凄い熱風が吹上がり、長い髪を巻き上げていく。

 海に近いこの故郷は、温暖な気候の割には風が強くて、常に乾燥している。

 短大の二年間と結婚していた1年間を名古屋で過ごした私には、乾いた潮風の匂いは懐かしい。

 当座の着替えだけを詰め込んできたスポーツバッグを肩に掛け直して改札に向かう。

 普通列車しか止まらないこの駅を利用する乗客は少なくて、日曜日であるにも拘らず、改札は閑散としていた。

 その時、ショルダーバッグの中からブブブ……と振動音がした。

 ケータイの着信だ。

 母親に到着時刻に迎えに来てくれるように頼んでおいたから、きっと「今どこなの?」の連絡だろう。

 慌ててバッグからケータイを掴み出すと、ディスプレイには見覚えのない番号が点滅していた。

 不審に思いながらも、あたしは恐る恐る耳に当てた。


「もしもし?」

「萌絵か?俺だ」

「・・・どちら様でしょうか?」

「分かんねーのかよ。俺だってば。拓馬!」

「拓馬?」


 その名前を聞いて、あたしの脳裏にはすぐにヤツの顔が浮かんだ。

 実家の近所に住んでた幼馴染で、高校まで一緒の腐れ縁だったけど、最後まで好きになれなかったアイツの顔。

 声を聞いただけで、過去の嫌な思い出が走馬灯のように頭を駆け巡る。

 ケータイを握り締める手に力が入って、顔が引き攣っていくのが分かった。


「・・・もしかして、同じ町内に住んでたあの拓馬君でしょうか?」

「何だよ、その言い草は?他に誰がいるってんだよ?」

「どうしてあんたが私の番号知ってるの?大体、何の用があって人のケータイに電話かけてきてんのよ?」


 悪気はないのだけど、拓馬の声を聞いただけで思わず喧嘩腰になってしまう。

 先天的に相性が悪いのか、生きている限り争い続ける星の元に生まれてしまったのか・・・。

 多分、その両方だろう。

 兎にも角にも、私達は子供の頃から口を開けば喧嘩になってしまう間柄だった。

 それは拓馬も同じらしく、ケータイからムスッとした低い声が返ってくる。


「悪かったな。お前が里帰りするってお前の母ちゃんから聞いて、駅まで車で迎えに行ってくれって頼まれて来たんだよ!けど、もうめんどくせーから、俺、帰るわ。お前一人で歩いて帰れば?」

「ええっ!?何よ、それ!? お母さん迎えに来てくれなかったの?」

「パートで急に行けなくなったって、俺んちに電話あったんだよ。仕方ないから俺がわざわざ来てやったんだ」

「ええっ!?本当に?」


 まさか、お母さんが拓馬に迎えに行くように依頼していたとは・・・。

 しかも、「里帰り」って聞いてるところを見ると、私が離婚して出戻ってきた事はまだ知らないようだ。

 やる事なす事気に入らない拓馬だけど、わざわざ迎えに来たのに罵声を浴びせられては可哀想過ぎる。

 多少の罪悪感を感じながら、私は少しヒートダウンして謝った。


「ごめん、お母さんが来れなかったなんて知らなかったから・・・じゃ、拓馬は駅にいるの?」

「いるよ。ホラ、お前の目の前!」


 駅の中央門の向こうにタクシーが待機しているロータリーがあって、そこに止まっていた一台の黒いワンボックスカーのライトが二回点滅した。


 

 

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